3-2.勇者様とマンガ
ひとまず落ち着いてから部屋にある椅子に座って貰い、アイラもベッドへと腰掛ける。
リュックサックは隣に置いて貰い、リラックスして貰う為に紅茶を入れた。
「は、はじめまして王女様……ボ、ボクは“桃井 藤花”といいます。に、日本人で中学3年生です。みんなにはよく下の名前で呼ばれてます」
「日本――つまりササキと同じ国の出身って事ね」
「ササキ、さん?」
「最初に喚んだ勇者よ。ちょっと今はこっちに来られないみたいだけど」
勇者という単語に、不安げな顔の藤花がさらに曇る。
「ゆ、勇者――それってボクもそうなんですか?」
「ええ。この魔導書は、異世界から勇者を喚べるのよ」
「むむむむむっ、無理です!」
自分の胸元を――何かを入れてあるのか、そこをギュッと掴んだ。
「ボクは勇者なんか――部活も美術部で、運動なんかとても――」
「それよッ!」
いきなりアイラが、藤花の鼻先に人差し指を向ける。
「うわっ!?」
「今回は、絵を描いて貰いたくて喚んだのよ!」
その言葉に、藤花は可愛い瞳をパチパチとする。
「絵、絵ですか?」
「はい。トウカ様には、アイラ様の肖像画を描いて頂きたいのです。おっしゃって下さればいかなる画材も用意できます」
「王女様の肖像画……」
少し思案する藤花に、リーシャは先ほどの発言を訂正するように手を振る。
「あっ、いかなる画材もとは言いましたが、ワイバーンの牙やベヒーモスの生き血を用意しろと言われると――半年ほどお待ち頂く必要があります」
絵を描くのに必要とも思えない素材の名に、アイラも眉をひそめる。
「……なんに使うのよ」
「こだわりの強い画家の方は、そういった素材を使った道具や塗料を使うと聞いた事がありまして。かの歴史的に有名な画家チェールド=メニスンは最高の作品を創るためには、あらゆる動物の生き物の血を使ったとか」
アイラは頭の中で、その名前を検索する――。
「……それ、50年前くらいに処刑された連続殺人犯の名前じゃなかったっけ」
「い、いい生き血なんか! 普通のでいいです!」
両手を派手にブンブンと振ったせいで、椅子に立てかけていたリュックが倒れる。
口が閉まってなかったのか、中身が少し飛び出してしまった。
「トウカ様。お荷物が出てしまって……これは?」
「うん? うわわわわわッ!」
「色などは塗ってないので下書きでしょうか。しかし肖像画にしては、複数人描かれてますね……風景画ですか?」
「か、返して――」
藤花はアイラより小さく、リーシャは女性にしては背が高い。
耳まで真っ赤にしながら一生懸命ぴょんぴょんと跳ねるのだが、リーシャが頭より高く上げてしまえばもう届かない。
「まるで動いているかのような絵」
「返して、返して……」
「リーシャ、返して差し上げなさい」
「これは失礼しました、トウカ様」
丁重にお返しすると、藤花の顔が茹ったカエルのようになりながらもそれを受け取った。
「あり、ありがとうございます……」
「それは絵なのかしら。随分、薄い紙に描いてあるようだけど」
「こ、これはマンガという絵の一種で――色を付ける事もありますけど、基本的にモノクロで描きます……1枚画の肖像画と違って何ページに渡って絵を描いて、そこにセリフなども入れて――」
相変わらず分からない単語が多いので、アイラはすぐにソロを開いた。
「魔導書ソロ、207ページ! アクセス!」
アイラはマンガの知識他、一部の日本語を読む力を手に入れた。
「なるほど。ようは小説が文章のみで構成されているのに対して、マンガは絵と文章をコマ割りと呼ばれる場所にハメこんでいくのね」
「はっはい」
「それで、それがアナタの描いたマンガなのね」
「……ボクの通っている学校は漫画部みたいなのはあるんですけど、コミックや雑誌を持ち込んで読んでワイワイしているだけの部活動で……マンガ描いたりする人は、美術部に入ってます。
だ、だから油絵とかは少し習った程度で、あんまり詳しくなくて……」
言い難いのか最後はほとんど聞き取れないほどゴニョゴニョとしていたが、アイラは突然閃いたように声を上げる。
「そのマンガでいいわ!」
「えっ?」
「別にマンガでも、サイズが大きなのはあるのよね?」
「えーっと、はい。油絵みたいな画布じゃなくて、アクリルボードみたいなのに印刷すれば――あのくらいのサイズならいけます」
藤花は部屋の中に飾ってあった、森の湖畔を描いた風景画を指差す。
アイラ自身よりは高さが低い縦長長方の形をしている。
「そもそも他の人と同じ肖像画なんかよりも、よっぽど素敵だわ! 異世界の勇者が描いた肖像画なんて、それこそ世界一の宝物よ」
世界一の宝物と持ち上げられ、藤花も思わず雪解けのような表情になってしまう。
「え、えへへ……そうですね」
「でもその前に――さっきのマンガ、見せて♪」
「え”」
雪解けは、そのまま氷塊となった。
「どんな絵柄なのか知っておきたいし――持って来てるの、全部見せてね」
「え”っ、あ”っ、はい――」
まるで氷像が動くかの如く。
あるいは、今からギロチン台に向かって歩く死刑囚の如く。
青ざめた顔で手元に持っていた紙の束を渡してくれた。
「で、でもまだ未完成と言うか――ネームの段階というか……」
「……ふむふむ。でも結構しっかり描いてあるじゃない」
「学校の、美術部の友達に見て貰おうと印刷してたんです……」
藤花の描いてあったマンガはこんなストーリーだ。
◆
主人公の女の子は女子高校生。陽気で少し頭が悪いが、その分周りに愛嬌を振りまく。
ある日、街を歩いていたら同じ学校の不良女子グループ(3人)に絡まれている内気な女の子。
曲がった事が大嫌いな主人公は、その女の子を助けてあげる。
次の日から、その不良グループに目を付けられた主人公は色々なイジメを受ける。
だが、ある日突然――そのグループの中のリーダーが、夜の繁華街の路地裏で倒れているのが見つかる。
彼女は喉笛を食い千切られたように死んでおり――手には、主人公の制服のリボンが握られていた。
当然疑いが掛けられるが、そのリボンは学校でイジメにあってる時に失くしたのだという主張が、一応認められる。
他には、いつも大切にしていたお守りも失くなっていた。
しかし容疑者という立場は変わらない。
そこから物語は急変直下する。
主人公には、影の人格があると発覚する。
しかし影の人格は、リーダーを殺したのは自分ではないと言う。
影は、自分と同じ存在がこの街の住民に多く潜んでいる。
やったのは同族だ――わざとお前に疑いが掛かるようにリボンを握らせたのだ。
不良グループの中に犯人がいると確信した主人公は夜、親の目を盗んで家を抜け出す。
彼女らがよく遊んでいるゲーセンへと赴く途中――悲鳴が響く。
襲われているのも、襲っているのも不良グループの2人だ。
主人公は影の人格に主導権を渡し、彼女に住み着いていた影のオオカミと戦う。
無事に勝利し、失くしたお守りも犯人の手荷物から出てきた。
こうして無事、主人公は疑いが晴れたのだが――果たしてこれから影の自分とどうやって付き合っていくのか。
主人公は最後、取り返したお守りを握りしめるところで物語が終わる。
◆
すべて読み終わったアイラは、マンガを藤花へと返して感想を言う。
「お話は悪くないと思いますが……」
「本当ですか!?」
「折角の戦闘シーンなのに、絵がこじんまりとしているっていうか、動きが無いというか……オオカミもなんか子犬みたい」
「ぐッ」
「あと、なんで登場人物全員女の人なの? ニホンじゃこういうの普通なの?」
「あ”っ、いや……その……」
言い難そうにもじもじとしながら、藤花はポツリポツリと説明していく。
「……ネットでオオカミの動画探してもよくわかんなくて、家で飼ってる犬のペロを参考に描きました……あと実はボク。男の人が苦手で」
「苦手って、マンガに描くのも嫌なくらいなの?」
「はい……昔から、妙に男子に嫌われているというか……よく不良にも絡まれたり、この10年で未遂含めて7回ほど誘拐にあってます……」
「ニホンって、そんなに治安悪いの」
「ササキ様が言ってましたね。男子の居る家には、必ず木刀があると」
「なるほど……そりゃ武器くらい無いと安心して暮らせないわね」
「い、いやそうじゃなくて! 他の人はほとんどそんな事は全然なくて……ボクだけ妙に狙われるんです……原因が全然分かんなくて」
藤花が小学生の頃にあまりにも危険な目に合うからと、別居していた両親と一緒に有名な神社へと行き、お祓いを受けた事もあった。
それからも、藤花の事が不安だという事で再び一緒に暮らしている。
「それで自分から男の人避けるようになって――気が付けば2人きりかもう絶対無理だし、単身赴任してるパパが帰って来た時も、正面から顔も見られないくらいで……」
どうやらかなりの重症のようだ。
「それだけ誘拐されたりして、よく生きてこられましたね」
「最後の一線で命の危険に合う事はなくて――お祖母ちゃんのお守りのおかげかなって」
「マンガにも出てきたやつ?」
「そうです」
胸元をひっぱり、服の中から朱色の小袋を取り出す。
白く細いヒモに繋がっており、首から提げているようだ。
それには日本の言葉で3文字何かを書いてあるようだが、アイラには読めなかった。
「お祖母ちゃんの、さらにお祖母ちゃんから受け継いだお守りらしくって……ボクを大きな災いから救ってくれるって渡してくれました」
「良いお祖母様ですわね」
ここでいきなり頭の中に声が響く。
(少し嫌な魔力を感じるな)
(いきなり頭の中で喋らないでよ)
(この会話はトウカにも聞かれない、秘密交信だから心配すんな)
(いつもより直接響く感じがして、ちょっと痛いわよ)
(長く続けると、ちょっとパーになるくらいだ。気にするな)
(気にするわよ!)
突然黙ったまま表情が百面相になったアイラに、藤花とリーシャは首を傾げた。
そうこうしている内に、リーシャが手元の懐中魔力時計を確認する。
「アイラ様、そろそろお時間です」
「そうね。折角だし、トウカもお出かけしましょうか」
「お出かけ?」
「良い機会だし、“本物”を見せて差し上げますわ。この経験は、きっとトウカのマンガにも良い影響を与えてくれると思うわ」
アイラは立ち上がり、藤花の頭から足先まで眺めて一言。
「その前に……まずは恰好からね」
「ではトウカ様。これを着て頂きます」
「えっ、なになに?」




