楽園の崩壊と輪廻転生
美しい楽園、テルアの地はいつも光り輝いていた。その中心には創世の女神レリアーシュがいて、彼女の愛と調和によって、全ての生命に幸福がもたらされている。女神の微笑みは皆に希望と安らぎを与え、楽園は常に平和に満ちていた。
ところがある日、輝きは一瞬にして壊された。魔界神ザギヘルがこの楽園を奪い取る為に襲来し、突如として天魔大戦が始まったのだ。まさに光と闇、二人の神によるその戦いは壮絶さを極め、せめぎ合う力はやがて両方の命を奪い合う形で終焉を迎える事となる……。
「――レリアーシュ様ぁぁぁッ……!!」
打ち合う最後の一撃によりその瞬間は訪れた。衝撃波により魔界神の体は崩れ去り、女神もまた魂がバラバラに砕け散ったのだ。
天地が引き裂かれる程の壊滅的状況の中、悲しみの声を上げるのは大聖女だった。彼女は女神が唯一、後継者として育てていた者で、この戦いにおいては戦況を変える重要な役割を果たしていた。絶望の光景を目にしながら、彼女は瞬いては消える光の粒子に手を伸ばした。だが、その声はもう届くことはなく、自身もまた一瞬の閃光と共に儚く命を失った。
戦いの終結――。その後、訪れたのは全てが呑み込まれたような静寂だった。世界の消滅は免れたものの、目の前に広がる景色はすっかり変わってしまっている。そのあまりにも大きな代償に世界はしばし沈黙したが、そこへ更なる出来事が追い打ちをかける事となる……。
それは誰も予想だにしないものだった。ボロボロに崩れ、細かな塵となって漂っていた魔界神の肉体が、まるで自らの意思を持つかのように無限に分裂し始めたのだ。小さく小さく、猛毒の粒子となったそれは世界中に飛散して、これにより、あらゆる動植物たちの生命が脅かされ、世界の質が変わってゆく――。
光輝く黄金の樹木や草花が育たなくなったその世界……。神聖な気質が失われた事で妖精や神獣が姿を消したその世界……。
かつての黄金の楽園は見る影もなく、波動は著しく低下した。急激な変化は多くの種の絶滅をもたらしたが、ただ一つ、予想外だったのは、人間が想像以上に逞しかった事である。人々は知恵を出し合いながら何とか命を繋ぎ止め、いつしかその過酷な環境に適応し、生き抜く力を身につけたのだ。
そうしてやがて毒素は薄まり”魔素”となった。そしてそれはあたり前にあるものとして人々の中に定着した。
◻︎◻︎◻︎
時は経ち、ある深夜の出来事。
不気味な森の入り口では異様な雰囲気が漂っている。只ならぬ物騒な音が暗闇の中に響いていた。
「――あ゛ッ! ……うぅッ……!」
剣によって切り裂かれ、無惨にも人が地面に崩れ落ちる……。またこの場所で秘密裏に刑が執行されていた。
――マノワ。通称、“冥府の森”と呼ばれるそこは、世界で最も恐ろしい場所として代々語り継がれてきた。広大な面積を有するにも関わらず、いかなる国家の主権下にも置かれておらず、どの国も領有を望まない、けして管理もしたがらない、極めて稀有な場所である。
その要因としてあげられるのは、ここが凶悪な魔獣の巣窟となっている事はもちろん、立ち入った者がその場の空気を吸っただけで病気を患う、瘴気が体を腐らせる、強烈な磁場により精神が崩壊してしまう、そんな噂が絶たず囁かれていたからだ。それを裏付けるように、これまで幾人もの凄腕の剣士や魔術師などが度胸試しや腕試し、調査の為に森に足を踏み入れたが、一人として生還した者がいなかったという厳然たる事実がある。
故に処刑場としてここは非常に適した場所であった。特にマノワと隣接する国々にとって、森の入り口付近は大変便利で、不都合な人物を密かに排除したい場合、遺体は森の魔獣により処理されるので証拠も残らず都合がいい。こうした事から裏の処刑場として頻繁に利用され続けてきたのである。
そうして類も違わず今宵も一人、厄介払いの為に刑が執行されたのだ。
「よし、早く行こうぜ! 気味がわりい!」
「じゃあな、お馬鹿な能無し聖女さん! とっとと魔物に喰われちまえ!」
バタバタと足音が遠退いて、少女は暗い静寂の中に捨て置かれる。処刑された事実は悲しいが、同時に仕方ないと内心では諦めている。そして迫りくる死の影に対し、彼女は安堵の表情を浮かべるのだった。
あの日、女神と共に命を散らした大聖女は、生まれ変わっては死に、また生まれ変わるという輪廻転生を繰り返していた。それがたった今、刑に処された者であり、かつて大聖女だった少女である。
彼女はおよそ100年ごとに地上のどこかに生まれ落ち、若くしてその命を終えるという人生をすでに260回ほど繰り返している。
人間は誰しも輪廻転生を繰り返すと言われているが、彼女が特殊なのは、前世の記憶を保持したまま生まれてくる事と、その全ての人生が必ず悲惨な末路を辿っているという事だ。これはけして偶然などではなく、彼女が強力な呪いを受けてしまったが為のものだった。
あの天魔大戦で、魔界神ザギヘルは極めて強力な呪術を、その命が尽きる直前に発動していた。これは例え女神レリアーシュであっても容易に解く事が出来ないほどのものである。だからこそ、彼女の人生は非常に不遇なものであった。
名ばかりの聖女、能無し聖女、役立たず――。いつの時代もそう揶揄されるのは、神聖力が内在するにも関わらず、ほとんどその能力が発揮出来ないからだった。神聖力を持つ者は貴重である為、一応は国や神殿などに保護されるが、その力は他の聖女と比べると足元にも及ばず、だいぶ落ちこぼれのレベルである。
通常なら尊ばれるはずの聖女の立場にありながら、彼女に限っては例外で、軽んじられては蔑まされる。今回のように見限られ、最終的にはあらぬ疑いで処刑される、そんな結末も今世に限らず、ほとんどの人生がそうだった。




