5-7.音速の拳
少なくなった見張りの眼を盗み、2階の窓から木伝いに屋敷を脱出したアイラ。
さらに屋根伝いにメルドキの町を移動していく。
『って言ってもお前、場所は分かんのかよ』
「そういう歴史的な遺跡は有名な観光地にもなってたりするの。古代図書館は遺跡保護の観点から、観光地からは外されているけどね」
特に勇者に関わる場所はいつか行ってみたいと、小さい頃から地図で念入りにシミュレートしてきたアイラだ。
多少街並みは変わってはいるが、問題なく目的地に到達する。
町中でジャージ姿では逆に目立つので、持って来ていた地味な色合いの外套を羽織る。
「ここが、古代図書館……」
それは街からはやや外れた――民家もまばらになってきた区域にあった。
天然の大きな岩盤と神殿が一体化した、まさしく古代の遺跡。
その神々しいまでに美しい姿に、少しだけ見惚れるアイラ。
「……行きましょう」
『見張りとかいるのか?』
「柵で囲って封鎖してるだけね。まぁここ以外にも遺跡はあるし、人材も有限ならしょうがないわよ」
柵も3~4mほどはあるのだが、ピンポイントに魔力を脚力に集中させれば――。
「ほいっ」
軽く飛び越せる。
遺跡の敷地内に入ったアイラは、正面入り口から内部へと侵入する。
「はぁ――しかし大きいわね。巨人でも住んでたのかしら」
天井は遥か高く、そこらにいくつも立っている柱は太さも尋常じゃない。
しかも柱には全て文字が掘られているのだ。もう風化してしまい、ほとんど読み取れないが。
『……』
「どうなのよソロ。伝承だとアナタ、ここで勇者様と出会うらしいんだけど」
アイラがよく読んでいた勇者の英雄譚。
そこにはこう書かれていた。
◆ ◆ ◆
黄昏より暗い時刻。
周囲は既に闇に落ちていたのに、そこの主は一心不乱に研究をしていた。
部屋中に本は積まれ、紙は新品もゴミも一緒くたになり辺りへと散乱している。
「誰だ。私は研究に忙しいのだ。魔術の発展の為、私の命は1秒も無駄に出来ないのだ」
「初めましてソロ様。僕は国王様より、魔王討伐の任を言い渡された騎士だ」
「魔王? ああ。最近、外ではそういったのが暴れているらしいね」
「暴れているなんてものじゃありません! 魔王により既に3つの国は墜ち、多くの人の命が奪われました。こうしている間にも、魔王の軍勢はこの国へと迫っています」
「ほぉ……この間のソレは、魔王の手先だったか」
「え――うわっ!?」
勇者がランタンで部屋の隅を照らすと――なんと魔族の死体が鎮座しているではないか。
「これも貴重な資料になると思って置いておいたのさ」
「これはもしかして……魔王四天王の1人、ベルザック!? 騎士団が束になっても勝てなかった奴に、ソロ様1人で……?」
「そんな大物だとは知らなかったな」
「お願いします、ソロ様。世界を闇から救うためには、貴方の魔術が必要なのです!」
「帰れ。さっきも言ったが、私は忙しいのだ。これ以上邪魔するなら、次はお前の番だぞ」
1度も振り向きもしないでソロは冷たく言い放つ。
勇者は、それでも諦めなかった――。
◆ ◆ ◆
「っていう名シーンなんだけど」
『何それ知らん、怖っ』
名シーンの張本人に否定された。
「記憶無くしてるんじゃないの?」
『無くしてんのは他の魔術とか封印とか……魔王倒して数年後くらいか? まぁでもほとんど覚えてるぜ』
「ホントかしら……ちなみに本当はどうだったのよ。魔王四天王は、やっぱりソロだけじゃ倒せなかったの?」
『いやその四天王ってなんだよ。この間も言ったがな、魔王ってのは種族ごとに1人ずつ居たんだ』
またしても新しい情報だ。
「……初耳だけど」
『じゃあこの機会に覚えとけ。かつてこの世界にはマギト、ドワーフ、エルフ、獣人、魚人、ゴブリン、ゴーレムなど――11人の魔王が居たんだ』
「11人も!?」
これでまるで魔王のバーゲンセールだ。
『ゴブリンなんかもそうだが……今と昔じゃ生態系が変わったみたいだな。昔はもっと数も多くて国もあったんだぜ。これは他種族にも言えるが』
アイラの常識が悉く塗り潰されていく。
この国においては住んでいるのはほとんどヒューマで、他種族はかなり珍しい。
それどころか貴族の間ではエルフや獣人、ドワーフなどは奴隷として高額取引されていると噂で聞いた事がある。
他種族の絶対数がヒューマと違い、圧倒的に少ないのだ。
『あの頃、確かに魔王を倒し回ったのはオレ様だがよ。たった1000年程度で種族の勢力図が変わり過ぎだろ』
「……ちなみに、なんでソロは勇者様と一緒に魔王退治してたのよ」
少しだけ考える素振りを見せたソロだったが、渋々語りだした。
『奴らが、オレ様の研究した魔術を欲したからだ――。これを渡してしまえば、この世界のバランスが崩れてしまう……だから、オレ様は自衛の為に、世界を守る為に勇者を召喚した』
「……まさか」
これまで考えた事も無かったが、ソロには可能である。
異世界から“勇者”を喚ぶ魔術――この白い本には、それが記されているのだから。
『嬢ちゃんの夢をまぁ壊すのも忍びねぇからダマってたけどよ。勇者はニホンジンだ。名前は、確かワタナベとか言ってたっけな。オニとかモンスターの類を倒すのは得意だって言ってたぜ』
「ニホン、ジン……」
『最初の質問に戻るぜ。確かにオレ様はここを知ってる――もしかしたら、ここに無くした記憶の手掛かりがあるかもしれねぇ』
新たな事実がポンポンと出てきて、アイラは自分の頭を抑える。
「……なんか今更だけど。契約したの、凄い軽率だった気がしてきたわ」
『ホント今更だな』
「はぁ――とはいっても、アナタの言ったこ事が真実なら、王族として見過ごせないわね」
『誰かが歴史を改ざんしやが――嬢ちゃんッ!』
ソロの声と同時に、アイラは即座に横へと飛ぶ。
折角の外套が、襲撃者の攻撃によって裂かれてしまった。
硬い遺跡の地面には、杭のような黒い塊が刺さっている。
「誰ッ!?」
「目標ヲ確認シマシタ――排除シマス」
その声は、前方やや上より聞こえてきた。
アイラが見上げると――それはまるでクモように脚が8本ある、しかし明らかに生き物でない鋼鉄製の物体が、柱にくっついてこちらを見下ろしていた。
眼は全部で6つ。水晶のようにも見える赤い瞳がバラバラに動いている。キモい。
先ほど攻撃したのは、明らかに“コレ”だろうとアイラは結論付けた。
『ゴーレムじゃねーか!?』
「こんなの見た事が無いわよ。ゴーレムって、魔導師が使役するしもべでしょ!?」
『それは精霊型だ! こっちのは完全自律型で……うわ危ねっ!?』
ソロが説明しかけたところへ、再び攻撃が降って来る。
どうやらあのクモゴーレムの口から、黒い杭をいくつも射出しているようだ。
今度は後ろへ空中回転しながら避けるアイラ。
「直接使役してる魔導師が居ないって事!?」
『まぁそういう訳だ!』
この間も絶え間なく攻撃が続いているが、少なくとも避けるだけなら何も問題は無かった。
「で、なんで私を狙ってくる訳!?」
『知らん! だがまぁ――』
「――次ノ行動パターンニ、移行シマス」
遠距離攻撃では埒が明かないと考えたのか、クモゴーレムはその8本ある脚をワサワサと動かしながらこっちへと突進してきた。
「キモい!」
『コイツ倒さないと、街中だろうが屋敷だろうが。どこまでも追って来るぞ!』
「全く――」
敵がこちらへ向かって来ている最中、アイラは片手を握り、腰だめに構え目を閉じる。
普通に考えれば自殺行為だろう。
だがアイラの胸中に、曇りはカケラほども無い。
「婚約といいゴーレムといい、面倒事が多すぎよッ!」
目を空ければ、もう鼻先くらいの距離まで迫っていたクモゴーレム。
そこへ目掛けて――正拳突きを放った。
パンッ――!
空気がはじけるような音。
己の魔力コントロールによる肉体の全力解放。
それと同時に放った”ただの正拳突き”は、音速に到達したのだ。
グシャッ!
一撃で粉砕されたクモゴーレムは、巨大な柱へと叩きつけられ――動かなくなった。
アイラの前方にあった地面や柱などは衝撃波により大きくエグれ、その圧倒的な破壊力がどのようなものだったかが窺い知れる。
『なッ――』
その様子を見ていたソロは――絶句した。
肉体そのものは魔力によって、ある程度は強度も上がっている。
だが、もしゴーレムの鋼鉄の体が衝撃波によって壊れていなければ、壊れていたのは拳の方だったかもしれない。
「……全力で打った事なかったけど、やったらこうなるのね」
『怖ッ』
アイラは、己の拳の外側にあった皮が剥がれ血が滲み出ているのを見て、他人事のようにそう言った。
「まぁ大事にならなくて良かったわ。街中でこれやってたら、民家とかヤバかっただろうし」
『ヤバいどころじゃねーだろ』
「そう? とりあえず、このゴーレム片付けて……あとこの遺跡も調べないと……」
遺跡を囲う塀の外から、声が上がる。
「おい! なんか凄い音したぞ!」
「遺跡の方からだぞ!」
その声が次第に集まって来ている。
「……ヤバそうな気配がするわね」
『そりゃあんだけ暴れりゃ気付かれるだろうよ!』
「ともかく、このゴーレムだけでも持って帰るか……」
こうしてアイラは歴史の真実を知ったものの、襲ってきたゴーレムの残骸くらいしか得るモノもなく――別荘へと戻るのであった。
ちなみにこのゴーレムは、街中で見つかると色々ヤバいので人目の付かない内に、別荘近くの池に沈めて隠ぺい。
多分大丈夫だろう多分――と、見つからないようにアイラは神へ祈るのであった。
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