若い主人と護衛騎士 3
「見過ごせないから何だというの? お前が何者であろうと今更手遅れ……。どう足掻いても無駄なのよ。全ては私の思うがまま……」
「いいえ、無駄では、ありません。あなたの思うようには、なりません」
「……はあ?」
「それで……、これを覆す……には、あなたが罪を白状して、そして……、その姿を、みんなに見せれば良いと思いました」
「……ッ、何を馬鹿な――」
王后が反論しかけた所でアリアベルが術を施す。急に動きを止めた王后……、自由に口を開けなくなった体は小刻みに震えながら、今度はアリアベルが思い浮かべた言葉を強制的に口にする……。
「――わ、わたくし……、王后は、自分がしてきた全ての罪を認め、謝罪します。……罪を、償います。……この、真実の姿も、みんなに見てもらいます……」
「はい。ぜひ、そうして下さい」
そうアリアベルが会話を締めくくると、幻影は再び蝶になり、術者の元へと帰っていった。シンとした静けさがそこに戻り、アリアベルは再び騎士の方を見る。
彼は何が起こっているのか未だ理解できないようで、呆然となっては立ち尽くしていた。アリアベルが恐る恐る「あの」と声をかけたところ、夢から覚めたかのようにビクッとし、ようやく口を動かしはじめる。
「……あ、あなた様は一体……! 今、これは何が起こって……、……ああ、もしや、本当に天の遣いの方なのでしょうか……」
一歩、また一歩と後退り、騎士は敬意を表すように膝をついた。まさかそんな態度を取られるとは思っていなかったアリアベルは驚いたが、その言葉には首を振って否定する。
「……い、いいえ……、私は、ただの通りすがりで……、ただの聖女で……」
「……聖女様、でございますか?」
「……は、はい。……それで、ええと……、ルイスさんが、心配なのですけど……」
すると騎士は我に返り、慌てて主人のもとへと駆け寄った。声をかけ、無事であるか、その容体を確かめている。
幸い、アリアベルがシールドを施したおかげでルイスの命に別状はなかった。衰弱はしているものの、それよりもここで何が起きているのかと、その事に意識が向けられており、騎士にその詳細を尋ねている。そこでソロリソロリと近付いたアリアベルが、横からそっと声をかけた。
「……は、はじめまして、こんにちは。ルイスさん……で、よろしいでしょうか」
「……! 其方は……」
「……私は、聖女を、やらせて頂いています。今日は偶然、ここが気になって……、こっそり、入って来てしまいました」
「……はあ」
「……あの、それで……、もし良かったらなのですけど……、そのお怪我、私が治しても、よろしいでしょうか」
様子を見守っていたフェンは、別に断りを入れずとも勝手に治せば良いのにと思ったが、やはりアリアベルは慎重で、勝手に治療して怒られたり騎士に斬られたりしないだろうかと心配だったのだ。だが、そんな憂いは無用だったようで、ルイスは逆に申し訳なさそうな顔をする。
「……そんな、勿体無い……、貴重な神聖力を私などに使うなど……。……それに、治療費だって払えない……」
「……だ、大丈夫です。私が、治したい、だけですから……」
騎士を見ると少し期待を寄せるような顔をしていた。それを了承と受け取ったアリアベルはさっそく治療に取りかかる……。
治療といってもアリアベルが行ったのはサッと一瞬手をかざす、それだけだった。それなのに、身体中に滲んでいた血や膿が引き、そこに皮膚が再生し、まるで時間が逆流したかのように健康的な肌へと状態が戻っている。通常、聖女であってもこれだけの火傷を治療するには何日も要することだろうし、まして火傷の痕までを治すなんて不可能だ。それなのにそれを一瞬のうちにやってのけた事がとても信じられない事だった。驚愕する騎士……。だが、これだけでは終わらない。
次にアリアベルはルイスの顔に手をかざし、記憶サーチで見た過去の映像を思い浮かべた。かつて彼が宿していた色に意識を合わせると、手の平から温かな光の粒子が放たれる……。ほんの数秒、やはりただそうしているだけで良かった。すると、空洞だったそこには美しいエメラルドグリーンの瞳が再生し、輝きを帯びた二つの瞳が再び世界を映し始める……。
「――――ッ!」
その瞬間、ルイスは飛び起き、驚きのあまり息をするのも忘れてしまった。再生されたばかりの瞳は大きく見開かれ、顔は硬直しているにもかかわらず、手の動きは活発で、自身の顔や身体に触れるなどして忙しない。更に混乱を深めているのは、そこにいるアリアベルの神々しい姿が目に飛び込んできたからでもあった。口をパクパクとさせ、何か言葉を発しようとしているものの上手くいかず、代わりに動転した騎士の方が声にならない声を上げる。
「……んひぃッ、あッ、はああッ……!?」
これには思わずアリアベルはビクッとし、やはり斬られるのだろうかと身を縮めた。しかし、やはり何もしてこないので安心し、ささっとルイスのアキレス腱も再生する。治療を終えた所で、フェンがそろそろだと知らせてくれたため、アリアベルは改めて二人に向き合った。
「……ええと、あの……、ルイスさんの、目も元通りになりましたので……、お二人には、ぜひ見てもらいたいと思いまして……」
そう言ってアリアベルが何もない空間をひとなですると、そこにスクリーンのようなものが出現した。それはすでに何かの映像を映し出していて、見覚えのある建物や人物に二人の視線が自然と留まる……。
実はアリアベルは先ほどの黒蝶に【視覚共有】の神術をかけていた。理不尽な裁きや待遇を受けた彼らが真に報われるよう、まずは因果応報の展開を視覚的に示す事で、救われて欲しいと思ったのだ。
ちょうど王宮で茶会を楽しんでいた王后は、黒蝶の大群が戻ってきた事に驚いては狼狽えた。すでにアリアベルによってその効力を書き換えられた蝶は、もう主の命令には従わず、標的である王后の周りを旋回しながらその力を発動する……。
その強力な神術により、偽りの術は完全に解かれ、突如として皆の前にツノを生やした化け物が姿を現した。人々は腰を抜かし、恐怖に怯え、騒ぎを聞きつけた者たちが次々に現場に集まってくる。群衆を前に王后は、もう隠し事が一切できない状態となり、強制的にこれまで犯してきた罪の数々を白状しては誰もが衝撃を受けている。スクリーンには、土下座し、謝罪する王后が騎士らに捕えられるまでの様子がつぶさに映し出され、それを見届けた所で画面はスッと消えてゆく……。
「……と、いう訳で……、あの王后さんは捕まりました……ので、もう大丈夫かと思われます。……ルイスさんが、無実なのも、分かってもらえると思います」
そこまで言ってアリアベルは戸惑った。それは二人が驚きの表情を固めたまま動かず、何も言葉を発しないでいるからだ。
「……ええと、その……、あの……」
一体この沈黙は何なのか、どうしたら良いのかと落ち着かないアリアベルは、とりあえずルイスの包帯が解けて素肌が露出している事から、創造の力で毛布を出してはそれをかぶせ、お土産だと言っては、さっき作ったポーションを供物のように並べたて……、そうしているうちにやっと正気に戻ったのか、二人がそれぞれ口を開いた。
「……あ、あなた様は一体何者なのですかっ……! 信じられないっ……何がこの身に起こっているのかっ……!」
「……ああああっ……これは夢なのでしょうか! ……いや、どうやら夢ではないようだ……、まさかこのような奇跡が起こるだなんてっ! ……ああ、やはりあなた様は天の遣いの方だったのですねっ!」
「……え!? い、いいえ、私はただの聖女で……」
「そんなご謙遜を!」
「ただの聖女にこれほどの事が出来るはずがありません!」
「……あ、えっと、それは……、私がかなり古い時代の聖女でして、女神様から術を教えてもらったりして……、だから、いろいろ出来てしまうのかと……」
「やはり! あなたは神に近いお方だったのですね!」
「……そんな方が主人を救いに来て下さっただなんて……、なんという幸運でしょう!」
「……え、ええっと……」
どうにも収集がつかなくなり、アリアベルは助けを求めるようにフェンを見る。自分だけ隠密を使っているフェンは、実際、二人の言っている事に間違いはないので、ここは素直に受け入れるよう助言する。そうした上で、何か情のようなものが湧いたのか、伝言を自分の言葉として伝えるよう言ってきた。
「……あ、ええと、それで……ですね。これはアドバイス? なのですけれど……」
「はい!」
「何でございましょう!」
「……あの、蝶の前に、刺客が来たと思うのですが、あれは別の人……、第一王子の仕業のようで……。罪状が取り消されたとしても、城へ戻るのは、敵も多いので……」
「…………」
「……そうですか」
「ですので、できれば公爵として……、王室に対して影響力を持つ立場にいる方が、良いのではないかと……。冤罪の件もありますので、王室側はルイスさんに、何も言えなくなるでしょうし……」
「……なるほど、公爵ですか……」
「……確かに、それならば王室に睨みを利かせられる……」
「えっと、それでも、邪魔に思う人もいるでしょうから……、これを……」
そう言ってアリアベルが差し出したのは仄かに光るオレンジ色の羽だった。これはさっきアリアベルがフェンを強く握りしめたが為に抜けた羽である。
「……これは?」
「……加護、です。これを身につけておけば、毒も無毒化しますし、危険も察知できます。聖なる炎が、ルイスさんを護ります」
「……! こんな貴重なものを私に!?」
「……あああ、なんと素晴らしい……!」
アリアベルはそれをネックレスに加工して手渡した。二人の顔には感動が溢れ、興奮の波が高まっているようだ。
これでようやく全てをやり終え、安心感と達成感に包まれたアリアベルは、最後に、二人にこんな質問を投げかけた。
「……あの、お二人は……、とっても思い合っているといいますか……、信頼、しあっているのですね……?」
「……あ、はい! ビンセントは私の唯一の味方で、頼りにしています!」
「私にとってもルイス様は唯一無二の存在です!」
「……そう、ですか……」
それを聞き、頷いたアリアベルは、「では」と微笑み翻す。直後に響いた、二人からのありったけの感謝の言葉を背中に受けながら、その場所から立ち去った。




