4-5.さぁ召し上がれ、ですわ
先ほどまでの荒れた天気が嘘のように晴れ――貴賓室もまた、窓より差し込まれた暖かな日差しに満ちていた。
その中で、アイラは来客に対して深くお辞儀をする。
「ギルベルト侯爵様。それにマジカ先生、町長さんも……今日の昼食会に来ていただき、まことにありがとうございます」
1名を除き皆が立ち上がり、挨拶を返してくれる。
グレンデルは――ヒゲを撫でながら、こちらをジロジロと見てくる。
まるで今日の獲物が、どんな具合なのかを観察するように――。
「アイラ様にお招きされた訳でもないのに、申し訳ない」
「いいのですよギルベルト侯爵! マジカ殿が来られるのはけいさ――いや、驚きましたが」
それに関しては、むしろこちら側が礼を言いたいくらいである。
「お話によると、今日はとても素晴らしい料理が食べられると聞きました。グレンデル殿下も、ワタシをご同席いただく許可を戴き、とても感謝の念が絶えませんわ」
「では――」
アイラが席に着くと、貴賓室の扉を開け――銀のキャビン(料理を運ぶ為の台車)に料理を乗せたメイド達が入って来る。
さらに各人の前に配られた料理にはクロッシュ(丸いドーム型のフタ)が被せられ、否応にも期待感を高めてくれる。
「本日は昼食会ですのでメインであるこの料理と、食後のデザートのみとなります」
「ふうん」
グレンデルは久々の妹の顔をにらめつけつつ、頬杖をする。
「アイラよ。この間の手紙の通り、素晴らしい料理である事を期待しておるぞ」
「もちろんでございますお兄様」
アイラが合図をすると、まずは傍で控えていたリーシャが。
それに呼応するように、メイド達が一斉に――クロッシュを取った。
「これはッ!?」
立ち上る湯気。
それによって漂ってくる芳醇な香り。
深めのスープ皿には幾重にも重ね合われた複雑な色合いのスープと、少し縮れた薄黄色の麺。
一口大の野菜と薄切りのお肉が添えられ、なんとも食欲をそそられる。
「”カレェヌードル~アムダの風を乗せて~”ですわ」
「カレェ!?」
「ヌードル……?」
ギルベルトは大層驚いた表情で、グレンデルの顔を見る。
いや、マジカ先生も、町長もだ。
全員の視線がグレンデルへ集中する。
侯爵でも、宮廷魔導師でも、ましてや町長も見た事が無い料理なのだ。
ならば王族である彼が知っているはずだと――。
「ほ、ほぉ……カレェヌードルか。な、なかなかのものではないか」
王族としての矜持と世間体を賭けて――。
決して他の者が居る前で「知らん」などとは言えないのだ。
食に関して弱みを見せれば、己の力量の無さを示してしまうのだ。
だからグレンデルは決して、屈しない。
「ではお兄様。これがお約束していた料理でございます――熱いうちに、どうぞ召し上がって見て下さい」
「えっ、あっ、えー……」
各人の前にはナイフ、フォーク、スプーンが置かれている。
普通に考えれば、このどれかを使って食す料理だろうとは予想が付く。
ましてや麺料理なのだから、フォークが最適解なのだが――食べ方が問題だ。
王族、貴族は幼少の頃よりテーブルマナーを叩き込まれる。
スープであるならばその掬い方から飲み方。
サラダであるならば、一口大に整えてから口へ運ぶなど。
仕草1つとっても、完璧を求められるのだ。
『この料理を知っているのなら、その正しい食べ方も知っているはず』
と、皆のそんな視線が刺さる中――グレンデルはフォークを握る。
「…………」
スープ皿の中で麺を巻き付けるようにして、口へと運ぶ。
「あらお兄様。珍しい食べ方をしますのね」
「ぐっ、むッ!?」
アイラがさらっと言った言葉に、思わずむせそうになるグレンデル。
「でも構いませんわ。ここは私の昼食会。皆様も、お好きなように召し上がって下さい」
「は、はぁ。では……」
「――ちゅるっ」
それでも皆はグレンデルに倣い、フォークでパスタのように料理を食べていく。
「――これは美味しいですわ。いくつもの複雑な味わいが、口の中で広がりを感じます」
「ワシも色んな地方の料理を食べてきた……だが、グレンデル殿下とは違い物を知らんでな。これは食べた事が無い。そして、美味い」
「お、おぉアイラ様。これは素晴らしいです!」
涙を流しながら食べている町長は置いとくとしても、ギルベルトもマジカ先生も満足をしてくれているようだ。
グレンデルは料理を食べながら、小声でブツブツと何か言っている。
「な、なんだこの料理は……いや、この肉もなんだ。ただ煮てるだけかと思えば、少し甘いが味わった事の無い風味を……」
「それはアムダの豚を使った、チャーシューのコーラ煮ですわ」
「チャ……シュー? コーラ?」
全く聞き覚えの無い料理名を聞かされ、呆気に取られるグレンデル。
「ほぉ、チャーシューとは全く聞いた事がございませんな。グレンデル殿下は、もちろんご存じでしょうけど」
「ふぁッ!? いや、そう。そうだ。もちろん知っておるぞ。豚肉を使った有名な料理だ」
一応正解ではあるが――さらにギルベルトから容赦のない質問が飛ぶ。
「これは是非ともワシの屋敷でも作ってみたい。他にはどのような材料が必要か……グレンデル殿下は、コーラという調味料を知っておいでか?」
「はっ!? いや、もちろん知って……いやその……」
昼食前までの威勢の良さは完全に消え、全身の穴から汗という汗が出てくるグレンデル。
「お、おおそうだ。アイラよ。もちろん我も知っているが、どうせならお前の口から説明してやりなさい」
「かしこまりましたわ――」
アイラは淀みなく、コーラについて説明した。
「コーラは砂糖、カラメル色素、酸味、香料とカフェインなどを合わせた炭酸飲料ですが、これは――」
誰も理解できない単語を並べられ、一同は顔を見合わせる。
特にグレンデルに至っては、突然宇宙の真理を語られたかのような顔をしている。
「――というのがコーラですわ。ですが……これはアムダでも職人が秘密裏に仕上げた伝統ある飲み物。その製法は門外不出で、もし出てしまったら……一族は皆、首を斬って自害してしまいます」
「そこまで!?」
「またこの飲み物は寿命が短いので、作られたモノを輸出する訳にもいかない……アムダでも一部の者だけが楽しめるのです。そうですわよね、町長様」
「えっ、あっ、そうです!」
特に打ち合わせはしていないのだが、話を合わせてくれる町長。
「それは残念ですな」
「申し訳ございません、ギルベルト侯爵様」
料理を食べ切る頃には――既にグレンデルは憔悴し切っていた。
「ふー……ふー……」
「では今から食後のデザートと参りましょう」
「いや。少し待て、アイラよ」
その声は、グレンデルからであった。
「……どうしましたか、お兄様」
「訳の分からない料理を前に……いや、カレェを前に忘れていたが、お前に土産があってな」
「まぁ、うれしいですわ」
グレンデルが指を鳴らすと、部屋の外より彼が連れて来ていた専属のメイドが入って来た。
少し赤が混じったおさげの少女。年齢はアイラと同じくらいだろう。
「お呼びでしょうか、殿下」
「アレを持って来い」
「承知しました」
メイドが戻って来た時には、キャビンの上に2本のワインが置かれていた。
どちらも赤ワインが入っているようだが、銘柄などの記載は無い。
「これは我が、その昔に領主をしていた領地の名産品でな」
「聞き及んでいます。とても素晴らしい農地があると」
「うむ――だが我とした事がうっかりしていてな。どちらがお前に送るワインか失念したのだよ」
アイラの前にワイングラスが2つ置かれた。
「お前が確かめてみて――気に入った方を選んでくれ」
これは、グレンデルの次善の策だ。
もし仮にアイラが文句のつけようが無い料理を出したとしても、王族や貴族の嗜みであるワインが分からなければ、その資格無しと言うつもりなのだろう。
これも難癖が過ぎるが、少しの負けも認めたくないという――グレンデルなりに考えた狭量な作戦だ。
「かしこまりましたわ」
メイドによって2つのグラスへワインが注がれ、その前に瓶が置かれた。
ちなみにこの国では15歳未満のワインの飲用を禁じている。だがそれを律儀に守っているのは王都民くらいで、地方では当たり前のように子供も飲んでいる。
だが王族であるアイラは律儀に守っている。ワインも今年から解禁されたばかりで、飲み慣れていない。
そこをグレンデルは突いて来たのだ。
「……良い香りですわ」
まずは右。香りを嗅いで堪能してから、口へと含む。
ゆっくりと……喉を通す。
「では、左を」
同じようにして、左側のワインも飲む。
よく味わうように口元を動かすアイラ。
「……」
「どちらを選ぶのだ?」
「左を頂きますわ。この豊潤で濃厚。それでいてフルーティな味わいは、オーゲスト産の15年モノですわ」
「おぉ、さすが我が妹。見事だ」
その器は狭量と言えど、食に関しては絶対の矜持を持つグレンデル第3王子。
決して、己の矜持には嘘を付かないのだ。
「グレンデル殿下。アイラ様が領主として相応しい方である事は、このギルベルトが保証しましょうぞ」
「あの小さかったアイラ様が、ご立派になられて……」
「あ、あぁそうだな。アイラよ、これからも大変であろうが、王族の名に恥じぬよう頑張るのだぞ」
「えぇ。しかと――では、食後のデザートを皆さんに」
「してアイラよ。デザートはなんなのだ?」
「マシュマロという焼き菓子ですわ」
「マシュ? マシュマロ?」
再び宇宙の真理を聞かされたような顔になったグレンデル。
それを見て、思わず微笑んでしまうアイラであった。




