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若い主人と護衛騎士 1

「……あ、騎士だわ! やっぱり騎士がいたのだわ……」


 そこへ着くと、ちょうど塔の中から一人の騎士が出てきたので、アリアベルは思わず隠れる仕草をしてしまった。隠密の神術を使っているので相手に自分の姿は見えないはずだが、騎士に対する嫌悪感から体が勝手に反応する。躊躇していたのも騎士の存在を感じ取っていたからで、すぐにここへ来た事を後悔したが、直後響いた金属音に、何事かと視線を留めて確認する……。

 その騎士は誰かと戦闘を始めていた。相手はどうやら刺客のようで、黒いフードからは冷徹な目が覗き、手には短剣が握られている。

 剣戟は続き、幾度も金属音が鳴り響いた。そのうち二人の距離が離れ、静寂の後、再び剣を交えるが、それから間もなく勝敗がつく。騎士の巧みな一撃により、刺客は地面に崩れ落ちた。

 息を整え、騎士は他に敵はいないかと周囲を見回している。確認を終えると、また塔の中へと戻って行った。

 

「……アリアベル?」


 フェンは、未だ現場を注視したままのアリアベルに声をかけた。警戒を緩めないその顔には只ならぬ緊張感が漂っていて、その様子を見たフェンは「やはり引き返そうか」と背を向ける。ところが、アリアベルは小さく首を横に振ると、改めて塔の上部をじっと見つめた。葛藤する様子を見せながらも、ぐっと堪えて声に出す。


「……行くわ。中にいる人が気の毒だもの」


 そう言うと、意を決したように、アリアベルは塔の中へと入って行った。


 塔の内部は昼間であっても薄暗い空間が広がっていた。湿気を含んだ冷たい空気……、壁や床には点々と苔が生えていて、微かなカビの臭いが漂ってくる。

 アリアベルは慎重に古い螺旋階段を上り続け、やがてある部屋へとたどり着いた。息を潜め、中の様子を探ってみると、そこにはまだ若い少年らしき人物がベッドに横になっている。その姿は非常に惨たらしいものだった。盲目の少年の顔には眼球自体がそこになく、足首には腱を切られた痕がある。体の大部分が包帯で覆われており、そこから滲み出した血や膿が包帯の色を汚していた。動く事もままならない少年の顔は青白く、痛みとの戦いに疲れた様子が伺える。口元は微かに震え、無意識のうちに助けを求めるような音を漏らしていた。


「……ひどい。さっきの騎士にやられたのかしら……」


 思わずそう呟くアリアベル。しかし、実際はそうではない事に徐々に気付く事になる。

 少年が「ケホッ」と咳き込んだ時、先ほどの騎士が水の入った桶を持って現れた。騎士は布を絞り、少年の額に浮かんだ汗を丁寧に拭い取ると、今度は包帯を外し、軟膏を塗るなど、甲斐甲斐しく世話をしはじめる。

 アリアベルは最初、騎士の取る全ての行動を疑って見ていた。桶に入っているものが毒水ではないか、軟膏が肌を傷つけ悪化させるものではないか……、そう思い、それらの成分を鑑定してみたのだが、結果はただの水と薬でしかなく、アリアベルは戸惑いを隠せない。そうした中、騎士は心配そうに少年に言葉をかけていて、それに気付いた少年もまた騎士に応えていた。


「ルイス様、お身体の具合はいかがでしょうか。必ずや良くなりますので、どうか無理をなさらず、今はゆっくりお休み下さい」

「……ハァ、……ビンセント……、お前こそ、無理をするな……。また、刺客が来たのだろう……?」

「私は何ともありません」

「……すまない。僕についてきたばかりに……お前にまで、苦労をかける……」

「何を仰っているのです! 私の主人はあなただけです! 何があっても共におります!」


 そこには固い絆で結ばれた信頼関係があった。それを目の前で見せられたアリアベルはただただ驚き混乱する。


「……どうなっているの……。騎士は、傷つける人で……、こんな幽閉された状態であれば尚更……、護衛騎士なら特に……」


 それはアリアベルのほとんどの過去世が騎士によって命を絶たれた、もしくは傷つけられた経験からきていた。過去世で出会った騎士は皆、アリアベルにとって非情で残酷な存在でしかなかったのだ。捕らえられ、すぐに処刑されるならまだいい。だが多くは檻に入れられる拘束期間があり、罪人の為、何をしても良いと考える騎士たちによって、アリアベルは酷い仕打ちを受けてきた。暴力は言うまでもなく、さまざまな拷問や剣の試し斬りの対象となり、何度肌を切り刻まれ、手足を切断されたか分からない。

 

「あれが本来あるべき姿なのだ。普通の騎士は、むやみに人を傷つけるような事はしない。主従関係なら特にな」


 アリアベルの表情に注意を払いながらフェンが答える。ポータルが開かれるたびに外へと飛び出し、アリアベルの魂跡を追い続けてきたフェンは、その残された記憶を読み取る事でアリアベルの身に何が起こったのか、ある程度の把握が出来ていた。その上で、無理に苦手意識をなくそうとは思わないが、本来の騎士のあるべき姿を見てもらいたいと考えたのだ。


「……え? ……あ、れ? そう、だったかしら……。そんな……、じゃあ、私は……」


 混乱したまま、何か思いを巡らせるアリアベル。視線をゆらりと彷徨わせ、しばらく呆然としていたが、しかし、やはり疑問が湧いたのか、迷いながら口を開く。


「……でも、だったらどうして? あの少年……、あの包帯は、火傷よね? 古いものと、まだ新しいのもあるし……、しかも、何故こんなに衰弱しているの……?」

「うむ」

「刺客が火を放った……にしては、他に何も燃えた跡はないし……」

「直接聞いてみたらどうだ?」

「……え? ……そ、れは……」

「ああ、人が苦手だと言っていたな。しかし、あれはまだチビっこいぞ? それでもだめか?」

「……そういう問題じゃ……」

「ふむ。ではそばに行って【記憶サーチ】してみるか?」


 記憶サーチとは、物や人物に触れる事で過去に何があったか、その詳細を読み解く事ができる神術だ。

 それならと、アリアベルは頷いた。さっそく二人に近付こうとしたのだが、しかしその瞬間、何か異変を感じ取り、サッと周囲に視線を這わせる。すると間もなく、どこから入り込んだのか、黒い蝶の大群がそこになだれ込んできた。


「……! またか! 黒蝶めッ……ルイス様に触れるなッ!」


 血相を変え、騎士は素早く剣を構える。すぐに蝶を相手に剣を振るが、蝶はヒラヒラと翻弄するように攻撃をかわし、少年の元へと飛んでゆく。蝶がその体に触れた瞬間、ボンという音と共に爆発し、そこに炎が立ち上った。


「……あ゛ぁぁッ……!」

「ルイス様ッ! やめろやめろッ! やめてくれええッ……!」


 必死の叫び。騎士は火を消し、また剣を振るうも追いつかず、またボンと蝶が爆発する……。

 そこで、とても見ていられなくなったアリアベルがついにそこから飛び出した。まずはその身を守る為に少年の体をシールドで覆い、安全を確保した後、この黒蝶は何なのかと、正体を素早く探ってみる……。


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