5-2.婚約破棄しか勝たん
それからいくつのかの雑談を交え、ギルベルト侯爵はウキウキした気分でお帰りになった。
その後、アイラは自室で慟哭した。
「おっさんが婚約者とか、嫌すぎだわッ!」
侯爵が帰宅し、日々の公務を終えてから自室に戻ったアイラは、ふかふかのベッドに寝っ転がりながら叫んだ。
「聞いてたでしょリーシャ! 私が最低でも9歳の時……場合に寄っちゃ、もっと前に一目惚れしたとか!」
「はい。おめでとうございます」
一切の感情を感じさせない抑揚のない言葉で、アイラを祝福する。
「マジでキモい。あっ、日本じゃ本気の事をマジ、気持ち悪い事をキモいって言うらしいわよ」
「マジでございますか」
『良かったじゃねーか。侯爵の息子とか、じゃじゃ馬の嬢ちゃんにはもったいないんじゃねーのか?』
ケラケラと笑う様にソロは宙を舞う。
「絶対イヤー!」
「しかし国王様が認めになり、アイラ様も侯爵様にお断りしなかったですよね」
「……お父様が認めてるからタチが悪いのよ! 私の意見なんかハナから無視よ無視」
しかも相手は、王家にとっても恩人とも言えるギルベルト侯爵家。無下に断れる訳もない。
せめて国王が反対してくれれば、それに乗れた訳だが――アイラに選択権は無いようだ。
「結婚式のブーケトスは、ぜひわたくしの方へ投げて下さい」
「結婚とかしたら、もう絶対自由に動けないじゃない!」
魔術を使えない事になっている王女が、夜な夜な怪しい本を使って魔術で召喚をしていると知られれば――どんな混乱が起きるだろうか。
『でもどうすんだよ。侯爵様はウッキウキで王都に帰ったぞ』
「それよ」
『どれだ』
アイラは腕組みをしながら、部屋の中をウロウロとする。
「侯爵様が王都に戻るまで1週間。いや、少し他の領地の様子を見てくるとおっしゃってたから2週間ほどかしら……まだ時間はあるわ」
『何をする気だ』
「こうなったら……全力で婚約破棄になるように動かせて頂くわ。ふっふっふっ」
◇
「はい第1回、どうたら婚約破棄して貰えるか考えましょうの会。パチパチパチ――」
「パチ、パチ、パチ」
いつものように呼ばれた佐々木と藤花。
2人とも帰宅中だったのか、制服姿のままだ。
「――それで、婚約破棄したいから知恵を貸せと」
「た、確かにそれは理不尽過ぎますね!」
2人に事情を話した。
「まずはリーシャを送り込んで暗殺を考えたんだけど――」
「いきなり物騒だなオイ」
「侯爵様の御屋敷ともなれば警備は厳重です。わたしでも侵入にはいささか時間が掛かりますし、そもそもアイラ様のお傍を長期に渡り離れれば、必ず怪しまれます。そして、仮に成功してもアイラ様が真っ先に疑われます」
「リーシャが元暗殺者だって割と有名だし」
「知ってんだ」
「な、なんでリーシャさんは暗殺者を辞めて、メイドさんやってるんですか?」
「それは――」
「私が5か6歳くらいの頃、リーシャが暗殺しに来たのよ」
「ぶっ」
「えぇ!?」
2人共、目を白黒させながらリーシャを見る。
張本人は「別に……」みたいな顔をしているが。
「で、それを私が返り討ちにしてやったの」
「それもすげーな」
「あの頃のわたしは、まだ未熟でした。でも安心して下さい。今なら勝てます」
グッと拳を握り宣言するリーシャが、どこまで本気なのか誰にも分からない。
「そういう問題か?」
「で、その時。お父様にお願いして、専属メイドにして貰ったの」
「許可する父親も父親だな」
「まぁリーシャに頼んだのは王族かその側近の誰かだろうし、あえて傍に暗殺者を置くとか逆に歓迎するわよ」
さらっととんでもない事を口走るアイラ。
「な、なんか壮絶ですね……」
「ちなみにリーシャさんは知ってるのかよ、誰が依頼したとか」
「全くこれっぽっちも。すべて秘匿のまま暗殺ギルドに依頼されましたし、そんな王族を狙った暗殺をやらされるなんて大砲の砲弾扱いです」
「鉄砲玉か?」
「別にそこはどうでも良いわ。ともかく! オーランになんとか婚約を諦めさせたいのよ」
しばらく皆が悩んだ後――おずおずと手が上がった。
「はい……」
「はいトウカ」
自信無さげに手を組みながら、ソワソワしつつ発言する。
「こう……色仕掛けで、他の子に惚れて貰うとか……」
「残念だけど仮に惚れさせたとしても、その子は妾になるだけね。王族と貴族の婚約なんて、恋愛感情なんかでやらないの。メンツの問題なのよ」
しょぼんとする藤花。
「はい」
「はいササキ」
「メンツの問題なら、その息子の評判を下げるってのは?」
「ふむ……具体的には?」
「えー……夜な夜な道端でしょんべんしてるとか、裸でうろついているとか嘘の噂を流すとか……」
「ボツね。侯爵家の信用と信頼は国民の間に根深く浸透してるわ。その噂流す工作ってのは時間もいるし、信憑性が無い噂なんか広まる事無く終わるわよ」
「そういうアイラはどうなんだ。なんか案無いのかよ」
「無いから、こうして相談してるんじゃない」
「開き直るんじゃねーよ」
『なんだいなんだい。3人寄っても大した案がでねーじゃねーか』
「うるさいわね。大魔導師様には、何か妙案でもあるっての?」
『あるぜ』
「マジで?」
『マジだマジ。今、嬢ちゃんが言ったように信憑性の無い噂は広がらねぇ。証拠は何も無いからな』
「ええ」
『だったらその証拠そのものを、国民の前で突き付けりゃいい』
「……つまり?」
『昔から上流階級の人間なんざ、民に言えない秘密の1つや2つ抱えてるもんだ』
「たしかに」
「じー」
佐々木と藤花の視線がアイラに刺さる。
『それを証拠として抑える。方法は――』
「そうだスマホ! これなら写真撮る機能も動画もいけるし……いざとなったら前に通販サイトで見た、ペン型とかボタン型の隠しカメラも用意して……」
「じー」
「い、いや別に俺が使ってる訳じゃないからな! エロサイト見てたらそんな広告が――あ、いや、その」
「……不潔です」
年下の女の子に軽蔑のまなざしで見られ、落ち込む佐々木。
「早く行動に移すわよ。もしギルベルト侯爵が戻れば、問題を起こしたとしても握り潰されるわ――」
アイラは威勢よく立ち上がり、どこかを指差す。
「さぁ――行くわよ、みんな!」




