不穏な塔
「……時代が違えば風景も変わるのね……」
マラド王国に足を踏み入れたアリアベルは思わずそう口にした。目に映る風景は、記憶の中のそれとは全く異なっている。かつてここは自然が占める割合が多かったが、今では開けた場所が増え、賑やかな町が形成されている。そこには多くの人が集まり、活気に満ちた雰囲気を漂わせていた。
「それはそうだろう。しかし、何故ここを選んだのだ?」
「ええと、薬草が豊富だったのもあるけど、一番はリベンジね」
「リベンジ?」
「前世で私、ここでポーションを作ったのだけど、侮辱罪で処刑されてしまって……、だから、そのリベンジなのよ」
それを聞いたフェンは途端に不機嫌な顔になる。そんなフェンを宥めながら、アリアベルは薬草がありそうな郊外の森へと移動した。
「良かった。少しだけど、当時の薬草がまだ生えてる」
記憶の中では、豊かに生えていた薬草たちも、今では時の流れに取り残されたかのように、ポツリポツリとその姿を覗かせるだけだった。それでもアリアベルは満足だ。一本一本を摘み取りながら、改めてその成分を確認していく。前世では出来なかったが、今ならこうして見たり手に触れるだけで、成分や薬効などが自然と分かる。以前は危険な毒草と忌避されていた植物にも素晴らしい薬効があると分かり、アリアベルは嬉しくなる。今は毒にしかならないものも、少し手を加えるだけで薬になる、そういう所にアリアベルは面白みを感じていた。
すると、うっすらと紫色の筋が見えるある薬草を発見する。「あったわ」と、アリアベルは一際目を輝かせながらその薬草を採取した。
「うむ? それはなんなのだ?」
「アカテラよ。前世では、これの試作品を作ってる途中で捕まってしまって……、だからちゃんと完成させたかったの」
そう言うと、アリアベルは早速そこにポーションを作る為の試薬台や調合器具などを用意した。創造の女神レリアーシュが後継者として育てていただけあって、アリアベルにはある程度の創造する力が備わっている。
フェンが見守る中、さっそく調合に取り掛かったアリアベルは、早くもその作業に夢中になった。前世ではある段階でいつも失敗してしまっていたが、今はその原因と解決策がすぐに分かる。「なるほど」と呟きながら作業を続け、ほどなくしてアカテラを使った特性ポーションが完成する。
「……出来たわ。ようやく、ね……」
それを前にアリアベルは安堵したような溜息をこぼした。長い年月を経て、ようやく完成させる事が出来たと思うと心が充足感で満たされる。しかし同時に、もしあの時に完成していたならどうだっただろうとも考えた。当時、血液の病気が蔓延した町があり、それにはこのポーションが有効だった。だとしても、自分の末路は変わらなかっただろうし、今さら考えても仕方ない。今は過去の未練を断ち切れた喜びだけを噛み締めようと、アリアベルは気持ちを切り替えた。
ようやく気分がスッキリとした所で、今度はある別の事を思いつき、アリアベルはそれをフェンに提案する。
「ねえ、フェン。昔、よく一緒にボール遊びしたわよね? 久しぶりに、また遊びたいって思わない?」
「む? もしかして、アリアベルが遊びたいのか?」
「ふふっ。だって私、長いこと自由な時間なんてなくて、遊ぶ事なんて出来なかったから……」
すると、それを聞いたフェンがハッとなり、すぐにファイアーボールを吐き出した。特別仕様のそれは熱くもないし、滑らかでありながらもボヨンボヨンとよく弾む。
「よし! いくぞ!」
フェンのかけ声を合図に始まったその遊びは、相手にボールを投げて返すという実に単純なものだった。それでもアリアベルは楽しくて仕方ない。地面に跳ねたボールが予想外の方向に飛んだり、たまに分裂しては二つになり、違う動きをするのが面白い。フェンと笑い合いながら、アリアベルは今まで遊べなかった分、これからはたくさんの遊びも満喫しようと考える。とりあえずは記憶にある、また別のものも試してみたくなったアリアベルは再びフェンに声をかける。
「ねえ、これも久しぶりじゃない? 覚えてる?」
そう言ってアリアベルが創り出したのは、小さなエアーボールだった。シールド内に空気を閉じ込めたそれはフェンのファイアーボールよりもよく弾む。それを自分の靴底に貼り付ければ、アリアベルはまるで自分がバネにでもなったみたいに空高く飛び跳ねる事ができたのだ。
「そ〜れ!」
ジャンプすると急に視界が一変する。見上げていた木々が足元に映り、森全体がよく見渡せるようになる。すると、森のもっと奥深い所に古びた塔があるのが分かり、アリアベルは思わず視線をそこに向けた。一度地面に着地して、また飛び上がると、再び視線をそこに向ける……。何度かそれを繰り返しているうちに足元が疎かになったのか、アリアベルは急にバランスを崩してしまった。あさっての方に飛んだ体を、特大のファイアーボールが受け止める。パタパタとすぐにフェンが寄ってきた。
「どうした? 何かボーッとしていたな」
「……ああ、うん。……あっちの方に塔があるのが見えて……、フェンは気付いてた?」
「ああ、なにかあるとは思っていた」
「そう。それで……、その……、中に誰かいるわよね?」
それは、自分が塔に幽閉された時代もあった事からピンときた部分もあるが、さっきは自然と能力がそれを感知した。
深い森の中にひっそり佇む古びた塔。その周りには特殊な結界が張られていて、特定の人物が外へ出られないようになっている。塔の中からは不穏な気配が漂い、助けを求めるような悲痛な思いが伝わってきた。
「気になるのか?」
「……そうね……、何だか妙にソワソワするというか、ゾワゾワするというか……、そんな感じがするわね。でも……」
「ふむ。では様子を見に行こう」
「……え? でも……」
アリアベルは何か躊躇する様子を見せているが、フェンは気にせず、一時的にその姿を大きくする。アリアベルをその場所へと運んで行った。




