第9咬―未慰
仕事を終えた頼太と美玲は、自分達のミーティングルームで待っている依頼人のダグラダに報告に戻った。
「ダグラダさん。お待たせしました。」
「もうお戻りに・・・あっ・・・。」
呆気に取られるダグラダの顔を見て、頼太は依頼完了の報告をする必要はないと考えた。
返り血に染まった服。
細かい肉の欠片とねっとりと白い脂が付いた木刀とグローブ。
この風体で、自分の前に立っている少年と少女が、今まで何をしてきたのか、それを如実に表していた。
「こんな格好ですみません。想定よりかなり激しい状況になってしまって。おかげで屋根を飛び回りながら帰ることになりましたよ。ははっ・・・。」
頼太が取りつく笑いをしたが、ダグラダは神妙な表情で二人の顔をじっと見つめて、その後、深々と頭を下げた。
「本当に・・・なんて礼を申し上げたらいいのか・・・。無力な私の代わりに、息子の無念を晴らしてくれて・・・。」
頼太と美玲は、特に驚かなかった。
これまで、数え切れないほど、この場面に立ち会ったから・・・。
「これがオルトロスの仕事です。なので気になさらず。」
報酬は事前に受け取ってあるので、二人はこの場を後にしようとした。
頼太がふと振り向くと、ダグラダは悲しく、そして虚しい顔をしている。
「これからどうしたらいいか・・・って考えてますね?」
「え?」
「皆さんそんな顔をするんですよ。怨みは消えた。だけど心の傷は癒えない。大切な人を失ったけど、憎むべき相手もいない。だからこの先、どう生きたらいいか分からない。」
「やはり・・・慣れていますね。」
「ええ。俺達はそういった人間を相手に商売していますから。」
ダグラダはポツポツと、語り始めた。
「息子を殺したヤツらは、あなた達が葬ってくれた・・・。だけどそれで、息子が帰ってくることはない。妻に先立たれ、息子を失って、私はもう・・・すっかり孤独になってしまいました。」
自嘲するダグラダに、頼太は寄り添った。
「さっきはあんな分かりきったような口利いてしましましたが、俺・・・そんな人達をどうやって慰めたらいいか、まだ分かんないんです。だから話半分に聞いて下さい。」
頼太の顔を、ダグラダはジッと見据える。
「息子さん、あなたに断られた後、アクセスコードを渡さないって連中に啖呵切ったみたいです。親一人で育ててくれたあなたに、迷惑はかけられないって。」
「ッッッ・・・!!」
「立ち直れ・・・なんて偉そうなことはできません。家族を亡くすことは、自分の身体が真っ二つになるほど、痛くて、辛く、苦しいことなんですから。悲しみに浸ることは何回だってしてもいいんです。それくらい不幸な目に遭ってしまったんですから。依頼を終えた今、あなたがこの先どんな人生を歩んでいくか、俺には決めること、知ることもできません。だけどダグラダさん、あなたが愛して、あなたを愛してくれた家族がいたってことを、不幸を噛み締める中で思い出して下さい。そしてどこかで見ている家族に愛想尽かされない人生を、最期の一瞬まで生きて下さい。それだけであなたは十分立派ですから。」
涙を必死に堪えるダグラダに、頼太は不器用そうに笑った。
そして今度こそ退散することにした。
「オルトロスさんッッッ!!!」
ダグラダに呼び止められ、頼太と美玲は立ち止まって振り返った。
「並存世界でも、私のように・・・抱えきれない怨みを持っている人達の、救いになってあげて下さい・・・!!」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「受けた仕事はキッチリ達成。それが俺達の流儀なので。」
頼太と美玲は、ミーテイングルームのドアをバタンと閉めた。
◇◇◇
「はぁ~・・・!!疲れたぁ~・・・。」
ラウンジのソファに座って、俺は大きなため息を吐いた。
「ケアは及第点だったね?」
「やっぱ慣れねぇなぁ・・・。あんなテンプレな言葉じゃなくて、もっとちゃんとしたことが言えたらいいんだけどなぁ・・・。」
「人の心をもっと勉強すべし。」
「オメェにだけは言われたくねぇよ!!」
「初仕事、ご苦労様でございます。」
俺達のトコにエカトーがやってきた。
エキドナに仕えながら・・・。
「二人ともよくやったな。いい滑り出しじゃないか。」
「エキドナぁ!!こっちはもうホントヒヤヒヤしたんだからな!?慣れない世界でよぉ!!」
「まぁ落ち着け。美玲は?上手くやっていけそうか?」
「勘は掴んだ。まぁ問題はない?」
「それは良かった。これだけ派手に暴れたんだ。オルトロスの評判はこちらの世界の裏社会で広まるだろう。近い内にまだ仕事を振ると思うから、そのつもりでいてくれ。」
これからも並存世界の仕事が舞い込んでくるのか・・・。
まぁ・・・頑張るしかないか・・・。
「ところで・・・。」
「何だ?」
「学校は大丈夫なのか?」
「へ?」
「こちら側の時間は日本より3時間遅れているからな。今が午前4時30半だから・・・向こうは朝の6時半過ぎくらいか?」
「はっ、はぁ?!?!」
6時半って!!
いつもなら朝起きて弁当作ってる時間じゃねぇか!!!
ってかちょっと待って!!
俺達・・・制服のままで仕事しちまったッッッ!!!
「ヤバいヤバいヤバいッッッ!!!こんな血みどろなカッコーで登校なんかできないって!!なぁへびまるちゃん!!これクリーニングで落とせない!?」
「う~ん・・・。申し訳ないですがその汚れは落とせないかと・・・。」
つっ、詰んだ・・・!!!
「これから着替えるべきだね。」
「そういうオメェだって!!いっぺん鏡で自分の全身見てみな!?」
「特待科は服装自由。だから制服じゃなくてもオッケー。」
「はあ~あ・・・!!」
大きなため息を吐く俺に、美玲は真顔だけど得意げにブイサインをかましてきた。
こうして俺は、組織の根回しで新しい制服を手にするまで、2日も欠席するハメになったのだった・・・。