5-4.潜入捜査、開始よ
1週間の道のりを、グリで短縮して1日半ほどで到着した3人。
王都よりやや離れたギルベルト家の領地にして、数々の伝説を生み出した大魔導師ソロも通ったとされている図書館跡など、古くからの遺跡が多く残る都市。
名をメルドキ。
ここに侯爵家の本宅があるのだ。
アイラの屋敷の数倍立派で豪華な作りの貴賓室へと案内され、丁重なお出迎えをされるアイラ。
後ろにはリーシャの他に、メイド姿の朝陽も控えている。
「初めまして、第2王女のアイラ=ヨーベルト=サモンですわ」
「おおアイラ王女様。遠方よりわざわざの来訪、ありがとうございます」
早速ギルベルト侯爵家を訪ね、身分の証明として王家の紋章を見せ、取り次いで貰った。
対応してくれた老執事は、申し訳なさそうにお辞儀をする。
「しかし大変申し訳ございません。ギルベルト侯爵様はただいま留守でございまして……」
「いえ。今日は侯爵様ではなく、ご当主様であるオーラン様にお目通りをお願いしたくて参りましたの」
オーランの名前を出すと、驚いたように目をパチパチとさせる。
「オーラン様に?」
「実は……この度、ギルベルト侯爵様よりオーラン様とご婚約のお話を戴きまして」
「そのお話、少し聞いております」
「それで、快くお引き受け致しようと思いますの」
老執事はもちろん、部屋の中にいた他のメイド達も各々違う反応で驚いた。
「なんと!?」
「お父様も婚約をお認めになると許可を戴きました」
「それはそれは……おめでとうございます」
「知っておいてでしょうが、王族であろうと嫁ぐ男子の家に夫婦で住むのが習わし。しかし、その前にウチの使用人を1人預かって頂きたいのです」
「そちらの……」
「初めまして。朝陽と申します」
「オーラン様の下へ嫁ぐとなれば、使用人を何人か連れて来たいのです。その為にまず、彼女にこの屋敷でのご作法をご教授頂きたくて……」
貴族や王族にとってのパロメーターのひとつ、使用人。
その上品な立ち振る舞い、鍛えられた作法、主人をいかに立てるか――様々な要素が、外部の者から貴族王族を見た時の評価となる。
嫁ぐ場合に使用人を連れ行くのも、嫁入り道具を持たせるようなものだ。
故にこのような提案も珍しくはないので、
「なるほど」
老執事はあっさりと納得した。
「急なお話で申し訳ございません。また侯爵様がお戻りになられた時には、私の方からもお話させたて頂きますので……」
「分かりました。では少々お待ちください」
老執事が外へと出て行く。
しかし室内にはまだギルベルト家のメイド達が居るので、態度を崩したりはできない。
しばらくすると重い足音と共に、廊下を歩く音が近づいてきて――。
「お待たせしてすいません。ギルベルト侯爵家の当主、オーラン様でございます」
「アイラ殿! おぉ、お久しぶりでございます!」
部屋へと入って来たのは、ストレートに言ってしまえば「中年のオヤジ」といった風貌の男性だった。
本当にまだ36歳か。実は46歳ではないのか? と胸倉を掴んで問質したくなる衝動に身を焦がしならも、それをグッと我慢するアイラ。
まず町長よりも悲しくなるほどの冬の草原。
ギルベルト侯爵は白髪ではあるがフサフサだったので、これはかなりのインパクトがある。
ガッチリと男性らしい体格で、紅い上等な生地と金の刺繍が施された服を着たオーランはまるでベテランの騎士のような佇まいだ。
佇まいなのだが――年齢以上に老けた顔でそれも台無しである。
「お久しぶりです。オーラン様」
アイラ側は一切覚えていないのだが、いくらなんでもここでそれを言う訳にもいかない。
「ギルベルト侯爵様より婚約のお話。お引き受けしようと思いまして……」
「親父が出発してからまだそんなに日が経ってないというのに、もうお聞きになられたのですね」
「えぇ。他所の領地へ出かける用事がありまして……偶然そこでお会いしましたの。そこでお話合いをさせて頂きました」
もちろん嘘であるが、その証拠となる手紙などはこちらにある。
何より王女の言葉を疑うなど、オーラン他全員が思ってもいない事だ。
「嬉しいですアイラ様。あぁ、前に舞踏会で会った頃と変わりない……いや、今はそれ以上だ。そう! まるで深淵なる森、そこに住まうサナギから羽化した蝶のように、貴女は美しい!」
即座に『じゃあ幼少期の私はイモムシかしら?』などといったツッコミを入れたいアイラだったが、世間モードが全力で抑え込む。
「まぁ、ありがとうございます」
「それで使用人のお話でしたな。もちろん歓迎しますよ」
「ではアサヒ。粗相のないようお勤めするのですよ」
「かしこまりました。オーラン様、至らぬ点があれば遠慮なくご申しつけ下さい」
「はっはっ、よろしく頼みますよ」
「では、私は近くで宿を取ろうかと思いますので……」
「いいえ! いけませんアイラ殿。婚約者を、それも王族の方をそこらの宿へ泊まらせるなど知れれば、親父より烈火の如く叱られてしまいます。
ぜひ、我が屋敷の敷地内にある別荘へお越し下さい」
これはまぁ、予想は出来ていた。出来れば単独で行動できるよう敷地外に出たかったのだが――アイラは内心そう思いつつも、そんな事はおくびにも出さない。
婚約はしたといっても身分のある男女2人。婚姻を正式に結ぶその日までは、同じ屋敷で寝泊まりなどはしないのが一般的な貴族の考えだ。
「まぁ。でもご迷惑にならないかしら」
「とんでもない。大切な方をお守りするのも夫なる者の務めでございます。それに最近では郊外にある遺跡近くなどで狂暴な獣モンスターが目撃されていて、街も警戒を強めているのです」
そうなると、少し手前の森に隠して来たグリの事が心配である。
もちろん誰かに襲われそうになる前には感知して、すぐ空へ逃げるとは思うが――そうアイラが思案していると、
「ウチには腕利きの冒険者を護衛として雇っています。もちろん別荘の周囲も常に見張らせますので、ご安心下さい」
その間を、モンスターを脅威に怯え民を思う憂いた王女の横顔――という感じに読み取ったのか、余計な手間をまた増やされてしまった。
「ではアサヒさん。後は侍女長であるエリカさんに着いて行って下さい」
オーランの説明が終わると同時に、部屋に入って来た老年のメイド。
白髪とクリーム色のが混ざった髪を後ろで纏め、背筋はピンと、古いタイプのメイド服はスカートの丈は足元まで。
眼鏡の奥から厳しそうな眼光が見え隠れする。シワも多いのだが、あまり老人といった印象を受けない。
まさに“侍女長”とも言うべき風貌である。
「どうもご機嫌麗しゅうございます、アイラ王女様。これからアサヒさんをお預かりします、エリカと申します」
「初めまして、エリカさん。今回はよろしくお願いしますわ」
「えぇ。このギルベルト侯爵家の名に恥じぬよう、ビシバシと教育致しますわ」
眼鏡をクイッと上げながら、ニコやかにそう宣言するエリカ。
「はははっ。エリカさんもお手柔らかにね。ではアイラ殿。別荘へとご案内します」
「えぇ……ではアサヒ。頑張ってくださいね」
「はいアイラ様。いってらっしゃいませ」
朝陽もまた完璧なお辞儀である。
ここへ来る前に少しだけ彼女の経歴を聞いたのだが――多分大丈夫であろう。




