3-6.大空に舞う
夜空に星が瞬く中、4人と1匹は屋敷へのトンネル付近まで戻って来ていた。
ゴブリンの残党が居ないかのチェックから、遺跡の清掃など。後の事後処理は、残った彼らに任せた。
猟師や冒険者達はギルドを通して、前払いとは別に必ず報酬を払うと約束――。
「本当に、ごめんなさい!」
ひと段落してトンネルへ辿り着いた頃。
そこでアイラは藤花の前で――日本で言うところの、土下座をした。
それはもう、頭が地面にめり込むぐらいの勢いでだ。
「ふえッ!?」
よもや謝られるとは思ってもなかった藤花はもちろん、佐々木やリーシャも驚いている。
「私の見積もりの甘さで、トウカを合わせなくてもいい危険に晒してしまって……ごめんなさい!」
「い、いいんです! 顔を上げて下さい、王女様!」
「でも……」
アイラが顔を上げると、今にも泣きだしそうな藤花の顔があった。
「確かに危険な目にあったけど、村の人達を助ける為に囮になろうとする王女様を。ゴブリン達と戦う後姿を見て思ったんです。ボクも、あんな風に強くなれるかなって……」
『辞めとけ辞めとけ。こんな狂暴な嬢ちゃんになったら、親御さんも泣くぞ』
茶々を入れるソロを地面へと沈め、アイラは立ち上がった。
「大丈夫よ。だって、アナタは勇者様ですもの」
「えへへ……マンガも肖像画も、頑張って描いてみます!」
話がまとまり、佐々木はホッと胸を撫で下ろした。
「まっ、でもいきなり呼ぶなよな……まだ節々が痛いぜ」
「ひぃッ」
アイラの陰に隠れるように、藤花は怯えた表情で佐々木を見上げた。
「えーとその、さっきは悪かったな。アンタごとゴブリン潰したりして」
「トウカは男が苦手なのよ。これ以上、トラウマ増やさないであげて」
「それと、そのグリフォンはどうすんだよ」
出発の時に使った馬車は粉砕され、馬は無事だったが徒歩で帰る他無いと困っていたところに、このグリフォンがやってきたのだ。
背中に乗せてくれるらしかったので、全員乗ってここまで来たのだ。
また日が昇り次第、村の人らが馬を届けてくれる手はずになっている。
「きゅるるうぅ――」
アイラの頬にくっつく様に、自身の頬をこすってくる。
『嬢ちゃんがあまりにも見事な1撃入れたから、魔獣の本能で従ってるのか……?』
「これとドレスと馬車の件は、なんて言い訳しようかしら……」
「ふああ。とりあえず、俺もう帰っていいか?」
佐々木が大きくあくびをする。
もう夜は明けようとしているところだ。
「あ、ボクも……また完成したら、もって来ます」
「そうね。じゃあ送還の陣を……リーシャ、部屋までトウカの服を取って来なさい」
「御意」
藤花の着替えが完了してから、2人を向こうへと送り届け――。
「ふぅ……今回は、さすがに疲れたわね」
その場で、アイラは大きく息をついた。
隣ではリーシャが、慣れた仕草で埃を払いつつ肩をすくめる。
「本当です。あまり何度も、こういった無茶はされませんように」
「分かってるわ。で……例の物は持ってきたのでしょう?」
「ええ。こちらに」
リーシャの手の中には、朱色の布で作られた小さな袋――藤花が肌身離さず持っていた“お守り”が乗っていた。
「さて。どういう理屈でそこに潜んでいたのか知らないけれど……犯人は、あなたよね。ゴブリンどもを藤花に誘導した張本人」
この場にいるのはアイラ、リーシャ、そしてソロだけ。
しかし、アイラはそれに話し掛け続ける。
「黙り続けるつもりなら――お守りごと燃やすわよ?」
『やれやれ……物騒なお姫様だこと』
誰の声でもない。
しかし、明らかに聞こえたその声は――お守りからだった。
次の瞬間、朱色の袋から黒い光が漏れ出す。
それは煙のように揺らめき、人の形を象り、影の少女へと変わった。
藤花を象った影――。
「いつから気付いてたの?」
影は藤花の姿、声を持っているが、口調はまるで違う。
「トウカが“加護”を発動した時よ。影の動きがおかしかったわ。あとは戦いの最中、ソロに見張らせていたの」
『影が動くたびに、ゴブリンはちびっこを目がけて一直線だった。お前さんが呼び寄せてたんだな』
本来なら、ソロの声が人には聞こえないはずなのだが――。
「いやぁ、乱戦の中で見破られるとはね。少々油断したよ」
影となった少女は軽く肩をすくめた。
しっかりとソロの声は聞こえているようだ。
「……あなた、何者なの?」
「時代によって僕の呼び方は変わる。憑き物、守護霊、影法師――好きに呼べばいいさ。今風なら……“シャドウ”でいいかな。“オルタ”でも“アナザー”でも構わないけど」
「シャドウ、ね。つまり――あなたは藤花の分身?」
「その認識でだいたい合ってるよ」
アイラは細く息をついた。
「藤花のマンガ……妙に暗くてリアルな内容だったの。彼女が描いたにしては生々しすぎた。もしかして、事実と関係があるんじゃないかって思ったのよ」
「うーん、ほぼ正解だね。藤花は無意識のうちに、僕の存在を認識しているようだ」
やれやれ――といった仕草をするのだが、その能天気な様子にアイラは少しイラ立つ。
「じゃあ……藤花が学校で虐められていたのも、あなたのせいなの? どうしてそんな真似を?」
「いやいや。そこは因果が逆だよ」
シャドウの声音が、急に冷えたものとなる。
「藤花は日頃から虐められ、助けてくれる友達も大人もいない。そんな日々を過ごせば――誰だって心が歪む」
「そんな……」
「藤花が壊れてしまわないように、僕が生まれたんだ。孤独は人をねじ曲げる。だから刺激を入れた。危ない目にあえば、親は心配してくれるし仲を取り戻す。人との繋がりが生まれ、藤花は“人”として保てる」
「詭弁だわ。そんなことをしなくても、トウカは強くなれる。ゆっくりでも前を向ける子よ」
「さすが異世界のお姫様。理想論を語らせたら右に出る者はいないね。いやはや――ヘドが出るねぇ」
アイラはきっぱりと言い放った。
「ともかく――これ以上、トウカに付きまとうのはやめなさい。彼女の人生は、彼女自身のものよ」
「僕も藤花なんだけどなぁ……まぁいいや。君と、そこの本とは争わない方が賢明みたいだし」
アイラはお守りを見つめ、だるそうに嘆息した。
「このお守り……屋敷のどこかに封印しておこうかしら」
「それは困るなぁ――じゃあ、こうしよう。交換条件ってやつさ」
◇
それから5日後。
再び召喚に応じた藤花は、アイラの自室へとやって来ていた。
「うー……お守り、気付いたら無くなってて……」
「この間の時に、遺跡で落としたのかしらね」
しれっとした顔で言うアイラ。
リーシャも特に表情を変えたりはしない。
「それで、ひとまず肖像画の方は完成したんです! なんだか最近、調子が良くって! きっと異世界で冒険して、度胸が付いたせいだと思います!」
「それは良かったわ」
はしゃぐ藤花の頭を、慈しむように撫でるアイラ。
藤花の方も嫌がらず、されるがままである。
「これがその肖像画です!」
藤花が背中に背負っていたリュックから取り出したのは、1枚のキャンパスだった。
そこには勇ましい顔のアイラが、白い本を片手に呪文を使っている場面だった。
「やっぱり、あの時のアイラ様がカッコ良くて……」
「うんうん。この間より、絵に躍動感があっていいわね」
「でもまぁ、やはり貴賓室などには飾れませんね……」
「あらいいじゃない。飾っちゃえば。タイトルはそうね……“もし私が大魔導師なら”ってところかしら」
「まんまですね」
「プリンセス・ウイザードなんてどうでしょう!」
『それもまんまじゃねーか』
アイラが窓から外を見ると――遠い遠い空を、1羽の鳥が羽ばたいているのが見える。
その鳥であって、鳥ではない獣の胸元には――お守りが結んであるはずだ。
「この世界を自由に飛び回ってみたい、ね」
「なにがですか?」
「なんでもないわ」
アイラは藤花を抱きしめる。
「ふぇ!? どうしたんですか?」
「――意外と抱き心地が良いわね」
か弱くも、強くなりたいと願う勇者――。
そんな彼女が楽しく過ごせる毎日を、共に送れたら良いなと――アイラは思うのであった。




