5-6.替え玉作戦
人は皆、大樹のようなもの。
知識という水を与え、心の光を当てれば少しずつだが成長をしていく。
――大魔導師ソロの格言集より引用。
◆ ◆ ◆
アイラのソロを使った魔術もまた、日々成長を続けている。
次の日になり、朝陽は侍女長と他のメイドと共に朝礼を行っているようだ。
『ではアサヒさん。我がギルベルト侯爵家の家訓から学びましょうか』
ここは屋敷から少し(具体的には500mほど。敷地が広すぎる)離れているのだが、それでも余裕をもってソロを通して音声が伝わって来る。
視覚の他に聴覚共有などの魔術もあるのだが、度重なる無駄遣い――もとい訓練の賜物で、その有効射程はかなり延びていた。
例えばアイラの屋敷から、遠くに見える山へとグリと佐々木に行かせ――そのまま佐々木だけしばらく放置しても、視覚聴覚両方の共有はかなりの時間継続できた。
しかも片目だけ、片耳だけなど変化も自在だ。
なのでこうして朝陽を見守りながら――アイラは他の行動を移せる訳である。
運ばれてきた朝ご飯をしっかりと食べたアイラは、玄関ホールへと降りて、辺りを見渡す。
ちなみにこの別荘。大きさだけならアイラの屋敷よりやや小さい程度で、十分大きいのだ。
飾られている調度品もどれも一級品ばかりで、飾られている花も毎日取り換えられている。
この屋敷でも、アイラの世話をするメイド達を用意できるとオーランより申し出があったのだが――。
『でもリーシャが他の使用人の方に嫉妬してしまうので……彼女だけで十分ですわ』
『アイラ様のお世話はわたし1人で十分ですーはわわー(超棒読み)』
といった具合で、屋敷の中はアイラとリーシャ。あとソロだけである。
「どうやら気配も別荘の外……警護の方だけですね」
『で、嬢ちゃんはどうするんだ? でっかいねえちゃんに向こうの屋敷の捜索でもさせるのか?』
「こっちはこっちで、1回調べておきたいことがあるのよ……」
アイラは玄関の壁に備え付けられていたベルを鳴らす。
ガチャッ――。
すると、すぐに玄関の大きな扉が開かれた。
「どうしましたかアイラ様」
「用事でしたら、なんなりとお申し付けください」
頭を覆い隠す兜と、全身に鋼の鎧を着た兵士の格好をした男性2人組が入って来た。
片方は獣人のようだ。黒い耳が兜から飛び出している。
「えぇ。実はお恥ずかしながら、まだまだメルドキの事を多く知らないので――この町にある1番大きな図書館へ連れて行って欲しいですわ」
「図書館、ですか」
「少々お待ちください、確認して参ります」
「分かりました。私も少し身支度をしますので、戻ってきたら鳴らしてください」
「了解しました!」
一度扉を閉め、昨日の探索で発見した1階の階段奥にある備蓄庫と思われる部屋。
この部屋には床の一部が外れるように取っ手がついており、地下へと降りる階段があった。
階段を降りていくと――様々なワインや蒸留酒の樽が並んでいた。
ここに宿泊する客人へ振舞う為のモノだろう。
「多分バレないわよね」
ソロへと魔力を送り、呪文を発動する。
「魔導書ソロ、6ページ!」
以下略。
「えっと、呼ばれて飛びでました!」
小動物みたいな可愛らしい笑顔で、片手を上げながら登場した藤花。
可愛いのでとりあえず1回抱きしめておく。
「ふぇえ!?」
「――ハッ、しまった。目的を忘れるところだったわ」
「情事の最中にすいませんアイラ様。お洋服、持って来ました」
リーシャがアイラのドレスを持って降りてきた。
「それで頼んでおいたの、持って来てくれたかしら」
「は、はい。近くのアニメショップで、ウィッグとエクステ買って来ました」
「ごめんなさいね。お代は金貨で良いかしら」
藤花に金貨を数枚握らせる。
「金貨!?」
「こんな便利な変装グッズが売ってるなんて、潜入捜査に困らないわね」
「それでアイラ様? なんで買ってきたウィッグを、ボクに被せてるんですか? というより、聞かなかったですけど……なんで金髪のウィッグなんですか?」
「それはね――今日1日、リーシャと一緒に図書館で時間潰してて欲しいの」
「え”」
◇
扉に付けられた金属製の輪っかが、大きな音を立てて鳴った。
「アイラ様、失礼します。オーラン様の許可が降りましたので……護衛は我々の他に4人ほど付くので、身の安全は保証します」
外出用の少し動きやすいドレスへと着替え、顔が見えないほど深く被った花飾りのついた白い帽子。
少し背が高く見えるヒールを履いた――藤花は、震えそうな声を必死に抑えながら応答する。
「そ、それは嬉しい限りですわぁ」
「ん?」
「アイラ様は、殿方と接すると緊張のあまり声が少し高くなってしまうのです」
「おぉ、これは失礼しました。では、外に馬車を用意していますのでこちらへ……」
アイラが2階から、複数の馬車が屋敷を出発したのを見計らい――前もって佐々木に持って来させて、手荷物に入れておいた緑や黒を多くあしらったチェック(迷彩柄)のジャージへと着替え、靴もランニングシューズへと履き替える。
1番目立つ金髪の髪は後ろでまとめ、大き目のニット帽に隠してしまう。
これで遠目に見られても、誰もアイラ本人とはすぐ分からないだろう。
『それでお前さんはどうするんだよ』
「もちろん単独行動よ――かつて、大魔導師様が通っていた施設。古代図書館に行くのよ」




