実霊
「あ、おかえりー」
学校から帰って来た一人暮らしの少年――神屋霊時 (かみやれいじ) を可愛い十五歳くらいの少女と声が迎えた。
「は?」
女の子は卓袱台の前に座り、コチラをニコニコと見つめている。
スカイブルーが混じった不思議な銀髪を腰まで伸ばし、大きく愛らしい碧眼をしている美少女である。
若草色のワンピースから伸びている素足や腕を見る限り雪のように白い肌をしている。
しかし、病弱な青白い肌ではなく健康的な肌だ。
思わずクラッとくるくらいの美少女。
悲しいが霊時には彼女など出来た事がない。
義妹が出来たという情報もない (霊時は十六歳の高校一年生の為) 。
母親がこんな女の子だったらビックリを飛び越えてショック死する。
「え、と何?」
戸惑いの声を漏らす霊時にハッ、としたように女の子は言う。
「私に霊について教えてッッッ!!」 ◆
何故女の子に霊について教えなければならないのか。
というかこの女の子は誰なのか?
全ての答えはこの女の子が持っているのだが……。
『ふっふっふっ。私に霊の事について教えないと私の正体は明かさないよ? あ、仮に私を追い出したりしたら向かいのゴツそうな男の人に監禁されてたって言っちゃうかも?』
脅された。
霊時はハァ、と溜め息を吐いて、女の子の向かい側に座り、話す。
「霊っていうのは強い思念が固まってなります。死んで人が「成仏何か出来るかあ! 俺はまだアイツに謝ってないんじゃあ!」とかそんなんな」
ふむふむ、と熱心に頷く女の子。
少し嬉しい。
「恨みとか負の思念だったりすると怨霊になったりするんだ」
すかさず、女の子が、
「じゃあ、人間みたいには?」
「? 実霊って事?」
「実霊?」
「強すぎる思念が固まって出来た奴。普通の人にも見えるし、触れる。まあ、怨霊とかでも触れる奴居るんだけど」
瞬間、目の前の女の子から通常はありえない程の霊力を感じ取った。
「!? お前ッ! 実霊?」
驚いた所為で大声が出てしまった。
バレたか、と頭を掻きながら女の子は言う。
「霊時のお父さんから成仏させてくれるって聞いたから、浄化屋に来たの。霊時の名前もお父さんから聞いたんだけど」
深い溜め息と共に後ろにばたん、と倒れる。
「浄化屋ってなあ、霊の心残りを取り除いて成仏させるんだからな? 前なんか、佐野って言う霊が「彼女作りたい」とか言うからさ、3ヶ月くらいここに居たんじゃねえかな。それでもいい訳?」
「うん」
「そっか、んであの馬鹿どこに居た? 連絡もせずに勝手にお前をよこしたあの馬鹿!」
「ええと、ごめん」
むくりと起き上がって霊時が済まなさそうに言う。
「あ~、お前が悪いんじゃないって、うん。あの馬鹿が悪いんだって」
女の子が僅かに微笑んでから言う。
「あのお父さんはな。私に会った時はイギリスに居たんだけど、次はジャングルに行くとかで」
大して驚きもせずに脱力したように卓袱台に倒れ込む。
女の子がちょっと後ろに反ったのが寂しかった。
父親は霊感が一切ない。
霊感が一切ないくせに霊能者に強い憧れを持っており、霊感を強くする滝だとかインチキ臭いパワースポットへ行ったりするのだ。
ジャングルって何だよ。
圏外じゃねえか。
「あ、そういえば、自己紹介しなくちゃね! 私の名前はシャル・プロムウェル。これから一緒に住むからよろしく!」
女の子改めてシャル・プロムウェルが姿勢を正して元気いっぱいに言った。
「は?」
理解不能に陥った霊時が呆然と言う。
「一緒に住むからよろしく?」
「うん。何か問題あるの?」
まるで幼稚園児のように首を傾げる。
「高校生活ドキドキ同棲編ですか!?」
霊時は、火が噴く勢いで卓袱台を叩いた。
「なぅっ!」
シャル・プロムウェルは顔を真っ赤にしながら、
「女の子に同棲とかそんな変な言葉使わないでッッッ!!」
くぅぅぅぅぅぅぅぅ。
女の子のお腹から聞いてはならない音が響いた。 ◆
ジュー! と肉の焼く音と、肉の香ばしい香りが鼻孔と耳を心地よく刺激する。
勿論このステーキはあの腹ぺこ少女の物であり、霊時の物ではない。
(ああ! 俺が食べる筈だったのに!)
悲劇の王子のごとくつらそうな表情でステーキを焼く。
あんな可愛い顔して「お腹減った。冷蔵庫に入ってあったステーキが良いなぁ」だもんなあ。……ん? つーか勝手に冷蔵庫の中身見たって事か!
「ナチュラルに言うから、今まで気がつかなかった……」
ステーキを皿に盛って、コショウを振って、完成。
冷めない内に呼んでやるか、と親切心でシャル・プロムウェルを呼ぶ。
「お~い! プロムウェル! ステーキ出来たぞ!」
………………返事はない。
「お~い! 食っちまうぞ! 返事ぐらいしろアホー!」
……………………返事はない。
だらりと嫌な汗が吹き出る。
「自殺!?」
実霊なら自殺が可能だって聞いた事がある!
風呂場へ疾走する。
卓袱台を飛び越えて、トイレと風呂場がある部屋のドアを開け放ち、風呂場のドアを開ける。
息が止まった。
ぷかり、とシャル・プロムウェルが風呂場に顔をつけて、自殺しようとしていた。
青色が混じった不思議な銀髪が放射線状にお湯に浮かんでいた。
止まった息を再起動させて、駆け寄った。
「何してんだ馬鹿野郎! 生きてれば楽しい事が――」
ザパアッ! 不思議銀髪がお湯から飛び出た。
上半身全てが露わに――。
「ぷはぁっ! 三十五秒!」
「――あ、るんだぞ?」
潜って遊んでいたのかと安堵するも別のベクトルで危険を感じた。
目を開けたまま潜ったのか目をごしごしと可愛らしくこすっている。
霊時は小ぶりながら自己主張している形の良い胸を見て、顔を真っ赤にしながら後退りする。
ガコン、シャル・プロムウェルの着ている物が入ってあったカゴを踏んで転ぶ。
服で最も軽いパンツがカゴから飛び出して、何の冗談か霊時の頭に乗っかる。
白だった。
「霊時?」
トテトテとドアを閉めにきたシャル・プロムウェルが霊時を見て固まった。
笑顔が固まった。
霊時はパンツを光の速度でカゴにぶち込んでシャルを見る。
刺激的過ぎた。
全裸なのだ。
それは、全てが見れる事を指している訳で、
胸も細長い素足も可愛らしいへそも――全てが露わに――。
「うわぁっはあっあ!!!!!???」
咄嗟に出てきた意味不明な叫び声と共に更に後退する。
ガン! トイレの蓋に頭が当たる。
ゆらりと幽霊のようにシャルが霊時に近寄ってくる。
ドアにかかってあったバスタオルを身体に巻きつけながら殺気を振り撒く。
「い、や……! 自殺したと思ったから……その、マジでプロムウェルの裸なんて見ても何にも感じなかったし、幼児体型に興味はありませんの事よ?」
直後。
情け容赦のない必殺のアギトが炸裂した。
「覗きをしておいて何にも感じなかった!? まだ、肉体的には十五歳だから仕方ないんだよ! バカァ!」
「すみません!! ちょっ、その噛みつきはステーキに取っておいて下さいぃぃぃぃぃぃ!!」