マノワの秘密
「おおおおおっ! これぞアリアベル! なんと実に久しい事だ! 我はずっと待っていた! そなたに会えるのを、ずっとずっと、待っていたのだ!」
力を取り戻した事で、不死鳥フェンの声が鮮明に聞こえるようになった。喜びを全身で表現しながら興奮気味に話すフェン。しかし今度はアリアベルの方が言葉をなくし、困惑した表情で視線をウロウロさせている。
「……うむ? どうしたのだ? どこかおかしな所でもあるのか?」
フェンが問いかけると、アリアベルはフェンのいる方に視線を向け、呆然としながら口を開いた。
「……えっ……、私って、こんなだったかしら……? あまりにも時が経ちすぎてるから感覚が……、力の扱い方を忘れてしまって……。どうやっていたのか、元の自分が分からなくて……」
それが率直な感想だった。死の間際に解放される力など、もはや些細なものに思えるほど桁違いな神聖力が体中に溢れている。通常ならこの覚醒を喜ぶべき所だが、こんな風に戸惑いが強く出てしまうのは、やはり普通の人間の感覚や基準に慣れすぎてしまったからだろう。自分が一番その力に対して萎縮してしまっていた。
「臆する事はない! それが本来有るべきアリアベルの姿! それこそが真の力なのだ! …………ああ、アリアベルよ、どんなに時が経とうとも、其方の本質は変わらぬ。まこと、ここに居るのはアリアベルなのだな、我や皆が愛したあの……」
だんだんと憂いを帯びた声色になり、アリアベルはハッとする。そこでまた急に胸の奥底から再会の喜びが込み上げてきて、アリアベルは「フェン!」と、遅ればせながらの抱擁を交わす。感動の涙を流しながら、しっかりとその存在を確かめた。
「……本当に、久しぶりだわ。フェン、あなたのこと、忘れたことはなかった。私も、ずっと会いたかったのよ……」
「そうか、そうか」
「……あの頃と何も変わってない……、あなたはあなたのままね、そのままだわ……」
優しくなでると、嬉しそうにフェンの炎がゆらゆら揺らめく。時折、分かれた火片が飛び散ることがあるが、周囲が燃える事はない。それが業火になるか否かはフェンの意思によって決まるのだが、今はいくら抱きしめていても熱くないのが改めて思えば不思議だった。
「……フェン、助けてくれてありがとう。本当に奇跡だわ、こんな事が起きるだなんて……。あなたがいなかったら私はまた……、それに、私はてっきりあなたが死んだとばかり……」
そこで初めて疑問が湧いた。冷静になって考えてみると、いろいろ不思議な事ばかりだ。そもそも、何故フェンがここにいるのだろうか。そして、何故今になって呪縛が解かれ、力がこの手に戻ったのだろう。それに、なんだかこの森――。
違和感に気付いて眉を潜める。先ほど浄化したばかりだというのに、不自然なほど異常な速さで禍々しい瘴気があちらこちらから湧いて出ている。普通であればこんな事はあり得ないし、何か意図があるかのようだ。まるでわざとそうするように……、早く何かを隠すように……。
「気付いたか? この森の秘密に」
心の動きを読んだのか、フェンがパッと顔を向けた。
「……秘密?」
「これは人が簡単には近づけぬよう、あえてそう造られた森なのだ。隠れ蓑のような役割を果たしてもらう事で、我々の大切な場所を守っている」
「……大切な場所?」
「うむ! では、そろそろ参ろうか! 実は先ほどからずっと急かされておるのだ!」
「……え? ちょっと、フェン? どうしたの? どこに……」
訳もわからず、早く自分に乗るようにと促されるアリアベル。アリアベルが背中に乗り込むと、フェンは飛び立ち、スピードを上げながら森の上空を滑空する。
そうして、二人は瞬く間に森の中心部へとやって来た。再び地上に降り立ったフェンが、そこで静かに口を開く。
「……今まですまぬ、アリアベル。今日に至るまで其方を救えず……。あの魔界神のやつの呪縛がどうにも複雑で、其方の魂跡を辿るのが非常に難しかったのだ……」
「……そんな、謝らないで? これは誰にも、どうにも出来なかったと思うわ。解けたのが信じられないくらいだもの。……でも、不思議ね。どうして今になって解けたのかしら?」
「ああ、それにはいくつか条件があったのだ。我はそれが合致するのを待たなければならなかった。それしか方法がなかったのでな」
「……条件?」
「絶対的な条件の一つは、僅かな時間でもその呪縛が緩む事だ。そしてもう一つはアリアベルがこのマノワに居て、我がその存在を感知する事。そして最後は、このポータルが開く時だ」
「……!」
突如として視界に現れたものにアリアベルは目を見張った。そこには黄金色に光る扉のようなものがあり、明らかに空気がそこだけ違っている。もともとポータル自体は古代から存在していたが、これはそれとは大きく異なり、浮き出た幾何学模様がパズルのピースのように組み合わさったり、離れたりを繰り返している。一目見ただけでもそれがとても特殊なものである事は明らかで、ある程度の強い神聖力がなければその存在すら認識するのは難しい。
「……これは……」
「レリアーシュ様が最期の瞬間に造ったものだ。これは地下世界の異次元空間へと繋がっている」
「……地下世界の、異次元空間?」
「この地上とは次元の異なる、高波動を維持した世界だ。匿われた者は限られたが……」
すると、こちらの気配を感知したのか、ポータルが羽を広げるように大きく開いた。そこからはまるで見えない力に引き寄せられるように体が勝手に前に進んでゆき、空中を漂うような感覚で光り輝く別世界へと導かれる。そうして到着した先でアリアベルが目にしたのは――、
「……! ……まさか、そんな! あなたたち……!」
そこには今や夢まぼろしの伝説となった精霊と神獣たちの姿があった。半数が膝を折り、敬意を表すような格好で、もう半数は飛びつかんばかりの勢いでアリアベルを取り囲む。
「わあっ! 本当にアリアベルだっ!」
「アリアベル! アリアベル! アリアベル!」
「お久しゅうございます! 大聖女アリアベル様!」
風の精霊、火の精霊、土の精霊、水の精霊、白虎、麒麟、ペガサス、ドラゴン……実に三百体以上がアリアベルを歓迎している。喜びのダンスを踊ったり、抱きついたり頬擦りしたり、中には無邪気に舐め回し、笑い声を響かせている者もいる。
澄み渡る空と豊かな大地。その場所には穏やかな陽射しが降り注ぎ、草花たちがその光の中で色めきだつ。まるで夢のようなこの世界で、アリアベルは嬉しさと懐かしさで心を満たし、久々の仲間たちとの再会を喜んだ。




