若い主人と護衛騎士 2
「……これは……」
一匹を【聖気監獄】にて閉じ込め、鑑定してみたところ、それは魔術によって故意に作り出されたものだと分かった。瘴気と呪いと殺気をぐちゃぐちゃに混ぜて固めたようなもので、騎士がそれに触れても何も起きないが、少年に触れた時だけ爆発するという特徴を持っている。
更にそこに記憶サーチを重ねてみると、これを作り出した犯人の顔がそこに浮かんだ。そこから更に深く辿り、情報を読み取ったアリアベルは「そういうことね」と、呟いては落ち込んだ様子を見せている。
塔に入る前から気の毒に思えていたが、これを知ってからは更に少年に対し同情する気持ちが強くなり、自分の事のようにショックを受けてしまっている。
盲目の少年は、元はこの国の第四王子だった。母親である王妃が王后を殺そうとしたとして斬首刑となり、少年もまた共謀したと疑いをかけられ処罰を受けていた。その刑罰によって少年は目を抉られており、両足の腱を切られたのもその為だった。しかし、その全ては一人の悪意から生じたものであり、そもそもが冤罪で、仕組まれた罠だったのだ。そしてそれを仕組んだ人物こそ、黒蝶を飛ばしていた者と同一だった。
「……ひどいわ。……でも、どうしたらいいのかしら……」
少年を救いたいという気持ちが強く湧き上がっているが、何をどうしたら良いか動き方が分からない。そこでフェンが「そうだな、まずは……」と提案してくれたので、アリアベルはそれに従う事にした。
「――作用停止。術者よ、姿を現せ」
アリアベルが行ったのは一時的に蝶の力を無力化し、術者の姿をそこに出現させる事だった。これは二人にその存在を見せる事で誰が黒幕かを知ってもらい、それにより自分たちの置かれた状況に疑いを抱かせるのが目的だ。
黒蝶は一ヶ所に集まり旋回し、そのままシュルシュルと形を解けさせては人間の姿を現した。その光景を見た騎士は緊張感を伴った驚愕の声を響かせる。
「――王后!? 何故あなた様が……!」
王后という、畏れ多い存在から騎士は一瞬たじろいだが、すぐに険しい顔をした。その姿がゆらゆらと揺らめいている事から、それが実体ではなく幻影である事に気づいたようで、状況からこの王后が主人に危害を加えていたとすぐに理解したようだ。
「この黒蝶はあなたの仕業だったのですか!」
問いかけに王后は何も答えない。記憶から映し出した幻影なのだから受け答えしないのは当然で、たとえ優れた魔術師であってもそれを実現するのは不可能だ。だが、アリアベルは更に力を駆使する事で、幻影であっても受け答えできるように調整する。質問から少し遅れて、それは言葉を語りだした。
「――そうよ。私からの、それはささやかな贈り物……。気に入らない者を攻撃して何が悪い」
「……! もう裁きは済んだでしょう! これ以上、ルイス様を傷つけるのはおやめ下さい!」
「いいえ。まだ私は許さないわ。サーラ妃と同様、ルイスには死んでもらわないと」
「……何故そこまで……!」
「……ふふっ。それはねぇ、ルイスがサーラ妃と同じ瞳の色をしていたからよ。私はそれが気に食わないし、だからその目を潰してもらったの。……でもねぇ、ルイスが生きている限り私の気分は晴れないまま……。思い出すのよ、あの日、私を見たサーラ妃のあの瞳を……」
すると、突然王后の姿が変わり始めた。みるみるそれはツノを生やした、もはや人間ではない、魔性の姿へと変貌を遂げる……。
【魔瘴人】と呼ばれる、それは極めて特異な存在だった。悪意や嫉みといった負の感情を持つ人間が、強い瘴気に侵される事によってその姿を変えた者である。しかもこの王后は更にその状態が悪化しており、もはや魔族の手下である魔人に近い印象を受けるほどだ。
目を見開いては絶句する騎士……、また、只事ではない雰囲気を感じ取った少年も緊張したように息を呑みこむ。
「……迂闊だったわ、まさかサーラ妃にこの姿を見られるなんて。あの目は恐怖に満ちていたけれど……、とても不潔で汚いものでも見るような、そんな嫌悪感もあったわ。失礼ね、私にそんな目を向けるなんて……」
「……貴様、何者だッ! サーラ妃に何をしたッ! ……まさかッ……」
「私は私よ。ただ、この姿を見られたからには当然サーラ妃を生かしておく訳にはいかなかった。だから罪を着せて処刑した、それだけの事よ」
「……何という……、何という事をッ……!」
真相を知った騎士は怒りでぶるぶる震えている。当然、これを聞いた少年もショックで身を固めている。嘲笑うように、王后は尚も声を響かせた。
「まったく、ルイスも一緒に死んでくれれば良かったのに……、王が温情をかけるものだから……。でも、これも悪くないわね。ジワジワと苦しめ続ける事ができるのだから」
「……許さない、そんな事ッ……、私は直ちにこの事実を訴えるッ!」
「誰が罪人どもの主張を聞くというの。ただの戯言だと思うわね、残念。……ふふ、アハハハハ!」
悔しさで顔を歪める騎士。王后の言うことはもっともで、今の自分たちの立場や状況ではどうすることも出来ないだろう。真実を知りながら誰にも訴えを聞いてもらえず理不尽に耐え続ける……。特に冤罪であったのに酷い状況に追い込まれた主人の事を思うと、騎士は不憫で不憫でたまらなく胸が痛くなる。あまりの腹立たしさに頭がおかしくなりそうだ……。
そんな状況の中、けして騎士には見えていなかったが、アリアベルとフェンは密かに押し問答を続けていた。それは、次にフェンが提案した事に対してアリアベルが抵抗感を示したからで、「大丈夫だ」というフェンに「でも」「だって」と、アリアベルがそんな反論を繰り返していたのだ。ところが、とうとう痺れを切らしたフェンによって強引に隠密の解除が行われる……。
「このままでは埒が明かぬ! 解除!」
「――あっ、待って……」
最後までアリアベルの抵抗が残った為に、そこには半身半霊という、半分だけ体が透き通った姿が露わになった。さらに不安からフェンを握りしめていた為、その透き通った外側の部分にはオレンジ色の光が転写され、なんとも神々しい姿となっている……。
騎士は我を忘れ、幻影に向かって剣を振るっていたのだが、突如異変を感じて振り返った。そこには幻影とは明らかに違う光り輝く存在がいて、陽の光を纏ったその姿は、まさに天から遣わされた使者のようで、思わず言葉を失ってしまう。
沈黙の中、こうなったらと、ようやく覚悟を決めたアリアベルは、ゆっくり前に進み出た。チラと騎士に視線を向け、それから幻影に向かって話し始める。
「……ええと、王后、さん。……あなたはここにいる、ええと……ルイスさん? ……に、とても酷い事をしました……ので、私はとても、見過ごせないと、思いました」
その口調はとても辿々しかった。まず、長年の下っ端生活による影響で自然に敬語が出てしまうのと、人に意見を言うというのが慣れていない。緊張のあまり手に力が入り、フェンが「グェッ!」と声を上げた。
そんなアリアベルを王后は訝しそうに見ていたが、やはりその言葉には嘲笑を浮かべる。




