自尊心を取り戻した先に 1
「アリアベル、人間が憎いか? 心底嫌いになったのか? もう滅び去って欲しいのか?」
「……な、何をっ……そんなはずないわ! 私は、ただ……」
「ただ?」
「……ただ……」
その後の言葉が続かない。その時になって初めてアリアベルは自分の中に複雑な感情があるのを自覚する。先ほど感じた心地悪さも、そもそも人間が負のエネルギーを発しなければレリアーシュ様に負担がかからないのではないか、そうまでして人間を守る必要があるのだろうかと密かに思ったからかもしれない。更には今まで心の奥底に押し込めていた感情が、これを機に顔を出し始め、アリアベルはどうしたら良いかわからない。
「……正直、よく分からないわ……。いつからか私、あまり人に対して感情を持たないようになってしまって……。処刑されるのは悲しいわ。でもそれはその状況に対してで……。それ以上あまり考えなくなったのは、前に人を憎んで後悔して……、それからだと思うの。関心を持つのをやめてしまっていたんだわ……」
「うむ、そうなるのも当然だ。よほど失望したのだな」
「……ええ、たぶん。……今、改めて向き合おうとしても拒絶感があるの。人の前では、私は自分が虫ケラみたいに思えてしまって……」
「そうか。其方は先に自尊心を取り戻さねばならんのだな」
フェンがそう言うと、そこにいた全員が静かに頷いた。それから示し合わせたように一斉にみんなが動きだすと、その場は急に慌ただしくなる。目を閉じて外の様子を伺う者、同じように外の音を聞き取る者、その場から波動調整を行う者、何かの呪文を唱える者……。何事かと困惑するアリアベルの前には水の精霊と光の精霊がやってきて、まだうまく力のコントロールが出来ないアリアベルに代わり、身なりをきれいに整え始めた。それまでも、死から蘇った時点でフェンがある程度は整えてくれていたのだが、着ていた灰色の服は真っ白なきれいなワンピースになり、髪や肌には透明感と艶が宿る。
「……まあ……」
仕上がったアリアベルは、その聖域の輝きの一部と言っていいほど美しかった。水を含んだような質感を持つ透明感のある肌、陽射しを浴びてきらめく髪と印象的な瞳……、その全てに磨きがかかっている。
その後、準備が終わり、周りも落ち着いたのを見て、白龍がみんなに声をかけた。
「さあ、これより重大な任務だ! ついていくのに相応しいのは誰か!」
即座に「我だ!」と名乗りを上げたのはフェンだった。フェンは怒りの炎を燃やしながら、その鬱憤を吐き散らす。
「ちょうど腹が立っていたのだ! あの人間どもめが、ふざけおって! こうなったらとことんやってやろうではないか!」
「そうか、では頼む。我々もここからサポートするのでな。……アリアベル、ここは皆で行きたい所なのだが……、生憎そなたを除き、ポータルは一体しか通さんのでな」
「……え、なに? どうしたの?」
促されるまま、アリアベルは再びフェンの背中に乗せられる。フェンはすぐにその場を飛び立つと、ポータルを抜け、勢いよく外の世界へと飛び出した。
「フェン、どこへ行くの!? ねえ、フェン!?」
外はもう夜ではなく、陽が差していて明るかった。スピードを上げ、フェンはどんどん前へ進んで行き、あっという間に二人はある帝国の上空へと到着する。
「……あ、……ここ……」
今見下ろしているそれこそ、覚醒前、アリアベルを不当な理由で刑に処した国だった。神殿では、ちょうど何か大きなセレモニーが行われていて、外にある豪華な式典会場には多くの来賓客が集まっている。
「ルシファス皇太子殿下、並びに皇太子妃ダリア様に不死鳥フェニックス様の加護があらん事を!」
大きな声が響いた。階段を上がった先の壇上には、その国の教皇と大司祭、そして本日の主役であろう皇太子と皇太子妃が立っていて、それを見守るように、壇の下には皇族、貴族、聖職者たちが整列している。更にその周囲には騎士たちが整然と並び立ち、会場は厳かな雰囲気に包まれていた。
そして彼らが今、一斉に頭を垂れているのが祭壇に祀られたこの国の守護神、不死鳥フェニックスの彫像だった。その光景を目にしたフェンが「ケッ!」と実に嫌そうな顔をする。
「ああ、そういえばこの国――」
「何が加護だっ! そんなもの永遠にある訳がないだろうっ!」
アリアベルの「この国のシンボルはフェンだったわね」という言葉はフェンが荒げた声に消えた。ちなみに、ここに来てから【隠密】の神術が発動している為、空を自由に飛び回っても大声を出しても誰も二人の存在に気付かない。
「よし、アリアベル、周波数を合わせてくれ! あの人間たちを見るだけでいい! そうすれば我の声があやつらにも聞こえるようになるのでな!」
「分かったわ」
言われた通り、アリアベルは会場にいる人物たちを見つめる。昔から人間の周波数に合わせるのが苦手だったフェンは、今では更にそれが難しいらしく、アリアベルの手を借りる事で調整する。
「ふむ、アリアベルを殺したのはあいつらだな!」
「……殺したっていうか、……まあ、そうなるのかしら……。私がね、皇太子妃様の怒りを買ってしまったの。それがきっかけで……」
「具体的には何をしたのだ?」
「……ええと、髪飾りが私の瞳の色と一緒だったんですって。だから色を盗んだ窃盗侮辱罪と、教皇様達には空気を悪くした環境破壊罪と、皇太子殿下には存在自体がドブネズミだから不快感誘発罪と醜悪展示罪だって言われ…………キャッ!」
言い切らぬうちに、フェンが超音速で下降して、アリアベルは振り落とされないようにギュッと首元にしがみついた。そのままフェンは会場へと突っ込み、自分を模したフェニックスの彫像をこっぱ微塵に壊してしまう。それと同時に隠密の解除を行ったので、突如として大勢の人の前に本物のフェニックスの姿が晒される……。
それはあたかも、たった今、彫像から飛び出してきた不死鳥フェニックスの奇跡として人々の目には映りこんだ。吃驚仰天するのはもちろんのこと、皆信じられないといった顔をして、悲鳴にも似た驚きの声を上げ始める。
「……フェ、フェフェフェ、フェニックス様だあああっ……!」
「なんたる奇跡だああっ! フェニックス様が顕現なされたぞおおっ!」
「実にめでたいっ! きっとこの国を、殿下たちを祝福しに来て下さったのだああっ!」
会場は最高潮に盛り上がった。二度とないであろう奇跡の瞬間に誰もが我を忘れて歓喜している。しかしそれも束の間、そのめでたい空気はフェンの怒号によって一瞬にしてかき消された。
「黙れこの無礼者どもッ! 己の過ちも分からぬ愚か者どもめがッ! 我が愛するこの者に貴様らは一体何をしたのだッ!!」
そこでようやくアリアベルの存在に気付いたのか、彼女に視線が向けられる。姿を確認した途端、人々は一様に困惑した表情を浮かべ、それから二つに反応が分かれた。




