4-2.料理歴0年でも問題なしですわ
「で、なんで料理なんだよ」
ここは屋敷の厨房。
床や調理台はもちろん、棚から調味料のビンに至るまで。ピカピカに輝くかのように奇麗に掃除されており、、ここの責任者の生真面目さが伺える。
様々な鍋が吊るされており、引き出しの中には用途不明くらいの種類がある包丁やナイフ。
壁際には、いくつもカマドが並んでいる。
厨房の勝手口側には、今日町で仕入れてきたであろう野菜が入ったカゴや、肉や魚の入った木箱が置かれている。
使用人達が食べる分に関しては前もって除ける用頼んであったので、ここにあるのは練習に使える食材のはずだ。
「3日後に私の兄様がやってくるわ。メニッシュが居ない今、私達でこの難局を乗り越えるしかないのよ!」
「それは聞いたけどさ。俺、料理なんか中学の実習の時以来だぜ」
「い、一応簡単なのならできますけど……」
「3人寄れば、賢王も知恵次第よ。どの道、並大抵な料理じゃ兄様を満足なんてさせられないなら――」
「ないなら?」
「最終手段として料理は質より、愛ッ! で押し通すわ」
右手の拳をグッと握るアイラ。
「なんでそこで愛だよ」
「お兄様の事、お好きなんですか?」
「いいえ、これっぽっちも」
間。
「……なんで愛を持ち出した」
「人は皆、愛と正義が大好物なのよ」
「意味わからん――まぁつまり、アイラが1人で調理できるように教えたらいいんだな」
「そーいう事よ!」
こうして勇者2人による、アイラ料理大作戦が始まったのだが――。
「これジャガイモにそっくりですね。じゃあ、これを包丁でこんな風に、皮を剥きます」
藤花が慣れた手付きで丸い岩みたいな形をしたイモの皮を、包丁で器用に剥いていく。
佐々木も同じようにチャレンジしているが、時間を掛けて剥いた皮には、大量の身が付いている。
「ふふん。なるほど……こんな感じね」
「アイラ様凄い」
「ああ。丸いイモをサイコロサイズに加工しやがった……」
藤花はカゴの中から、白い球体と緑の葉っぱが付いている野菜を取り出した。
「えーっと次は……これカブかな。じゃあまず葉を取って……」
「キシャァアアアッ」
「……なんか、凄いギザギザの歯が……」
「これは“ガブ”っていう野菜モンスターよ。活きが良いわねー。今にも噛みついて来そうだわ」
「むむむ、無理ですぅ」
「って言っても野菜だろ? こうやって包丁を入れてやれば、そのまま退治も――」
ガブッ――と、右手を噛まれる佐々木。
「――いてぇ……いてぇええッ!?」
「こうやって先に木の棒かなんかを噛ませないと、手を噛まれるわよ」
「早く言ってくれ!」
次に簡単な野菜の準備は(不安ながらも)佐々木へ任せ、肉へと取り掛かる藤花とアイラ。
「今回はスープ料理なので、お肉はミンチにしてつみれみたいにしたいだけど……フードプロセッサーは無いですよね」
「あらミンチにしたいの? それなら――」
その拳に、ありったけの解放を――。
「ダメです! そんな事したら、お肉が全部飛び散っちゃう!」
その後ろでは、今度は葉野菜に左手を噛まれている佐々木が居た。
「いてぇええ!? なんだこのキャベツ、また噛まれたぞ!」
「キャロベね。それも野菜モンスターで、やっぱり先に口に入れてないと噛まれるわよ」
「この世界の野菜、おかしいだろ!」
そこからしばらくは何事もなく調理は進み――。
「このまま弱火で、40分ほど煮込みます……カマドの火加減ってどうやるんだろ」
「あら。それなら超強火なら5分くらいになるわよね――スゥゥ」
アイラは木製の筒を用意する。
他にも手で空気を入れる事が出来る道具もあるが、こっちのが手っ取り早いと持ち出した。
「えっ、いや、それは――」
「フゥゥゥゥッ!」
アイラが全力で息を吹き込み、最大火力までカマドの炎が燃え盛る。
まるで大火事の現場に居合わせたかのように、茫然と立ち尽くす2人。
あと自信満々で顔にススをつけたアイラ。
「出来上がりが、楽しみね!」
◇
「で、できたぁ」
奇跡的に中身の黒焦げだけは回避した(鍋は助からなかった)つみれ入り野菜スープが出来上がった。
スープを木製の器へと3人分よそった藤花は、2人の前に並べる。
「これが私達が作ったスープ……少し焦げてる部分もあるけど、逆にそれがアクセントになりそうね」
「まぁ味付けも全部藤花がやったけどな」
「では、いただきます」
「いただきます」
2人は両手を合わせ、軽くお辞儀をしてからスプーンを持って料理を食べ始める。
「それは、日本の儀式かしら」
「うん?」
「さっきのですか?」
「えぇ……私達も、神へ祈りを捧げてから頂くけど、日本もそういう風習があるのね」
「別に神様には祈ったりはしてないな」
「じゃあ、今のは……」
「ボク達の為に、料理になってくれた食材への感謝の気持ちというか……後、食べ終わったらごちそうさまでしたって言うのもあるよ」
「野菜でも肉でも命を頂く事になるから、まずは食べる前にそういった感謝をするって、どっかで習ったな。でもまぁ、そこまで細かく考えてはねーな。まぁ日本の風習と言えば、そういうもんだよ」
「……命」
言われて見れば当然である。
しかし考えもしなかった事でもある。
普段から口にする食材には、それぞれの命が宿っていたのだ。
それを自身の体内へと取り込む事への――感謝の気持ち。
「いただきます」
アイラは2人と同じように、手を合わせお辞儀をする。
そしてスプーンを手に取り、スープを一口飲んだ。
「――薄い」
それはそれとして、味の感想は率直だった。




