回想 熊の過去〈前編〉
19年前
その日の夜、18才の俺は冒険者として共に行動している12才のアランと、オーシア王国の南東部にある廃都市に来ていた。
元々はオーシアの自治領の一部であったが、オーシアと狼人族の戦争の時に戦火に巻かれ廃都市と化したのだ。
「この辺りが奴隷商のアジトか…よくもまぁこんな離れた所まで隠れ住んでるもんだ…」
見窄らしい服に変装した俺が呟くと、同じくボロのマントを纏ったアランが偵察を終えて戻ってくる。
「付近に人は見当たらないね、奥の屋敷に見張りが2人だけ…あとは建物の中だと思う」
「よし、手早く片付けてしまおう」
「あくまでも僕たちは偵察だから…証拠を手に入れるまでは、派手に暴れないでね?」
「分かってるさ」
「うん、じゃあ行こう!」
俺達は暗闇に紛れて屋敷の壁に張り付く。
入り口に立ってる2人は疲れているのか、ぼーっと焚き火を眺めていた。
俺とアランは音を立てずに見張りに忍び寄った。
「!?」
アランの合図で見張りに飛び掛かり、首に肘鉄を入れる。
アランも魔力を篭めた掌底を叩き込んで、見張りを気絶させていた。
何が起きたか理解する間もなく気絶しただろう。
見張りを入り口の壁にもたれ掛けさせて、あたかも寝ている風に見せ掛ける様にする。
アランは少しだけ扉を開き中の様子を伺っていた。
「大丈夫、誰もいない…でも」
中からはむせかえる様な血の匂いがした。
「…入ろう」
俺達は中に入り扉を閉める。
屋敷の中は、1階がエントランスになっており真ん中に下への階段と、両脇に上に行く階段があった。
「アランは上、俺は貯蔵庫へ行く」
小声でそう指示を出すとアランが頷く。
貯蔵庫へ行く階段に近づくと、血の匂いが濃くなる。
やっぱりか…。
下降りると、そこには5人の攫ったであろう若い町娘の死体がある…酷い有様だった。
死体はどれも衣服を着ておらず、身体中は傷だらけで手や足が切断されているのもあった。
これは…正気の沙汰じゃない…。
奥の方から物音がする…俺は腰の剣を抜き、奥へ進むと、男が這いつくばっていた。
よく見ると、少女に覆い被さって居るようだった。
コイツが…この惨劇の犯人で間違い無いだろう。
せめてこの少女だけでも助けなければ!!
俺は湧き上がる殺意を抑えきれず、駆け出す。
「あれ?お楽しみ中は入るなって言ったのに……って誰?あんた?」
足音を聞いた男が立ち上がり振り返る。
赤い目に、緑の髪をオールバックにした20代前半の男だった。
身体のあちこちに入れ墨がされており、背中には大蛇のマークがあった。
「俺の事はどうでもいい…なぜこんな事をした?」
「混ぜて欲しいって感じでは無い…ね…いやね?これでも我慢はしたんだよ?でもアイツらは先に始めちゃうし…抑えられなかった!」
そうあっけらかんと話す男に俺は斬り掛かった。
「いきなり斬りかかるって…まじかよっ!」
男は慌てて避けようとするが反応が遅く、脇腹を剣が抉った…コイツ素人か?
「いっでぇぇ!待て待て!分かった!分かったって!」
斬られた痛みで片手を脇腹に押さえ蹲る男は、こちらに手を伸ばして命乞いしてきた。
「この子供はお前にやるよ!な?それで良いだろ?俺は消えるから!」
そう言って切断するのに使った斧も拾わず、ノロノロと俺の横を通り抜けた時、俺は奴の足を斬り落とした。
片足を無くして倒れ伏した男は、声にならないような悲鳴を上げて泣き叫ぶ。
「なんでぇぇ?あげだじゃん…いでぇ…」
「何でだと…?」
そう言って俺は、今度は手を切り飛ばす。
「あがっ!?…ぐぅぅ…」
失血と激痛で男はピクピクと痙攣しだした。
「お前が散々して来た事だ…少しは分かったか?下衆が…!」
俺はそう吐き捨てて男にトドメを刺した。
剣を引き抜き鞘に仕舞い、少女の方へと駆け寄る。
そこには衣服を纏わず、虚ろな目で此方を観ている16才くらいの狼人族の少女がいた。
パッと見で身体に外傷が無いことを確認した俺は、少女の肩を揺さぶり声をかける。
「もう大丈夫だからな!今すぐに助けてやるぞ!」
そう言って上着を脱いで少女に着せようとしたら少女は、それに反応するかの様に俺のズボンのベルドに手をかけて外そうとしてきた。
「ま、待て!違う!俺はコイツらの仲間じゃ無い!」
そう言って慌てて少女を止める。
少女はそれ以上動こうとはせず、大人しくなったので今度こそ俺は上着を着せた。
少女を担いで階段の方へ向かうと、アランが遺体に布を被せてる所に出会した。
「…アルヴィン」
「生存者はこの子だけだった…」
「獣人族の人まで捕まってたんだ…これはちょっとマズいかも…」
アランは背中の少女を見て考え込む。
「あぁ…それに上の2人もクロだ」
「会話は聞こえてた、布を取りに行ったついでに始末してあるよ」
流石アラン、抜かりないぜ全く。
「よし、死体をここに運んで仲間割れした体に見せよう!」
「うん、それがいいね!その人は僕が預かるよ」
「頼む!」
それから俺は一度少女を下ろして、アランに任せ見張りを運ぶため階段を上った。




