6-2.朝陽のメイド活動
アイラちゃんの言うようにこの1週間、特に進展が無い――という訳でもない。
異世界でのメイド業務も割と慣れてきたし、他のメイド達とも仲良く出来ている。
アタシは侍女長であるエリカ直々に、色々な試練を課せられる、これを全てそつなくこなしていた。
「メイドたるもの、仮に外でのお使いを頼まれたら、迅速に行動なさい。金貨5枚で、銀貨50枚のワインを買うだけ所望されております。さて、いくつでしょうか」
「……100本です。ただ店の在庫、その国の情勢により貨幣の価値は変動します。故に、必ずその数だけ用意できるとは限りません。その場合はまず、購入せず一旦上級メイドか執事へ指示を仰ぎます」
「くっ……正解」
どうやらこの世界では、日本のように子供の頃から学校に通うようなシステムは、ある程度裕福な家庭のみに限定されるようだ。
同じメイドでも両手の指を使わないと貨幣の計算すらままならない子が、読み書きも危うい子も居た。
そういった子に対する教育も行っているらしいのだが、ゼロから教えるとなるとそう簡単に身に付く訳もない――そこに付け込んだ。
「さすがですわアサヒさん」
「アサヒさん、わたくしにも読み書きを教えて頂きたいのですが……」
「えぇ。いつものように仕事が終わってから、アタシの部屋でしましょうか」
下級メイドの彼女らは、目印に胸元に青いタイを付けている。
上級なら赤、侍女長は紫だ。
その日の夜。
いつも話す事が多い4人の10代から20代の彼女らと、自室で勉強会を開いている。
下級のメイドなら個室を与えられる事はないのだが、アタシはアイラ王女のお付きメイドなので丁重な扱いを受けていた。
「アサヒさんの作ってくれた帳簿のおかげでシーツの取り換えや、食器など雑貨の管理も楽になりましたわ」
これは15歳のペリーヌ。ふわふわのクセ毛が特徴。
よくバケツをひっくり返し、怒られているのを見かける。
「侍女長の顔見ました? アサヒさんに簡単に答えられて、凄い悔しそうな顔……正直スカっとしたわ」
19歳のリネット。クールぶってる。
リーシャよりも胸は小さく、背は高い。
「まだここに来て日も浅いのに、下級メイドの間でアサヒさんの名前を知らない人なんて居ないニャ」
最年少12歳のマーガレット。猫のような耳と尻尾が生えている。
いわゆる獣人という人種だと聞いている。
「いずれはぁ、マレーナさんの地位まで登り詰めるのは間違いないですわぁ」
この中では最年長の23歳、ジェシー。そばかすが特徴のおっとりとしたお嬢様のような雰囲気がある。
良い匂いがする――香水でも使っているのだろうか。
勉強会が終われば少しの間、情報収集を兼ねて彼女らと雑談をしていた。
彼女らが差し入れてくれたお菓子を摘みながら、今話に出たマレーナについて聞く。
「マレーナさんって、確かオーラン様のお付きの……」
「えぇ、上級メイドの1人です。その昔、孤児だった幼い彼女を、孤児院よりジョージさんが連れ帰ったと聞いております」
「彼女も凄いのよ。孤児院の出なのに、読み書きも最初から完璧で」
「でもちょっと近寄り難い雰囲気……あ、そうそうアサヒさん知ってるかしら」
ジェシーが、アタシにささやくように耳打ちをする。
「マレーナさん、オーラン様のご寵愛を受けているんじゃないかって噂」
「えぇ!?」
マレーナの事は少し知っている。
少し褐色肌の、まだ10代かそこらにしか見えない背の低い少女だ。
彼女は人間ではなく、ドワーフという種族らしいが――ヒゲは生えていない。
ご寵愛という事はつまり、セッ〇スである。
(婚約者にアイラちゃんご指名とは聞いてたけど、これ筋金入りの可能性あるわ)
この会話に他のメイド達も加わり、一気に場が色めき立つ。
「夜もかなり更けた頃に、彼女がオーラン様の部屋に出入りしているの見たって子がいるの」
「あっそれワタシも知ってます。なんでも、朝方になるまで出てこないとか」
「きゃー。2人でナニしてるのかしらー」
「アサヒさんが来るちょっと前かしらぁ。そんな噂が立ったのってぇ」
娯楽に乏しいメイド生活。
彼女らはこういった噂や与太話などが大好物だった。
(その場面を撮影でも出来れば、動かぬ証拠となるかしら……)
イメージとして、貴族が正妻の他に愛人を作ってもそこまで問題があるとは思えない。
しかし彼の婚約者は王女様だ。
まだ正式に結婚をしていないとはいえ、その婚約者に隠れてメイドとイチャコラするのは――王族のメンツが立たないだろう。
(だったら、行動は早い方が良いわね)
そう結論に達し、私は2回ほど手を叩く。
「はい、そこまで。もう今日は遅いし、みんな各部屋に戻りましょう」
『はーい』
持ち込んだお菓子などの後片付けをして、彼女らは部屋から出ていった。
隠し持っていたスマホを取り出し、時刻を確認する。
「もうすぐ22時か……」
行動するのは早い方が良いかもしれない。
今日いきなりその場面に出くわすとも限らないのだ。
そこから0時過ぎまで待ち、行動を開始した。
「えーっと、確かスキルってイメージするだけでいいのよね」
事前に聞いていたアタシの加護は<生き物から認識されなくなる>というものだ。
お試しで使った時は、アタシ自身の身に付けている服はもちろん、スマホでの撮影音すらアイラちゃん達には聞こえてなかった。
ただ問題は持続時間――発動している間はアタシだけに見える淡い色の泡に包まれるのだけど、その時間は15分程度だ。
再度発動する度に、この時間は減っていき――一晩すると元に戻っていたのは確認済。
「……右良し、左良し」
出来ればオーランの部屋に辿り着くまで能力は温存したい。
とりあえず廊下の真ん中を歩かず、床板が鳴らないよう気を付けて歩く。
今宵は新月なのか、月明かりは一切ない。
なので、気を付けて歩かなければ――。
「なにをしているのかしら」
「ッ!?」
思わず叫びそうになりつつ、振り返ると――そこには、侍女長のエリカが居た。
彼女も就寝前なのか胸元にタイは付けておらず、少し乱れた恰好で不機嫌そうに腕組みをして立っていた。
「な、なんだエリカさんか――」
「それはこちらの台詞ですよ、アサヒさん」
「ちょっとお便所に行きたくなって……」
そう言ってその場を離れようとすると、
「待ちなさい」
「ひっ」
「……お便所ではなく、こういう時は、お花を摘みに行くとお伝えしたはずです」
「あっ、そうですね。お花を摘みに行って参ります」
「――早くお休みになるのですよ」
そう言ってエリカは、下級メイド達の部屋がある区域へと歩いて行った。
恐らくいつもの夜回りだろう。
「危ない危ない……」
ここから先、見つかっても面倒なのでスキルを起動した。
どうせ姿は見えないのだから、少し大胆に動く。
オーランの部屋前までやってきたのだが、既にマレーナは部屋の中だろうか。
恐らく部屋に鍵は掛かっているのだろうし、入るなら一緒に入らないといけない――と思い、ノブに手を掛けたのだが。
キィ――。
(開いたじゃん……閉め忘れかな)
息を殺してドアを開け、滑り込むように中へと入り、そっと閉める。
この間も能力を起動しているので、仮に喋っても聞こえるはずは無いのだが、それでも物音を立てないよう静かに、迅速に行動する。
「……右かな」
オーランの部屋は応接間のようになっており、さらに奥に2つのドアが見える。
寝室は、どちらだろうかと思案していると――。
「ああ、オーラン様!」
艶やかな少女の声が聞こえた。
「マジか」
ドアを少しだけ開けて中を開けると――。
キングサイズのベッドに中年男性が横たわり、その上に乗っている褐色肌の少女が跨っていた。
部屋は薄暗かったが、彼らが裸であるのはよく分かった。
「ひとまず証拠に写真と動画撮らないと――」
フラッシュ無し設定で写真を何枚か、その後動画も少しだけ撮影する。
少し暗いが、それでもスマホの編集ツールを使えばもっと明るくできる。
ふと目をやると、ベッドの横のテーブルにはワインの注がれたグラス、リンゴなどが入った果物カゴが置いてあり、他にハリボテのアレが置いてあったりした。
「うへぇ……」
「良い具合だ。彼女とは大違いだ」
「いやですわオーラン様。今はわたしのことだけを……」
「おお、すまんかった……」
この様子も全て撮影した。
とはいえ、もうスキル時間は残っていない。
どこかに隠れて解除し、再発動しなくては――。
ガタッ。
「――誰ッ!?」
思わず両手で口を塞ぎ、ドアから離れ、丸まって隠れるポーズをする。
まだ能力は解いてないのでそんな事をしなくても良いが、反射的にやってしまった。
そして、今の物音は――。
「気のせいではないのか?」
「いえ、でも確かに……書斎の方から……」
裸にシーツを巻き付けた恰好のまま、マレーナは寝室を出て、もう一方のドアを開けた。
すると――。
「なっ、アナタは!?」
驚いたマレーナの声。
彼女が1歩部屋の中へと入った瞬間――。
「きゃっ!?」
ドサッ――。
彼女は倒れた音を聞きつけ、オーランも裸のまま寝室を飛び出した。
「どうしたマレーナ!?」
書斎に駆け込むように入って行ってすぐに――。
パリンッ。
「マレーナ、マレーナ!?」
窓が割れる音がした。
私がそれを後ろから覗くと――胸元にナイフを突き立てられ、血を流して倒れているマレーナが居た。
「誰か、誰かおるか!」
「どうなさいましたか旦那様!」
「賊だ。すぐ警報を鳴らせ!」
「かしこまりました!」
その連絡から、数分もしない内に屋敷のてっぺんにある鐘が鳴らされる。
それを合図に一気に屋敷内は慌ただしくなり――その騒動に紛れ、朝陽は現場を後にしたのだった。




