4-4.ついに本番、御覚悟ですわ
それから2日後の昼。
外は生憎の曇り空で、時折窓を叩きつけるように風も強く拭く。
遠くでは唸り声のような雷鳴が轟いた。
アイラの屋敷。その貴賓室は、やはり外からやってくるお客様をおもてなすとあって、気品のある構成となっている。
王都へも出荷されている最高品質の木材で加工されたテーブルには、紅いクロスが掛けられ、端には華やかな花の刺繍が入っている。
窓際には台に乗せられた聖杯を象った花瓶と、赤やピンクといった季節の花が主張をし過ぎる事なく部屋の雰囲気に溶け込んでいる。
さらに、アイラが座る尊大なデザインの椅子の真後ろには――勇ましく杖を振る彼女の肖像画が飾られ、インテリアの小さな椅子には白い本が鎮座している。
「グレンデル第3王子殿下、ギルベルト侯爵様、マルゲン町長様。時期にアイラ様がお見えになりますので、こちらでしばらくお待ちください」
「うむ」
セバスチャンがそう告げ、メイド達が配置に付く。
まず領主の席を除いた1番近い位置に、グレンデル第3王子。
今年で21歳――にもかかわらず、その横にも大きな身体だけは重鎮クラス。
グレンデルが腰掛けた椅子からは、悲鳴のような声が聞こえる。
威厳を演出したくて生やしたチョビ髭と、妙に主張の強いモミアゲがトレードマーク。
本来なら王族の来訪時に着る、青を基調とした気品あるタキシード風の礼服も――細身の第一王子や第二王子なら完璧に着こなせるのに、彼が着ると話は別だ。
なにせ、腹まわりの隆盛がボタンの独立戦争を引き起こしており、前は一切閉まらない。
結果、胸元から下にかけて“開国”したままの王族がここに誕生していた。
「いやはや。まさか途中でギルベルト侯爵殿にお会いするとは思いませんでしたよ」
大げさに手を広げ、正面に座る白い髭をたくわえた老紳士へと声を掛ける。
今年で65歳となるギルベルト侯爵は未だ衰えぬ眼光の鋭さと、物腰の柔らかな紳士のような立ち振る舞いは王族、貴族でも有名だ。
国家の懐刀として名を馳せたギルベルトの家督と領地は息子へと継がせ、今は各地の領主の下を訪ね、相談役として助言をして回っているという。
「それを言うなら、驚いたのはワシの方ですな。あの“不動のギルベルト”と名高い殿下が、妹君の為とはいえこのようなところまで足を運ぶとは……」
「アンジェラの奴が心配していてな。辺境の領地とはいえ、アイラは我がヨーベルト=サモンの名に恥じない行いをしているのかと……本来であるならば、15歳を迎えてから領主の任を任せるのが通例。
だというのに、アイラには10歳で領主などと。父上は何を考えておいでか……」
「確かにご心配する気持ちは分かりますが、アイラ様も立派にお勤めをこなしておいでです――そうですよな。町長殿」
「は、はぃッ! ア、アイラ王女様においては、益々お美しくなるばかりか、この町の者も皆、優しく家族のように接して頂いておりまして――」
ガッチガチに緊張した表情で、薄くなった頭頂部や額から出てくる汗を拭う町長。
町長と言えど、立場は一般庶民と何も変わらない。
貴族はもちろん、王族と同じ空間で喋るなど――普通なら一生お目に掛からない場合もあるのだ。
「優しくぅ? 家族だぁ? アイラの奴、なんも分かっとらんな!」
バンッと手のひらで机を強く叩く。
「ひぃッ」
「王族は、その目線は高くあるべし。そこらの一山いくらの庶民と、我ら王族では目線が違うのだ。視野が違うのだ。民の声を聞くのは下々の仕事。我らは常に上に立ち、下を導かんとならん!」
町長は怯え、震えながらも――少し不満の混じった声で同意する。
「さ、左様でございますか……」
「これはやはり昼食の内容いかんでは、父上に進言せねばならんな。アイラに、領主の資格無しとな――」
「そんなお昼ご飯くらいで進退を――むぐッ」
その睨むような視線を向けられ、思わず両手で口を塞ぐ町長。
だがこの発言は問題にせず、むしろダメな生徒に優しく解き方を教える先生のような声色で、グレンデルは続けた。
「……庶民である町長殿には分からぬのも当然。この機会に、教えてしんぜよう」
「は、はいっ!」
「料理とは、即ち“力”だ」
「……はい?」
思ってもみなかった単語に、間抜けな声が出てしまう。
「例えばだが。ある貴族の晩餐会に招かれたとして、最高の牛肉を使った料理だと言って出された料理が――本当に最高品質の肉かどうか。あるいは、その味を満足に引き出せている料理だったか」
「はい……」
「客の為に、日々流動的に変わる肉の品質。それを最高の状態で用意できるか。その肉を、完璧な状態で調理できる料理人という人材を確保できるか――などと、出される料理で貴族の力量が推し量れるのだ。」
「な、なるほど?」
「これが王族だと、より厳しい目で見られる事になる。城に来客があるならば、全力でもてなすのはその為だ。決して贅沢三昧がしたい訳では無いのだ」
その腹で言っても説得力が無いのでは――などとツッコミを入れれる人間はここには居ない。
「前もって、このアムダで食べられる最高の料理を出せと、アイラには注文してある」
「……それは少々厳しいですな。グレンデル殿下の舌を満足させるとなると……」
「あやゆる美食に通ずるこの我の舌は即ち、王の舌。アイラの領主としての力量。正確に見させて頂こう」
チョビヒゲを撫でながら、王都より持ってきた自慢のワインが注がれたグラスを回すように、その色合いを確認する。
「さらに風の噂によれば、この屋敷の専属料理人は病に伏せていると――どんな料理を出して来るか、楽しみだ」
そのニヤついた顔がグラスに写る。
「……それは、初耳ですな」
「なぁに。料理人は家族想いでな……病の母親が居るというので、王都から持ってきた薬があればあるいは治るやもしれん。という話をつい数日前、使者を送って本人へ連絡したのだ」
「……」
「いや実に家族想いだな、彼は――アッハッハッ!」
豪快に笑った後に、グラスに入ったワインを飲み干すグレンデル。
この様子はすべて、インテリアとして飾られた――ソロより、厨房に居るアイラへと伝えられていた。
◇
「つまり、メニッシュさんはあの王子に強請られて、仮病使ったって事か!?」
「まぁそんなところだと思っていたわよ」
この話を町長やメイドに聞かれても問題ないのだろう。
問題になっとしても、その頃にはアイラは領主の任を解かれ、王都へ戻されている。
「でもソロさんが間に合って良かったです」
「本当についさっき帰って来るんだもの……どこで何やってたのか、後で問いただしてやらないと」
「でも、この料理で本当にいいのか……?」
不安げな佐々木の顔。藤花も横で頷いている。
「お、王の舌とか……グルメ漫画で出てくる人みたいです……」
「そんな大層なもんじゃないわよ。年中、理由付けて貴族と料理人呼びつけてケチ付けて楽しんでるだけよ」
「王族って……」
「グレンデル兄様は第3王子ともあって王位継承権も遠いし、上の2人は優秀だしで……ちょっと捻くれちゃったのよ。それに無駄にプライドも高いけど……そこが逆に狙い目よ。ギルベルト侯爵を連れて来てくれたのは、正直助かったわ」
「なんでだ?」
「町長とウチの使用人だけじゃ証人として弱いからよ」
「失礼します、アイラ様。宮廷魔導師のマジカ様がお見えになりましたので、貴賓室へお通ししました」
セバスチャンの報告に、アイラは予想もしない訪問に驚いていた。
「先生が? でもまだトレーニングの日には早い……そうか」
「わたしが呼んで参りました」
さらにセバスチャンの後ろから、いつものクールフェイスなリーシャが現れた。
月1の魔力トレーニングに向けてこちらへ向かっているマジカ先生を、リーシャが早馬で迎えに行っていたのだ。
「そうです。わたしは決して、味見から逃げた訳ではありません」
「……まぁ、それはいいでしょう」
宮廷魔導師の中で最も発言力のある彼女が同席するとあれば、グレンデルも断らないだろう。
これで役者は揃った。
後は、グレンデルの舌を納得させられるか――。
「セバスチャン。料理も直に完成しますわ。配膳の準備をお願い」
「かしこまりました――料理人の方々も。本日は、どうぞよろしくお願いいたします」
「は、はい! 全力で頑張ります!」
「ます!」
勇者2人はアイラが呼んだ料理人――と屋敷の者には説明してある。
「じゃあまぁ、お湯も沸いたし――最後の仕上げに取り掛かるわよ」
「おう」
「ひゃ、ひゃい!」




