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辺境王女の「勇者召喚」活用術 ~王女様、それは勇者様の無駄遣いでは?~  作者: 夢野又座/ゆめのマタグラ
第3幕 王女様、気弱な勇者様を救い出す

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3-6.大空に舞う


 夜空に星が瞬く中、4人と1匹は屋敷へのトンネル付近まで戻って来ていた。


 ゴブリンの残党が居ないかのチェックから、遺跡の清掃など。後の事後処理は、残った彼らに任せた。

 猟師や冒険者達はギルドを通して、前払いとは別に必ず報酬を払うと約束――。

 

「本当に、ごめんなさい!」


 ひと段落してトンネルへ辿り着いた頃。

 そこでアイラは藤花の前で――日本で言うところの、土下座をした。

 それはもう、頭が地面にめり込むぐらいの勢いでだ。


「ふえッ!?」

 

 よもや謝られるとは思ってもなかった藤花はもちろん、佐々木やリーシャも驚いている。


「私の見積もりの甘さで、トウカを合わせなくてもいい危険に晒してしまって……ごめんなさい!」

「い、いいんです! 顔を上げて下さい、王女様!」

「でも……」

 

 アイラが顔を上げると、今にも泣きだしそうな藤花の顔があった。

 

「確かに危険な目にあったけど、村の人達を助ける為に囮になろうとする王女様を。ゴブリン達と戦う後姿を見て思ったんです。ボクも、あんな風に強くなれるかなって……」

『辞めとけ辞めとけ。こんな狂暴な嬢ちゃんになったら、親御さんも泣くぞ』


 茶々を入れるソロを地面へと沈め、アイラは立ち上がった。


「大丈夫よ。だって、アナタは勇者様ですもの」

「えへへ……マンガも肖像画も、頑張って描いてみます!」


 話がまとまり、佐々木はホッと胸を撫で下ろした。


「まっ、でもいきなり呼ぶなよな……まだ節々が痛いぜ」

「ひぃッ」


 アイラの陰に隠れるように、藤花は怯えた表情で佐々木を見上げた。


「えーとその、さっきは悪かったな。アンタごとゴブリン潰したりして」

「トウカは男が苦手なのよ。これ以上、トラウマ増やさないであげて」

「それと、そのグリフォンはどうすんだよ」


 出発の時に使った馬車は粉砕され、馬は無事だったが徒歩で帰る他無いと困っていたところに、このグリフォンがやってきたのだ。

 背中に乗せてくれるらしかったので、全員乗ってここまで来たのだ。

 また日が昇り次第、村の人らが馬を届けてくれる手はずになっている。

 

「きゅるるうぅ――」


 アイラの頬にくっつく様に、自身の頬をこすってくる。


『嬢ちゃんがあまりにも見事な1撃入れたから、魔獣の本能で従ってるのか……?』

「これとドレスと馬車の件は、なんて言い訳しようかしら……」 

「ふああ。とりあえず、俺もう帰っていいか?」


 佐々木が大きくあくびをする。

 もう夜は明けようとしているところだ。

 

「あ、ボクも……また完成したら、もって来ます」

「そうね。じゃあ送還の陣を……リーシャ、部屋までトウカの服を取って来なさい」

「御意」


 藤花の着替えが完了してから、2人を向こうへと送り届け――。

 

「ふぅ……今回は、さすがに疲れたわね」


 その場で、アイラは大きく息をついた。

 隣ではリーシャが、慣れた仕草で埃を払いつつ肩をすくめる。


「本当です。あまり何度も、こういった無茶はされませんように」

「分かってるわ。で……例の物は持ってきたのでしょう?」

「ええ。こちらに」


 リーシャの手の中には、朱色の布で作られた小さな袋――藤花が肌身離さず持っていた“お守り”が乗っていた。


「さて。どういう理屈でそこに潜んでいたのか知らないけれど……犯人は、あなたよね。ゴブリンどもを藤花に誘導した張本人」


 この場にいるのはアイラ、リーシャ、そしてソロだけ。

 しかし、アイラはそれに話し掛け続ける。


「黙り続けるつもりなら――お守りごと燃やすわよ?」

『やれやれ……物騒なお姫様だこと』


 誰の声でもない。

 しかし、明らかに聞こえたその声は――お守りからだった。


 次の瞬間、朱色の袋から黒い光が漏れ出す。

 それは煙のように揺らめき、人の形を象り、影の少女へと変わった。


 藤花を象った影――。


「いつから気付いてたの?」


 影は藤花の姿、声を持っているが、口調はまるで違う。

 

「トウカが“加護(スキル)”を発動した時よ。影の動きがおかしかったわ。あとは戦いの最中、ソロに見張らせていたの」

『影が動くたびに、ゴブリンはちびっこを目がけて一直線だった。お前さんが呼び寄せてたんだな』


 本来なら、ソロの声が人には聞こえないはずなのだが――。


「いやぁ、乱戦の中で見破られるとはね。少々油断したよ」


 影となった少女は軽く肩をすくめた。

 しっかりとソロの声は聞こえているようだ。


「……あなた、何者なの?」

「時代によって僕の呼び方は変わる。憑き物、守護霊、影法師――好きに呼べばいいさ。今風なら……“シャドウ”でいいかな。“オルタ”でも“アナザー”でも構わないけど」

「シャドウ、ね。つまり――あなたは藤花の分身?」

「その認識でだいたい合ってるよ」


 アイラは細く息をついた。


「藤花のマンガ……妙に暗くてリアルな内容だったの。彼女が描いたにしては生々しすぎた。もしかして、事実と関係があるんじゃないかって思ったのよ」

「うーん、ほぼ正解だね。藤花は無意識のうちに、僕の存在を認識しているようだ」


 やれやれ――といった仕草をするのだが、その能天気な様子にアイラは少しイラ立つ。

 

「じゃあ……藤花が学校で虐められていたのも、あなたのせいなの? どうしてそんな真似を?」

「いやいや。そこは因果が逆だよ」


 シャドウの声音が、急に冷えたものとなる。


「藤花は日頃から虐められ、助けてくれる友達も大人もいない。そんな日々を過ごせば――誰だって心が歪む」

「そんな……」

「藤花が壊れてしまわないように、僕が生まれたんだ。孤独は人をねじ曲げる。だから刺激を入れた。危ない目にあえば、親は心配してくれるし仲を取り戻す。人との繋がりが生まれ、藤花は“人”として保てる」

「詭弁だわ。そんなことをしなくても、トウカは強くなれる。ゆっくりでも前を向ける子よ」

「さすが異世界のお姫様。理想論を語らせたら右に出る者はいないね。いやはや――ヘドが出るねぇ」


 アイラはきっぱりと言い放った。


「ともかく――これ以上、トウカに付きまとうのはやめなさい。彼女の人生は、彼女自身のものよ」

「僕も藤花なんだけどなぁ……まぁいいや。君と、そこの本とは争わない方が賢明みたいだし」


 アイラはお守りを見つめ、だるそうに嘆息した。


「このお守り……屋敷のどこかに封印しておこうかしら」

「それは困るなぁ――じゃあ、こうしよう。交換条件ってやつさ」


 ◇


 それから5日後。

 再び召喚に応じた藤花は、アイラの自室へとやって来ていた。


「うー……お守り、気付いたら無くなってて……」

「この間の時に、遺跡で落としたのかしらね」


 しれっとした顔で言うアイラ。

 リーシャも特に表情を変えたりはしない。


「それで、ひとまず肖像画の方は完成したんです! なんだか最近、調子が良くって! きっと異世界で冒険して、度胸が付いたせいだと思います!」

「それは良かったわ」


 はしゃぐ藤花の頭を、慈しむように撫でるアイラ。

 藤花の方も嫌がらず、されるがままである。


「これがその肖像画です!」


 藤花が背中に背負っていたリュックから取り出したのは、1枚のキャンパスだった。

 

 そこには勇ましい顔のアイラが、白い本を片手に呪文を使っている場面だった。


「やっぱり、あの時のアイラ様がカッコ良くて……」

「うんうん。この間より、絵に躍動感があっていいわね」

「でもまぁ、やはり貴賓室などには飾れませんね……」

「あらいいじゃない。飾っちゃえば。タイトルはそうね……“もし私が大魔導師なら”ってところかしら」

「まんまですね」

「プリンセス・ウイザードなんてどうでしょう!」

『それもまんまじゃねーか』


 アイラが窓から外を見ると――遠い遠い空を、1羽の鳥が羽ばたいているのが見える。

 その鳥であって、鳥ではない獣の胸元には――お守りが結んであるはずだ。


「この世界を自由に飛び回ってみたい、ね」

「なにがですか?」

「なんでもないわ」

 

 アイラは藤花を抱きしめる。


「ふぇ!? どうしたんですか?」

「――意外と抱き心地が良いわね」


 か弱くも、強くなりたいと願う勇者――。


 そんな彼女が楽しく過ごせる毎日を、共に送れたら良いなと――アイラは思うのであった。

 

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