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花時雨

作者: 天野 光

 2作目を出させていただきました。今回は短編小説です。

 『花時雨』それは、桜の季節にサッと降る雨のことだ。花を洗ってくれる優しい雨だ。


 僕は20歳になって最初のアルバイトを始めた。

「今日から働くことになりました。鈴木咲也です。よろしくお願いします。」

「咲也くん!硬いこと言わない!言わな〜い!気楽にね〜!」

 僕はアルバイト先をミスったと思った。最悪な店長だ。この人は。

 それはともかく僕は最初、仕入れた本を本棚に並べる仕事を任された。時給は安いが、別に苦ではなかった。

「あの。鈴木栄一著書の本ってどこにありますか?」

 本を整理していると、女性が聞いてきた。僕は「は?」と、驚いて雑に聞き返した。

「あ、やっぱりいいです。ごめんなさい。」

 僕はやらかしたと思った。でも切り替えて、仕事に戻った。あまりに途方もない数の本を整理しなければいけないからだ。

 僕はそれから部活のない日はなるべくこの店でアルバイトを続けた。別にこの店じゃなきゃいけないわけではないが、何となく続けた。


 今日はなぜか僕の家に叔父が突然やって来た。

「咲也!久しぶりだな。プレゼント持ってきたぞ!」

「なんでプレゼント?栄一おじさん、何かいいことあったの?」

「何を言ってるんだ。今日は咲也の誕生日だろ?8月6日。おじさんもしかして間違えてた?」

 僕はこの叔父があまり好きではなかった。楽観的な考え方をする奴はそもそも好きではない。

 僕は誕生日などどうでも良かったが、一応彼のプレゼントは貰っておいた。

 叔父が来た次の日から運悪く用事が重なってアルバイトに行けなかった。アルバイトを再開できたのは、次の週の水曜日からだった。

 毎回アルバイトには、原爆ドームの横にある道を歩いて向かっていた。僕はいつも何とも言えない気持ちで逃げるように通り過ぎていた。

 僕は辛い境遇の中にいる人々に会ったことがない。そういう話を読んだこともない。

 今日お店に来たのはヨボヨボのお婆さんだった。彼女は本屋ではあまり置いていない絵画を見に来ていた。

 僕がこの店に決めた理由は、本だけでなく骨董品や絵画が置いてあったことだ。

 お婆さんは色々な絵画がある中で、戦時中に生きた人が描いた絵画をじっと見つめていた。

(やっぱりそうなんだ。)

 僕はその時そう思った。

「この絵画が気になるんですか?僕はこのような絵画がなくなってしまうのは嫌です。」

「坊ちゃんはこの絵の作者は誰だか分からんだろうね。私も分からない。色々な店を回ったけど、兄の描いた絵はなかった。」

「すみませんでした。」

 僕は意図せず謝罪の言葉が出た。

「でも、お兄さんはあなたに前を向いて欲しいと思っているんじゃないですかね?実際、あなたはこの絵画を見て笑っていた。」

「そうだね。それじゃあ、買って帰ろうかね。」

 僕はアルバイトを終え、ルンルン気分で帰った。僕は昔から、友達がいなかったから。お婆さんと友達になれたと勝手に自分の中で膨らませていた。

 家に着いた途端、ハッピーだった気分が一気にアンハッピーに変わった。

「やあやあ、久しぶりだな咲也。」

 僕は「この前会ったよね。」そう言いそうなったから、慌てて引っ込めた。

「おじさん思うんだけど、咲也は自分の誕生日が嫌なんじゃないかって。最近思うんだよね。」

 なんで最近?僕はやっぱりこの叔父は嫌いだ。歴史小説を書いてそれが売れて、人気者のこいつは。

「家に入りたいから、どいてくれない?」

 僕は無理やり家に入って叔父を追い出した。

「なんか、手紙が来てたわよ。」

 母から手紙を受け取って、僕は自分の部屋に閉じこもった。

 手紙はあのお婆さんからだった。

 内容は簡単に言うと、僕へのお礼だった。「お礼」って聞くだけで、僕は僕の心のモヤモヤを晴らしてくれたような気がした。

 手紙の一部には、このように書いてあった。

・・・・

 坊ちゃんが最後に「実際、あなたは笑っていた。」と言われたとき私は嬉しかった。私にとっての兄のしこりを取ってくれた気がしたんよ。坊ちゃんが私の心を洗ってくれたんだよ。ありがとうね。

・・・・

 震える手を必死にこらえて書いているお婆さんが脳裏に浮かんだ。筆で書いてあったため、なんか新鮮だった。

 僕は原爆の話をするのは極力避けていた。子供の頃によく原爆に関することでイジメを受けていたから。


「明日から、夏休み終わっちゃうな。学校行きたくないな〜。」

 登校の前日の夜、僕は嫌々準備をしていた。教科書をまとめていると、その中に歴史小説が紛れていた。叔父の書いたものだった。

 原爆ドームの観察に来た政治家の葛藤。そんな小説を叔父は書いていた。僕はその小説を絶対に読まなかった。だけど、今日はそんな叔父の小説に強く惹かれた。

 僕は明日の学校の準備をサボって、叔父の小説を読み始めた。

 改めて読んでみると、残酷で生々しかった。まるでこの本の中に入り込んだよう。読み終わったら、なんでか悲しくなった。でも、嬉しかった。

「明日から、がんばろ!」


 これからも出せる時に出すつもりですので、よろしくお願いします。

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