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覚醒

「……ハァ。……ようやく、これで……」


 息も絶え絶えに少女は呟く。森はより一層の不気味さを帯び、闇の中では微かに魔獣たちの忍び寄る音が聞こえている。月明かりは雲に隠され、僅かな光さえ彼女を見捨てたかのように消え失せているが、当の本人に悲壮感はなく、むしろその瞬間を待ち望んでいるように見えるのは、彼女だけが知る特別な理由があるからだ。


「……レリアーシュさ、ま……」


 事切れる間際にそれは起こった。淡く体の輪郭がぼうっと白く光ったかと思えば、次の瞬間には殻を破るように内側から強い光が溢れ出す。それは時間にして僅か3秒にも満たないが、かつてないほどの神聖なエネルギーが四方八方へ放出し、結果としてそれがその土地に溜まっていた穢れを一掃する。

 これは彼女だけが行える人生でたった一度きりの強力な神聖浄化だった。死の間際に僅か数秒、彼女はあの魔界神の呪縛から逃れられる。それにより解き放たれた神聖エネルギーは町全体を一気に浄化してしまう程で、更に人々の病や魔獣暴走の鎮静化、瘴気に冒された人々の悪気までも癒してしまう。一瞬でこれほどの浄化を、しかも同時に複数の効果をもたらす神聖術を行使できるという点が他に類をみない事だった。

 

 全てが終わり、彼女は静かに眠りにつく。心臓はもう鼓動を失っているが、その最後の表情が満ち足りているのは、先程の神聖浄化により、今も世界中に散らばっている女神レリアーシュの砕けた魂のカケラを一つ、救出する事が出来たと、そう信じて疑わないからだ。

 実際、肉体を離れた彼女は毎回、懐かしくも温かい光に抱かれた。慈愛に満ちた抱擁の中で、女神レリアーシュと語らい、その愛の中でしばしの休息を得ていたのだ。

 誰にも干渉されない穏やかな時間……。この癒しと慰めがあるからこそ、彼女は例え辛い輪廻であっても耐える事が出来たのだ。精神を保つ事が出来たのだ。そのうちに、また呪縛の糸が彼女を捕らえ、暗い輪廻の輪に戻す事は分かっていたが、この時だけは安らかに、穏やかに、此度もまた女神の愛に抱かれながら眩い光に溶け込んでゆく……。


 ところが、この日は何かが違った。これまでにない外側からの僅かな振動、音の響きが彼女を刺激し、それが意識の深い所に浸透してくる。遠くから聞こえてくるそれは彼女を呼び戻そうとする強い意志を持った声で、同調するかのように取り巻いていた光が揺らめいている。そこへふわり、橙色に輝く一枚の羽が降りてきた。それがスウッと自分に吸い込まれると、心地よいじんわりとした熱が広がってゆく……。

 一体何が起こっているのか……、考える間もなく、ふいに女神の囁き声が聞こえた。「まだ終わってはいけない」――その声と共に彼女は遠くへ押し戻され、旋回しながら下へ下へと降下してゆく。やがて行き着いた所で徐々に感覚が戻ってきた。

 最初は弱く、次第に確かな鼓動を打ち始める心臓……。ピクリと指先が微かに動き、次いで瞼が震え、彼女はゆっくりと目を開ける……。もうすでに自分が息を吹き返したのだと悟ってはいるが、やはり混乱状態だ。どうなっているのかとすぐさま見まわし、そうして目に飛び込んできた存在に驚愕しては飛び起きる。


「……そんな、まさか……!」


 信じられない光景だった。朱色の炎を纏った鳥……、それが悠然と夜空を羽ばたいている。けして忘れた事などない、太古の昔より確実に自身の記憶に刻まれている、その大きな鳥の正体は……、


 ――――不死鳥、フェニックス

 

 不老不死と再生、癒しの力を司る、それは太古に実在していた神獣だった。燃え盛る大きな翼と、先が複数に分かれた長い尾が印象的で、動く度にそれが煌めく光の帯を生み出している。夜の静寂を乱すことなく、優雅に舞う姿は周囲の空間を完全に支配しており、それが羽ばたくたびに遠い昔に確かにあった強い絆を思い出させる。

 

「……ああ、フェン! フェンなのね! ……信じられない、あなたが生きていたなんて!」


 涙を流しながら少女は叫ぶ。彼女が「フェン」と呼ぶそのフェニックスは、創世の時代を共に過ごした、かけがえのない家族のような存在だった。思わぬ再会に胸が詰まり、たまらない気持ちになる少女。ところが、そのフェンはただもどかしそうにこちらを見つめるばかりで、何も言葉を発しないのでだんだん不安になってくる。もしや、何回もの生まれ変わりの影響で自分の魂跡が消えたのか、または全盛期より遥かに力が劣っているので存在を認識されないのか、それとも、すっかり忘れ去られてしまったのか……、そんな事を考えていると頭の中にわずかに声が聞こえてくる。


《……名前……、……アーシュ様が……つ、……た、……自分の名を……》


 その途切れ途切れの声は雑音に紛れていたが、内容はきちんと伝わった。そういう事ね、と彼女は理解し、確信が芽生えるのを感じると、途端に胸が熱く高まってゆく。一呼吸の後、彼女は長らく口にしていなかった本来の自分の名前を口にした。


「――アリアベル! 私の名前は、アリアベル!!」


 瞬間、ドンッ!という轟音と共に、膨大なエネルギーが地面と大気を同時に揺らした。その衝撃は彼女の身体のDNAすら書き換えてしまうほど根本から変容を促して、身体を流れる神経回路、細胞組織などが再編成されてゆく。一新された心と体、そしてみなぎる神聖エネルギー。まさに、これが大聖女アリアベルが力を取り戻した瞬間だった。

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