1-2.プライベートの王女様
ここは領主の部屋。つまりは、アイラの自室。
「…………だぁ、疲れたぁ」
自室のベッドの上にダイブするように飛び込み、布団に顔を埋める。
自慢の絹糸のような金髪も、乱れに乱れる。
「アイラ様。お召し物がシワになります」
「分かってるわよー」
先ほどの温和な目つきだったアイラ第2王女様はここにはいない。
1歩自室に入り、ドアを閉めた瞬間から――もう1人の彼女が顔を見せる。
「――ん」
アイラは立ち上がり両手を広げる。
御付きのメイドであるリーシャは、慣れた手付きで部屋着を用意する。
「失礼します」
アイラの首元や手首には金の輪状のアクセサリーが付けられているが、それらは外さずに器用に服を脱がしていく。
煌びやかなドレスは、無地で地味な麻の服に。
腰回りを覆いかぶせていたコルセットは外され、これまた質素なズボンを履かせる。
「ふぅ。やっぱこの格好が楽だわぁ……」
「今日はもう公務の時間は終わりですが、明日のご予定をお伝えします」
アイラは話半分に聞き流しながら、再びフカフカのベッドの上で寝転がる。
枕元にいつも置いてある表紙が豪華な本を広げる。隣に置いた袋には、町で買ってきた甘いパンが入っている。
さらにベッドの隣のテーブルには腕利き職人の作った高級ティーカップがあり、そこへリーシャが注いだ王族御用達茶葉による凄い紅茶を、凄い雑に飲む。
「ふぅ。リーシャの入れてくれる茶はいつも美味しいわねぇ」
「ありがとうございます」
リーシャはクールな言葉と態度は一切崩さない。
声にミリも感謝されている気持ちがこもってないのだが、アイラはこれもまたミリも気にしない。
この2人は、5年ほど前からこんな感じだ。
「明日は朝より公務。終わり次第、お招き頂いている宮廷魔導師様と一緒に、いつもの特訓を行います」
「はーい」
ちなみに本の装丁は、他のメイド達にバレても良いように別の本(小難しそうな歴史)のカバーを取り付けてある。
中身は、流行のラブロマンスな小説だ。
町娘の間で流行っていると聞いて、お忍びで買いに行った本の1冊。
部屋の本棚には様々な本が並んでいるが、その半数は子供が読むような勇者の童話だったり、男女がまぐわうような描写のある(嫌がるリーシャに買ってこさせた)恋愛小説だったりする。
「午後ですが、お昼過ぎにレイラ様がお見えになります。ご夕食はご一緒されるとの事ですが、お泊りにはならないようです」
「ふーん……お母様も大変よねぇ。王都から1週間もかけてここまで来るなんて」
「それだけレイラ様もアイラ様の事を心配なさっているのです」
「まぁ――心配は心配でしょうけど」
チラッとアイラは、自身の腕輪を見る。
腕輪には色々な模様が描かれ、いくつもの宝石が散りばめられている。
一般人が見れば、それは煌びやかなアクセサリーにしか見えない。
王族とはいえ年頃の娘が付けるにしては、少々ゴツいデザインだな――そのくらいの感想しか抱かないだろう。
この腕輪のみならず、普段は隠してあるが足首にも同じモノがあり、さらに首輪まであるのだ。
対外的には、これは王族が領主をする時に儀礼的に付けるモノだと説明しているのだが――。
「まっ、来るってなら御もてなしするだけよ。料理長には、また部屋で食事をとるって言っておいて」
「はい」
リーシャは深々とお辞儀をした後、部屋を出て行くのであった。
◇
次の日――。
予定通り公務を終え、10年前から日課になっている魔力トレーニングを行うべく準備をするアイラ。
今日は月1で屋敷に来てくれる宮廷魔導師と一緒にトレーニングを行い、日々の成果を見て貰う日だ。
魔力の込められた糸で編まれた特別な白いローブを身に纏い、練習用の杖を構え、静かに瞑想するという内容だ。
勇者の末裔というだけはあり、剣術や魔術においても王族が1流なのは有名な話――。
第1王子は国最強の騎士団長と肩を並べるほどの剣の腕前だし、第2王子は剣においてはそれほどだが槍を使わせて右に出る者なしと評判。
また第1王女の魔術は宮廷魔術師が舌を巻くほどで、魔法大学を主席で卒業した実績まである。
全部で5人居る王族だが、王女は2人だけ。
故にアイラは幼い頃、姉と比べられこう言われたのだ。
『お前は魔術の才が、とんと無いのだな――』
『姉は、もうお前の歳で上級魔法が使えたぞ』
しかし当の本人は、
「まぁお姉様はお姉様。私は私だし」
さっさと魔術の才脳には見切りを付けて、剣術ばかり習っていた。
この剣術も正直そこまでのめり込めなかったので、最近は稽古もサボりがちだ。
しかしこの魔力トレーニングに関しては、昔から途切れることなく続けている――。
「今日はここまでです。アイラ様、近頃は非常に安定していますわね」
アイラと同じ白いローブに、青いケープを羽織った妙齢の女性。
クセとボリュームのある亜麻色の髪の毛は、彼女のチャームポイントの1つである。
丸い眼鏡におっとりとした口調の、物腰が柔らかく――そうと言われなければ、彼女が魔導師として最上の地位に居る事も分からないだろう。
そのぐらい、見た目には町によくいる奥様なのだ。
「はい、マジカ先生」
「しかし慢心はしてはいけませんよ。普段の生活の中でも、自身の魔力の流れを感じますように」
「分かってますわ」
「――かの伝説の魔導師ソロは言いました。“己の心次第で、魔力はいかようにも染まる”と」
「……」
「貴女の魔力は、とても清らかな優しい光をお持ちです。自信を持ってください」
「――はいっ!」
こうして訓練を終え、昼過ぎにやってくる母親の来訪に備え、まずは汗を流す為に風呂に入る。
庶民の家では、毎日湯舟に大量を水を入れそれを沸かすなんてと驚かれるだろう。
王都の浴室はそれはもう立派な大理石で出来た湯舟と、宮廷彫刻家に作らせた彫像が飾ってあるなどと思うだろう。
しかし、派手で見栄えだけを気にしたような浴室は、アイラの趣味には合わなかった。
木製の(大人1人分入るのがやっとな)湯舟から上がり、心身共にサッパリするアイラ。
脱衣室でリーシャに召し物の準備をして貰う。
「――アイラ様。レイラ奥様がいらっしゃいました」
「どうやら到着されたようですね――お部屋にお通して下さい」
「かしこまりました」
こうして色々な準備を行ってから、アイラは母親の前に出る。
親子と言えど王族。
身だしなみはキッチリと。
「よし。それじゃ、半年ぶりの親子の対面と行きますか」




