変わる役割
「まったく、アリアベルらしいな。誰にも恨み言の一つも言わないなんて。どうしたらそんなに良い奴でいられるんだ?」
「あら、良い奴なんかじゃないわ。さっきも言ったけれど、私は途中で嫌な人間になったのよ? 誰も気付いていないだけだわ」
「はあ? それのどこが嫌な人間だって言うんだい?」
「だって、ほら、雰囲気だって変わったと思うし……」
「んん? そう、かな?」
「正直に言ってくれていいわ。自分で分かるもの。前はふわふわしてたかもしれないけど、今は表情が冷たくなったと思うの。不思議よね、置かれた環境によって見た目もこんなに変わるんだもの……」
確かに、見た目の雰囲気が異なっている事にすでにみんなは気付いていた。それは長かった髪が短くなったとか、そんな単純な事ではない。プラチナゴールドの髪と金眼はそのままだが、以前の彼女は表情と動きがふわふわしていて、いつも抜けた印象を与えていた。しかし今はどこか二面性を感じている。笑えば昔の柔和さが出る一方で、黙っている時はその表情に厳しさや冷たさが垣間見えた。
「それは仕方なかろう……、あれだけ過酷な環境にいれば無理もない。それでも本質は失わずにいてくれた事が何よりだ」
「そうだね、魔界神の目的はアリアベルの闇堕ちだったんだろうけど、そうならないで良かったよ」
「うんうん。最期に解放される力だって、あんなに自分を苦しめた国や人々の為に使うというのだから、立派なことさ」
白龍と風の精霊、そして麒麟がしみじみとそんな事を語り合う。それを目の前で聞いていたアリアベルだったが、最後の麒麟の言葉には顔をしかめて否定した。
「違うわ。私は別にあの人たちの為に浄化していた訳じゃない。ただ、レリアーシュ様を救出したくて……」
そこまで言って口籠る。これは憶測でしかなかったが、アリアベルは女神の砕けた魂の破片が魔界神に捕らわれていると考えていたのだ。実際、最期の浄化をする事で女神の気配を強く感じていたので、そうだと信じて疑わなかったが、今唐突に答え合わせのようなものがきて、捉えていた感覚にズレがある事に気付いてしまう。
「……あ。……違う……? そうではないのね……、私はずっとそこに捕らわれていると……。でも、これは……抑え込んでいる? いえ、中和しているのかしら……」
すると、そこにいた全員が顔を見合わせた。代表して白龍が探るように聞いてくる。
「その口ぶりから察するに、其方は知っていたようだな、女神の割れた魂の破片が大地の奥底に……、魔晶核と共にある事を……」
「……え? ……魔晶、核? それは分からないけれど……、世界中に埋もれているのはなんとなく……。てっきり、魔界神に捕らわれているとばかり……」
「それで最期の浄化を?」
「ええ。救出しているつもりだったけれど……でも、何か少し違ったみたいね……」
「うむ。それについては、まず今の我々の役割について説明しなければならないのだが……」
白龍がそう言うと、再びその場の空気が変わる。アリアベルを見つめながら、白龍はゆっくり話しはじめた。
「あの天魔大戦において、魔界神の肉体がこの地で崩れ去った事により、世界は高次元から低次元へと、波動は著しく低下した。生態系は大きく変容せざるを得なくなり、人類もまた魔の遺産である魔素と共存する事となり、結果的に光と闇、どちらも切り離せない表裏一体の世界が形成されたのだ。その為、我々は闇に比重が偏らぬよう、バランスを保つ役割を担う事となったのだよ」
「……バランスを? ……光と、闇の……」
「そうだ。今やこの世界は光と闇、二つで一つとなったのだ。両方のバランスを保つ事で秩序が生まれ、世に平穏がもたらされている」
「……そうなのね……」
「そのように、我々に道を示してくださったのもレリアーシュ様だ。天魔大戦において、我々はどちらが良い悪いと善悪に固執し、争ったが為に多くの犠牲を生んでしまった。この反省を踏まえ、今後は光と闇の対立ではなく、その中にも調和を見出すことが重要であると考えているのだ」
するとその時、またも女神レリアーシュの思念の働きかけにより、アリアベルの頭にある映像が映し出された。それは二つの異なったエネルギーが、まるで八の字を描いているように回っており、それが一つの球体として視覚的には見えている。
「……そう。そういうことね。つまり、レリアーシュ様は捕らわれていたのじゃなくて、そうやって自ら闇と調和を……、バランスを取っていたと……」
「うむ。そういう事だ」
「……えっ、待って……、それじゃあ、私がやってきた浄化って、もしかして必要なかったの? 私はただ邪魔をしていただけ?」
「そうではないさ。自覚はなかったかもしれないが、アリアベルはきちんと役割を果たしていた。魔晶核には人間の発する負のエネルギーが常に蓄積され続けている。人間がいる限り仕方のない事だが、その影響でどうしても闇に比重が傾きがちだ。アリアベルはその偏りすぎた比重を軽減し、バランスを保つ役割を果たしていたのだ。十分にレリアーシュ様の助けとなっていた」
「……そうなの……、それなら良かった。助けになれていたのなら、良かったわ……」
その顔には笑みと、少しの涙が浮かんでいる。やってきた事が間違いではなかったと、それが証明されたようで嬉しさが胸にこみあげた。
「そういう訳であるから、これからはアリアベルの好きに生きると良い。其方を縛るものはもう何もない。自由に生きれば良いのだ」
「……好きに、自由に……?」
「もちろん、時には役割を果たしてもらわねばならないが、それは大した事ではない。我々も総出で事にあたっているのでな」
「……そう。もうやりたい事をしてもいいのね……。好きに自由に……、でも、役割を果たしながら……」
その場は明るい雰囲気に包まれているが、アリアベルはどこか戸惑いを覚えている。それは、突然好きに生きろと言われても自分が本当に何を望んでいるのか分からないのと、少し心地の悪いものを胸に感じているからだ。実は先程もそうだったが、皆がすでに納得している事に対して、アリアベルだけがまだ腑に落とせていない部分があった。
「……うむ? どうしたのだ?」
異変に気付いたのか、フェンが声をかけてくる。
「……え? ……ああ、うん、……あのね……、今さらこんな事を言うのもあれなんだけれど……」
「構わん。なんでも言ってくれ」
「……私たちって、あくまでもバランスを取るのが役割なのね……。……闇をなくす、ではだめなのね……」
「それではいずれ魔素が枯渇し、動植物、及び人類は滅びの危機に陥るだろう。繰り返しになるが、この世界は光と闇、どちらも切り離せない表裏一体となったのだ」
「……あ。……そ、そうよね……、まったく、私ったら何を言っているのかしら。魔素がなくなったら人は死んでしまうかもしれないのに……」
少し考えれば当たり前の事なのにと、アリアベルは目を逸らす。その様子に、何か勘付いたのか、フェンが更に問いかけた。




