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短編小説

婚約者の前で名乗りすぎた魔法少女の末路

作者: 久遠琥珀

 世界の平和を守るのは、美しき魔法少女たちの使命である。


「はぁっ!」


 セレスティア・プリンセスヘイヴンは、氷の矢を魔獣に向けて放った。青白い光の軌跡が空気を切り裂き、見事に魔獣の胸を貫く。魔獣は断末魔の叫びを上げて光の粒子となって消えた。


「ふん。雑魚魔獣が」


 セレスティアは優雅に銀色の髪をかき上げた。スターフェリア王国第七王女である彼女は、魔法少女の中でも特別な存在――『魔法姫(マジカルプリンセス)』と呼ばれる高位の戦士だった。王族の血を引く者だけが名乗ることを許される称号であり、この世界の平和と秩序を守る最前線に立つ誇り高き存在。高貴な血筋、完璧な魔力制御、そして何より無駄のない戦闘スタイル。変身も一瞬、魔法の発動も即座。効率こそが魔法姫の真髄だと彼女は信じていた。


「セレスティア様!」


 森の向こうから、三人の魔法少女が駆けてきた。彼女の部下たち――いや、正確には「格下の仲間たち」である。


「遅いじゃない。もう終わったわよ」


「すみません!」一番前を走ってきたルナ・シルバームーンという少女が謝った。「でも、セレスティア様、見てください! 私たち、新しい技を覚えたんです!」


「新しい技?」セレスティアは眉をひそめた。「魔力制御の基礎もできていないくせに?」


「違います! 変身の時の名乗りとポーズです!」隣にいたソーラ・ゴールデンサンが興奋気味に言った。


「それと技の名前を叫ぶことです!」三人目のウィンディ・エアリアルフォースが付け加えた。


 セレスティアは呆れた表情を浮かべた。最近、王都の若い魔法少女たちの間で妙な流行が始まっていた。変身時に決めポーズを取り、長々と名乗りを上げるという、馬鹿げた風潮である。


「またその下らない真似事を......」


「下らなくないです!」ルナが反論した。「それに、アルフレッド様も言ってました。『最近の魔法少女は名乗りが美しくて素晴らしい』って!」


 セレスティアの心臓が跳ね上がった。アルフレッド・ナイトブレイド――彼女の婚約者である。幼い頃から決まっていた政略結婚だったが、整った容貌、高い戦闘能力、そして何より優雅な立ち振る舞いを持つ彼に、いつしか本当に恋をしていた。彼の前では毎回胸がドキドキして、まともに話すこともできない。夜な夜な彼のことを想って眠れない日々が続いていた。


「ア、アルフレッド様が......?」声が上ずってしまう。


「はい! 『名乗りとポーズは魔法少女の美しさを際立たせる素晴らしい文化だ』って! 特に最近は、エリシア様の名乗りがお気に入りだとか......」


 セレスティアの表情が凍りついた。エリシア・ローズガーデン――平民出身でありながら、その美しい名乗りとポーズで王都の注目を集めている新進気鋭の魔法少女だった。そして何より、最近アルフレッド様と親しげに話しているのを何度も目撃していた憎き恋敵だった。政略結婚とはいえ、彼の心がほかの女性に向いているなんて......。


「私、やってみせます!」


 ルナは魔法少女の姿に変身すると、両手を胸の前で組み、くるりと一回転した。


「月光に導かれし夜の守護者! 純潔なる乙女の心に宿りし銀の光! 悪しき闇を払い給え! 愛と正義の魔法少女、ムーンライト・ルナ・シルバームーン!」


 最後に片手を腰に当て、もう片方の手でVサインを決める。


「きゃー、ルナちゃん可愛い!」


「私もやる、私も!」ソーラが続いた。


「太陽の恵みを受けし光の戦士! 燃え上がる情熱と正義の心! 悪を焼き尽くす聖なる炎! 愛と勇気の魔法少女、サンライト・ソーラ・ゴールデンサン!」


「私も私も!」ウィンディが最後に名乗った。


「風と共に舞い踊る自由な魂! 森羅万象を統べし大気の精霊! 邪悪を吹き飛ばす清らかな風! 愛と希望の魔法少女、ウィンドストーム・ウィンディ・エアリアルフォース!」


 三人それぞれが異なるポーズを決めた。


 セレスティアは頭痛を覚えた。


「いい加減にしなさい! そんな無駄な動作をしている間に魔獣に襲われたらどうするの! だいたい魔獣は野蛮な獣なのよ。人語が理解できない相手に向かって名乗っても仕方ないでしょう! 魔法少女の戦いは効率が命よ!」


「でもセレスティア様」ルナが首を傾げた。「名乗りをするようになってから、魔力が前より強くなった気がするんです」


「名乗りのせいで魔力が? 気のせいよ」セレスティアは一蹴した。「そんな非科学的な......」


「本当です! 昨日なんて、今まで倒せなかった中級魔獣を一撃で倒せました!」


「偶然でしょう」


 だが、内心ではセレスティアも気になっていた。確かに最近、この三人の実力が向上しているのは事実だった。特にルナは、つい一月前まで下級魔獣にも苦戦していたのに、今では中級魔獣と互角に戦えるようになっている。


「あ、魔獣です!」


 突然、森の奥から巨大な魔獣が現れた。狼のような姿をしているが、体長は3メートルを超え、全身から紫色の瘴気を放っている。上級魔獣だった。王都の方へ向かおうとしている。


「みんな、下がって! これは私が――」


 だが、ルナたちは既に前に出ていた。


「みんな、いくよ!」


「うん!」


 三人は同時に名乗りを始めた。


「月光に導かれし夜の守護者! ムーンライト・ルナ・シルバームーン!」


「太陽の恵みを受けし昼の戦士! サンライト・ソーラ・ゴールデンサン!」


「森羅万象を統べし風の使い! ウィンドストーム・ウィンディ・エアリアルフォース!」


 そして三人が手を取り合い、最後のポーズを決めると――


「「「みんなの愛をひとつに! トリプル・ハーモニー・アタック!」」」


 技の名前を叫んだ瞬間、セレスティアは目を見開いた。三人から虹色の光が放たれ、その光は上級魔獣を包み込み、一瞬で浄化してしまった。


「え......」


 セレスティアは絶句した。上級魔獣を、あの三人が、一撃で? 確かに、技名を叫ぶことで魔力が飛躍的に高まったようだ。


「やったー!」


「すごいすごい! 完璧な連携だったね!」


「名乗りとポーズの効果、抜群だったよ!」


 三人は手を取り合って喜んでいる。セレスティアは混乱していた。まさか、あの馬鹿げた名乗りとポーズに、本当に魔力を高める効果があったとは......。


 その夜、セレスティアは自室で古い魔法書を読み漁った。そして、ついに見つけた記述に目を見開いた。


『魔法少女の真髄は、純潔なる心と美しき所作にあり。星の女神への祈りを込めし名乗りと、優雅なる舞いこそが、真の魔力を引き出す鍵なり。そして技の名を高らかに叫ぶことで、魔力は数倍に増幅されるものなり』


「そんな......」


 つまり、名乗りとポーズ、そして技名の叫びは単なる流行ではなく、古来からの正統な魔法技術だったのだ。効率重視で即座に変身して戦っていた自分の方が、実は間違っていたのである。


 そして何より――アルフレッド様が評価しているのだ。私の婚約者が、あの平民娘を褒めているなんて......。婚約者なのに、彼は私を見てくれない。


「ならば......私も名乗りとポーズ、そして技名を叫べば良いのよ。それも、誰よりも豪華で、長く、美しいものを! アルフレッド様の心を奪うような、王女らしい気品に満ちたものを! そうすれば、きっと私だけを見てくれるはず......」


 翌日、セレスティアは早速実践することにした。そして運よく――いや、運命の導きか――アルフレッド・ナイトブレイドが魔獣討伐の視察にやってきたのだ。


「アルフレッド様!」


 セレスティアは胸を躍らせた。彼の前で完璧な名乗りとポーズを披露すれば、きっと私の真の魅力に気づいてくれるはずだ。


「セレスティア姫」アルフレッドは優雅に一礼した。「今日は魔獣討伐、お疲れ様です」


「いえいえ! アルフレッド様こそ、わざわざ視察にお越しいただいて」


 胸の鼓動が止まらない。婚約者とはいえ、こんなに近くで彼と話せるなんて。彼の声を聞いているだけで頬が熱くなる。


 その時、森の奥から中級魔獣が現れた。絶好のチャンスだった。


「アルフレッド様、私の新しい戦法をご覧ください」


 これで完璧な名乗りを披露すれば、きっと彼は私に振り向いてくれる。私の真の美しさと気品に気づいてくれるはず......。


 セレスティアは魔獣の前に立ちはだかると、深呼吸をした。アルフレッド様が見ている。この機会を逃すわけにはいかない。


 そして、これまでの人生で最も優雅な動作で、変身を開始した。


「星輝く夜空に舞い踊る」


 最初の一節と共に、右手をゆっくりと天に向ける。アルフレッド様が見ている。完璧に決めなければ。


「永遠の時を超えて愛される」


 左手を胸に当てて、優雅に一礼。


「気高き血筋を受け継ぎし」


 くるりと一回転。スカートが舞い上がり、美しい軌跡を描く。


「スターフェリア王国第七王女の名において」


 両手を広げて、まるでバレリーナのような優美なポーズ。


「純潔なる乙女の魂に宿りし」


 指先から氷の結晶をキラキラと舞わせる特殊演出。


「氷雪と霜露と美貌の加護を受け」


 今度は後ろ向きになって、髪をかき上げるポーズ。


「悪しき闇を凍てつく光で」


 再び前を向き、片足立ちでバランスポーズ。


「永遠の彼方へと葬り去らん」


 ここで三歩下がって、回れ右。


「天に輝く北極星に誓いて」


 右手を高々と掲げて、まるで剣を持つ騎士のように。


「愛する人の心を射止めん」


 思わず本音が! でも止まらない。


「スターフェリア建国三千年の歴史において」


 歴史まで語り始めた。


「最も美しく、最も高貴で」


 さらに続く。


「最も愛らしく、最も気品溢れる」


 まだまだ続く。


「アルフレッド様にふさわしき花嫁」


 もはや名乗りを通り越している。


「氷と雪と美と愛の化身」


 特殊演出で氷の花びらを降らせる。


「永遠に変わらぬ純愛を胸に」


 胸に手を当てて、うっとりとした表情。


「天使も嫉妬する美貌を持ちて」


 自画自賛が止まらない。


「女神も認める優雅さを備え」


 さらに自画自賛。


「世界で一番アルフレッド様を愛する」


 もう完全に告白になっている。


「魔法姫にして永遠の恋人」


 片膝をついて、プロポーズの姿勢。


「我が名は誇り高きスターフェリア王国第七王女」


 やっと正式な名乗りに。


「セレスティア・プリンセスヘイヴン・オブ・アイスクリスタル・アンド・フロストビューティー・アンド・エターナルエレガンス・アンド・ディバインラブ・アンド・パーフェクトブライド・ザ・セブンス!」


 正式名称をさらに長くした。


「氷と雪と美と愛の女神に愛されし」


 まだ続く。


「永遠に美しき麗しの魔法姫(マジカルプリンセス)


 さらに続く。


「アルフレッド様への想いを込めて」


 告白も込めて。


「婚約者としての愛を誓って」


 婚約の事実まで宣言。


「フローズン・プリンセス・セレスティア・オブ・エターナルラブ!」


 名乗りがようやく終わった! 今度こそポーズの時間――


「グルルルル......」


「ちょっと待ちなさい。まだポーズが残ってるの」


 セレスティアは魔獣に向かって手を上げた。


 両手を腰に当てて、右足を一歩前に出し、頭を誇らしげに上げる『王女様ポーズ』。


「高貴なる血筋に恥じぬよう」


 さらに左手でスカートの裾を軽くつまみ上げる『貴婦人の挨拶ポーズ』。


「美しく、気品溢れる戦いを」


 今度は魔法の杖を天に向けて掲げる『必殺技発動ポーズ』。


「ここにお見せいたしましょう」


 さらに片膝をついて騎士への敬意を表す『レディナイトポーズ』。


「アルフレッド様のために」


 右手を胸に当てて『乙女の誓いポーズ』。


「永遠の愛を込めて」


 両手を合わせて『祈りのポーズ』。


「女神様、どうか私の想いを」


 片手を額に当てて『遠くを見つめるポーズ』。


「彼に届けてください」


 今度は回転しながら『舞踏会のワルツポーズ』。


「一、二、三、一、二、三」


 三回転して『バレリーナの決めポーズ』。


「美しく、優雅に」


 さらに空中に向かって投げキッスを三回。


「アルフレッド様へ、愛を込めて」


 最後に決めポーズ! 右膝を軽く曲げ、左手を腰に当て、右手の人差し指を空に向けて突き出し、ウィンクまで加える完璧な『愛の女神ポーズ』!


「愛と美と永遠の絆の名において!」


 決まった!


「アルフレッド様、いかがでしょうか?」


 セレスティアは振り返って微笑んだ。三分以上かかった完璧な名乗りとポーズ。彼はきっと感動に打ち震えているはずだ。


 しかし、アルフレッドの表情は困惑に満ちていた。


「セレスティア姫......後ろを......」


「え?」


 セレスティアは振り返った。魔獣が、すぐ目の前にいた。


「グルルルル......」


 魔獣は呆れたような表情でセレスティアを見つめていた。まるで「やっと終わったのか」と言わんばかりに……。


「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 魔獣は巨大な爪をセレスティアに向けて振り下ろしてきた。


「きゃああああ!」


 セレスティアは逃げようとしたが、長時間のポーズで足がしびれていた。バランスを崩し、見事に転倒。


「セレスティア姫!」


 アルフレッドが駆け寄ろうとしたが、すでに遅かった。


 視界は暗転した。


 翌日、アルフレッドはエリシア・ローズガーデンに正式に結婚を申し込んだという。

お読みいただき、ありがとうございます!

本作に登場するスターフェリアを舞台にした作品『特撮ヒーローの中の人、魔法少女の師匠になる』を連載中です。変身時の「名乗り」と「ポーズ」を知らない魔法少女たちの異世界へ、現実世界の特撮ヒーローのスーツアクターが転移。魔法少女たちを育成していく物語です。

宜しければぜひ読んでみてください!

また、面白いと思った方は、ブックマークや★★★★★評価をいただけると励みになります!

よろしくお願い致します。

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