表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境王女の「勇者召喚」活用術 ~王女様、それは勇者様の無駄遣いでは?~  作者: 夢野又座/ゆめのマタグラ
第1幕 辺境領主の王女様、魔導書と契約せん

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/28

1-1.世間での王女様

 長い冬がようやく明け、世界そのものがほっと息をついたかのように、花や草木が一斉に芽吹き始めた。


 空はこれでもかというほどの快晴。

 陽射しは暖かく、風は優しく、どこか遠くで鳥が楽しげに鳴いている。


 そんな心地よい昼下がり。

 民家が並ぶ通りを、一台の馬車がゆっくりと進んでいた。


 ただの馬車ではない。

 車体を飾る装飾品は過剰なほど整えられており、否応なく“高貴な存在”が乗っていると知らしめている。

 栗毛のたくましい馬は軽やかに歩を進め、その所作に迷いはなかった。


 ここはエルギアン王国の辺境、アムダという小さな町。

 裕福とは言えないが、住人たちは総じて穏やかで、旅人からの評判も悪くない。

 旅人がその理由を尋ねると、誰もが同じ場所を思い浮かべていた。


 この町の近くには、王国第2王女にして、この地の領主が住まう屋敷があるのだ。

 これでは背筋が伸びる、という表現では足りない。

 この町の人々は、無意識のうちに“見られている”感覚と共に暮らしていた。

 だが誰もが、それを窮屈だとは感じていなかった。


 馬車はやがて、民家が連なる一角の前で静かに止まる。


「皆様、ごきげんよう」


 馬車から降りた一人の少女が、井戸端会議をしていた奥様方に微笑みかけた。


「まぁ、アイラ様……」


 年端もいかぬ少女。

 それでも、彼女の姿を目にした瞬間、彼女らは息を呑んだ。


 その微笑みは春の陽気のように柔らかく、風に揺れる金の髪は、触れられるたびに淡く光を返す。

 澄んだ瞳は静かな湖面を思わせ、覗き込めば引き込まれそうだった。

 淡い桃色のドレスは決して派手ではない。

 だが、その慎ましさが、かえって彼女の存在を際立たせている。


 ――荒野に咲いた一輪の美しき花。

 アイラを見た町長が、涙を流しながらそう称した。


 そんな彼女には、誰もが視線を向けながらも、あえて逸らす“特徴”がある。


 首と両手首に嵌められた、少女には不釣り合いな金の輪。

 王族が代々領主に就く際、その身につける装飾品だと説明されている。


 説明は、されている。

 だから誰も尋ねない。

 だからこそ、誰も長く見つめない。


「――失礼しました。ご機嫌麗しゅうございます、アイラ様」


 ようやく我に返り、奥様方は慌てて挨拶を返す。


「リーンさん、おはようございます。トーマス様もお変わりありませんか」

「え……あ、は、はい。元気にしておりますが……」


 一度しか会ったことのない夫の名を口にされたことに、リーンは思わず口元を押さえた。


「マイムさんも。お子様の具合はいかがでしょう」

「軽い熱で済みまして……お医者様をご紹介いただき、本当に……」

「それは良かったです。では、また何かあれば遠慮なく」


 感謝と畏敬が入り混じった視線が、少女に注がれる。

 そのどれにも、アイラは等しく、穏やかに応えた。

 

 ◇

 

 再び馬車を降りたアイラは、牧場の前で立ち尽くす農夫たちにも声を掛ける。


「どうかなさいましたか?」


 壊れた柵を見て状況を察し、屋敷の者に手配すると告げた時、農夫の顔に浮かんだのは、安堵だけではなかった。


 ――そこまでして頂くのは、畏れ多い。

 そう言葉にする前に、胸の内で思ってしまった自分を、彼は恥じた。


「リーシャ、屋敷へ戻ったらエド親方に連絡を」

「承知いたしました、お嬢様」


 冷ややかで澄んだ声。

 青い髪のメイドが一歩下がって頭を垂れる。


 並び立つ二人を見て、町長はかつてこう評したという。

 ――白銀の雪景色に咲く、二輪の花だと。


 ◇


 屋敷へ戻る道すがらも、領民たちはアイラに声を掛けた。

 挨拶、相談、感謝の言葉。

 彼女はその一つ一つに足を止め、決して疎かにしなかった。


 領民の声を聴き、領民のために何ができるかを考える。

 その姿勢は、町の噂話の中心だった。


『この方は、将来きっと大人物になる』

『勇者様の血筋って、やっぱり違うのね』

『あんな派手な装飾をしているのに、少しも嫌味がない』


 誰もが好意的で、疑う者はいない。

 それが当然のように受け止められていた。


 屋敷に戻ると、内部でも彼女の評判は変わらない。


 パリンッ――。


「きゃあっ……!」


 乾いた音とともに、花瓶が床に砕け散った。


「ど、どうしましょう……アイラ様が大切にされていた花瓶を……」


 蒼白になったメイドが、その場に立ち尽くす。

 床には破片と水、そして赤い血が滲んでいた。


「何事ですか……まあ」


 騒ぎを聞きつけ、アイラが足早に駆け寄る。


「申し訳ありません……私の不注意で……」

「それよりも……」


 アイラは静かに言った。


「手を怪我しています。見せてください」

「え……い、いえ、そんな……」

「リーシャ。他のメイドと一緒に掃除の手配を。わたくしは、この子の手当てをします」

「御意」


 迷いのない指示。

 リーシャは即座に動き、屋敷の空気は自然と落ち着きを取り戻した。


「そんな……アイラ様のお手を煩わせるなんて……」

「貴女も、この屋敷の大切な家族の一人ですもの。

 遠慮する必要はありません」


 そう言って微笑むと、メイドは堪えきれず涙をこぼした。


 下働きの者にも、他人にも、分け隔てなく。

 誰に対しても丁寧で、穏やかで、思いやり深い。


 屋敷に招かれ偶然その場に居合わせた町長が、その在り方を目の当たりにして号泣したという話も、あながち誇張ではないだろう。


 エルギアン王国には、魔王を討ち滅ぼした勇者が建国したという逸話が残っている。

 王族は皆、その血を引く者たちだ。


 故に王族は国民を想い。

 故に国民は王族を敬う。


 この辺境の地で領主を務めるアイラ=ヨーベルト=サモンもまた、その例に漏れない。


 国民を愛し、国民に慕われる存在。


 これが、世間での彼女であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ