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辺境王女の「勇者召喚」活用術 ~王女様、それは勇者様の無駄遣いでは?~  作者: 夢野又座/ゆめのマタグラ
第3幕 王女様、気弱な勇者様を救い出す

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3-4.勇者様が攫われたので、姫が助けます


 村の入り口では既に冒険者達とゴブリンの戦闘が行われていた。

 ゴブリン達はやはりオオカミに跨っている。

 その後方より、矢が降ってきているのも確認できた。

 うっかり射貫かれないよう、注意して移動して部隊長へ指令を出す。


「事前の打ち合わせ通り、私は馬車で裏口の門より脱出します。正面の守りは、よろしくお願いします」

「分かった! お姫様も、お気をつけて!」


 村の厩舎へ全力で走り、用意されていた荷台付きの馬車へと乗り込む。

 アイラは御者台に立ち、手綱を握る。

 

「行きますわよ!」

「門を開けろ! お姫様が逃げるぞ!」


 裏口の門が勢いよく開き、馬車が土煙を上げて飛び出した。

 もちろんこれは本気の逃走ではない。

 アイラ自身が囮となるための、計算ずくの“逃走劇”だ。


 本来なら式典にでも出るつもりなのかと疑われそうなほど派手な舞踏会用ドレス。

 この場にまったく似つかわしくない服装なのは、追手の注意を自分へ引きつけるためのものだった。


「……来ましたわね」


 案の定、森の陰からオオカミにまたがったゴブリンたちが姿を現す。

 ざっと見ただけでも七匹。

 事前情報では正面にも同数以上潜んでいたらしいので、タイミングが少しでも遅れていれば裏門から村へ雪崩れ込んでいただろう。


 あとは、事故を装って急停車でもすれば――その瞬間だった。


『くぇぇええええッ!!』


 獣の咆哮というにはあまりに甲高く、不吉な声が村の方から響き渡った。

 反射的に振り返ったアイラの瞳に飛び込んできたのは、影を落としながら空を舞う巨大な怪鳥の姿。


「あれは――グリフォン!?」


 地上を駆ける獣の下半身に、鷲の翼と鋭い(くちばし)を備えた魔獣。

 その爪は鋼すら紙のように切り裂くとされ、騎士団でも討伐班が組まれるような危険生物だ。

 事前にそんな情報は無かった。


 だがアイラが驚いたのは、それだけではなかった。

 グリフォンの背には――ゴブリンが2匹、しっかりと“乗って”いた。


「まさかオオカミだけでなく、魔獣までも従えているというの!?」


 焦りで乾く喉。

 ゴブリンの知能では本来ありえない事だ。

 その異様な光景は、これから起こる“何か”の前兆のように思えてならなかった。


 村へと降り立ったグリフォンは――すぐに再び空へと舞った。

 その足には、見覚えのある馬車がしっかりと掴まれていた。


「しまった――ッ」


 アイラはすぐに交信を飛ばす。

 片手に手綱、もう片方に開かれたソロと若干危ない体勢だが致し方が無い。


(トウカ、トウカは無事なの!?)

(ひゃい……もしかして私、鳥さんに捕まれてます?)


 視界の複写のおかげで客観的に起こった事態を把握できたのだろう。


「すぐに送還の陣を……」

『嬢ちゃん! 前だ前!』

「あっ!?」


 ソロの声に、慌ててアイラは手綱を操作しようとするも――間に合わず。

 馬は自力で目の前まで迫っていた巨木は避けたものの、その後ろにあった荷台まではそうはいかず――。


 側面がかなりの勢いでぶつかり。

 ドガシャッ――と、そのままけたたましい音と共に横転した。


「くッ!?」


 アイラは咄嗟に御者台から飛び降り――その勢いのまま地面に転がる。全身が土と泥で汚れるが、気にしている場合ではない。

 何回転も自身の視点が回った後にアイラの目に入ったのは、オオカミに乗ったゴブリン達だった。

 どいつもこいつも、獲物を前に下卑た笑いを浮かべている。


「キヘヘ――コイツモ、ツレテクゾッ!」

「ゴブッ!」


 こうして縄で簀巻きにされ、想定外の事もあったが予定通りゴブリン達に攫われるのであった。

 ただアイラの胸中では、藤花の安否を思うばかり――。

 

 ◇


 アイラは他の荷物と共に荷台に乗せられ、ゴブリン達の住処へと連れて来られた。

 

 それは谷にあるとても古い遺跡。事前にチェックしてあった箇所の1つだ。

 元々は荘厳な雰囲気のある神殿だったのだろうが、今では獣の糞尿の匂いが漂ってくる朽ち果てた残骸となっていた。

 

 荷台から荷物と一緒にゴブリン達に降ろされ、複数人に担がれて運ばれるアイラ。

 神殿の奥はさらに地下へと続いており、階段を降りると――とても広い空間に出た。

 古びた石のブロックが交互に並べられドーム状となっている様は圧巻の一言。

 それを支えるように立っている、彫刻の石柱は何かの動物を象っているように見える。

 だが床には食い散らかされたイノシシなどの肉や骨、ゴブリンの使っていた武器などが散乱していた。

 

「これは、屋敷の地下にあった遺跡に少し似てますわね」


 天井は吹き抜けており、恐らく外へと繋がっているのだろう。

 そしてこの部屋の中央には――馬車の車体部分が鎮座していた。


「トウカは、とりあえずまだ無事のようですわね」


 ゴブリンが棍棒や、錆びた剣などで車体を攻撃しているようだが、ビクともしない。

 元より王族が緊急時に使う護送用の馬車だ。ゴブリン程度の攻撃で壊れるはずもないが――。


『くぇええええッ!』

「マズいわね」


 床の上に転がされ、簀巻きにされたままで全然身動きが取れないが、なんとかアイラは首だけ動かして上を見上げた。

 グリフォンが吹き抜けより羽ばたきながら降りてくる。

 周囲は突風が吹き荒れ、顔に獣の骨やフンが掛かりそうになる。


「危ないわね!」

「キシシ……ゴブ、ゴブゥ!」


 上に乗っているゴブリンが、グリフォンへ命令をする。

 他との個体差が見受けられないが、恐らくは彼がリーダー格なのだろう。

 

 そして――先ほどの外では遠目でよく見えなかったが、グリフォンの首には鈍く紫に輝く首輪が付けられていた。

 奇抜で異彩な形をした首輪に、漏れ出る不吉な魔力の波動。

 アイラにも、アレがよくないモノだと一目で分かる。


『隷獣の首輪だと? 奴らなんてもん持ってんだ』

「何よそれ」


 咄嗟に隠したソロが、同じように身動きが取れないまま喋ってくる。

 全く見えないはずだが、恐らくアイラとの視覚共有がソロとも有効なのだろう。

 

『かつての居た魔王の1体、千獣王レオニクス――奴は相手が獣でさえあれば、それは神の従属であろうとも操る事が出来た。あの首輪は、奴が聖獣や神獣を従える為に使っていたモノだ』


 いきなり聞き覚えの無い魔王の名前に動揺を隠せないアイラ。

 

「魔王ってそんなに何人も居たんですの!?」


 初耳である。

 魔王は数多の能力を持つが1人だけであり、それで勇者は他の仲間と力を合わせて倒した事になっているのだ。


『後世にどう伝わってるかは知らねーが、その通りだ』


 それで合点がいった。

 ゴブリンがどのようにあの首輪を入手したかは分からない――あるいはこの神殿に封印されていたのかもしれない――が、アレがあればグリフォンだろうがなんだろうか従わせる事が出来る。

 裏を返せば、アレが無いとゴブリンはグリフォンを使役できないのだ。

 なんとか壊す事が出来れば、この後突入してくるはずの味方の損耗を減らす事が出来る。


「くぇええッ!」

『やべぇぞ。あのグリフォン、馬車を壊すつもりだぞ』


 その鋭い瞳は、馬車の姿を捕らえている。

 少し宙を旋回したのち、鋼鉄を容易く切り裂く爪が馬車へと振り下ろされる。


 ドガッ!!


 嫌な音と共に、車体が激しく揺れる。

 一撃では壊せなかったようだが、それでも爪痕が傷として残っている。


『トウカ! 生きてるか!』

(な、なんとか生きてます――)


 頭の中へ切迫した藤花の声が聞こえてくる。

 

「すぐに送還を……」

『それより加護(スキル)だ。いいか、お前の中には既に“力”があるはずだ。それをすぐに発動のイメージを――』

(は、発動……?)


「くえええええッ!!」


 最後にひと際大きく飛んだグリフォンは、宙返りしながら馬車へと攻撃を仕掛ける。


「トウカ!」


 轟音――。


 それと共に、車体は天井から下の方まで大きく切り裂かれた。

 あれでは中に居た藤花も一緒に――。

 そう思い、目線を逸らしそうになるのをグッと堪えるアイラ。

 

 だからこそ、その存在に気付けた。

 半透明の壁の中、一瞬だけ黒く動く影を。


「あれは……」

「ふぇぇ? あれ、無事だ」


 壊れた車体の残骸の中から、光る壁に覆われた彼女が顔を出した。

 彼女ごと真っ二つにしたと思っていたゴブリン達は、驚きの声を上げる。


「ゴブッ!?」

「ゴブゴブ!」


 すぐに周りのゴブリンが彼女の下へと襲い掛かるが――その攻撃は一切通さない。


「きゃあッ!?」


 悲鳴を上げ、両手で頭を抑える藤花。

 しかし、彼女がそうして縮こまるのとは対照的に――光る壁は大きくなる。


 <危機を感じるほどに強固になる障壁を生み出す能力>


 彼女の頭の上に、アイラとソロにしか見えない文字が浮いている。

 今、彼女は過去最大の命の危険に晒されている――だからこそ、障壁もまた最大の防御力となっているのだ。

 

「くぇえええ!!」


 再びグリフォンが上空から攻撃を仕掛ける。

 特別製の馬車を易々と切り裂いた爪は、一切藤花へと届かない。

 

「ナニシテヤガル!」

 

 上に乗っているゴブリン達も、焦ったように指令を下している。


 少し出来た猶予――アイラは深く息を吸い込み、自身の内側へと意識を沈めた。

 外の喧騒など存在しないかのように、体内を巡る魔力の流れを丁寧に辿っていく。

 荒れ狂わすことなく、淀みなく。

 血流に魔力を乗せ、それを全身へと循環させるイメージを、すぐさま実行に移した。


「――はぁあああッ!!」


 アイラが日頃から鍛えてきたのは、こういう時の為だった。

 ひたすらに魔力のコントロール。

 普通ならば剣術や魔術の訓練を行う、その時間を全てこれに費やして来た。

 

 体内を巡らせた魔力そのものを、筋力や瞬発力へと変換する――極めて特殊な身体強化術。


 本来は騎士や魔導師の中でもひと握り、才覚ある者だけが扱える技――と聞こえは良いが、その実。使い手を極端に選ぶせいだ。

 制御を一度誤れば筋肉が裂け、最悪の場合は内側から肉体が爆散するという禁術めいたもの。

 非常にリスクが多く、戦闘行為として運用できる人間は少ない。


 だが。


 アイラはその危険な“解放”を、迷いなく行った。


 ブチッ、ブチチッ――!


 強化された筋力により、身体を縛っていた縄が音を立てて弾け飛ぶ。

 次の瞬間、ドレスの裾がふわりと揺れ――その影から、スカート内に隠していたソロを器用に足で挟み上げ、すばやく取り出した。

 

「今度は呼び出しに応じなさいよ、ササキ。魔導書ソロ、6ページ! サモン!」


 召喚の呪文を唱え、ソロから生み出された魔法陣から魔力の光が飛び出す。

 周りに居たゴブリン達は流石に気付くが、その光は部屋の全ての者の眼を焼いた。


「ゴ、ゴブゥゥ!?」

「くえ!?」


 その光が収まると同時に、木刀を携えた黒いTシャツに短パン姿の佐々木が立っていた。

 首には白いタオルを引っ掛けており、先ほどまで風呂に入っていたかのように全身から蒸気が立ち上っていた。

 穴の空いたグレーのサンダルで瓦礫を踏み、周囲を確認しているようだ。


「いきなり呼ばれたかと思えば……これなんだ、ゴブリンか!?」

「命令よササキ! そこら辺のゴブリン倒しちゃって! あと、そこにある盾も上手く使いなさい!」

「なに言ってん――うお危ねっ」

「ゴブァ!?」


 飛びかかって来たゴブリンの攻撃を避け、その顔面に木刀を振り下ろした。


「その感じよ! 私は、ちょっと行ってくるわ」


 アイラは肉体強化を維持しながら、全速力で“壁”を走る。

 一歩前に出る度に石が割れ、その反動が直に伝わってくる。


『マジかよ嬢ちゃん!?』

 

「この、首輪ねッ!」

 

 天上の付近まで来てから大きく跳躍し、飛んでいたグリフォンの首へとしがみつく。


「ぐえ!? くえぇええ!!」


 グリフォンはアイラを振り落とそうと、めちゃくちゃに飛び回る。

 しかしその程度では、アイラは振り落とされない――。


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