第8咬―初狩
「ここかぁ・・・。」
頼太と美玲は叢国から手に入れたエラルドの隠れ家についた。
大通りを抜けた路地の、地下に伸びる階段だった。
「聞いたところによるとこの街、昔は魔科による健康被害がひどかったらしい。産業革命当時のイギリスみたいに有害な霧で覆われて、その避難場所として街の地下に縦横に地下街が張り巡らされてて、悪党の溜まり場になってるんだと。」
「穴に逃げるウサギ。」
「そうだな美玲。俺達はそんな、草原を丸裸にするウサギを狩るオオカミってトコだな。」
「行こう。アジトが割れてるなら、時間を無駄にできない。」
「オーケー。」
頼太と美玲は、冷たい風が昇ってくる暗い階段を降りていった。
「なんも見えないな・・・。んっ!んっ!」
頼太はここに来る途中で買ったライトを付けようとしたが。明かりは点かない。
「やっぱ付かねぇな~クソ!」
明かりが点かないのはこの世界における地球人類のハンディキャップによるものだった。
並存世界の人間は地球人類とは身体の構造が違っており、❝魔経❞と呼ばれる特殊な神経器官を有しており、これにより異能力や魔科技術が備わった道具を使用することができる。
つまり頼太や美玲、地球からこちらの世界に来た人間達は、魔科で発明されたこの世界の道具一切を使うことができない。
ここまで聞くと地球の人間達が異世界人より遥かに劣っていると思われるが、彼らにはこの世界で生きていくための特典が備わっている。
「これじゃあ向こうに待ち伏せでもされたら逆にやられるぞ。」
「そうはならない。」
「なんで?」
美玲は大きく深呼吸をし・・・。
突然壁に拳を突っ込んだ。
「やっぱり。」
何と美玲は壁から、銃を持った男を引っ張り出した。
美玲は男の頭を肘でロックして、頭蓋を粉々にして殺した。
「おっ、おまっ・・・!!これなに?!?!ってかさっきのどうやってやったの?!?!」
「匂いと音。」
「はぁ?!?!」
「この世界に来てからなんだか感覚がすごく過敏になってる気がする。靴底を地面にこする微かな音、額から流れる汗の匂い・・・。ほんの少し集中しただけで全部分かる。まるで本当のオオカミになったみたい。」
「ええっ!?」
「頼太もやってみれば?もう視界とか関係なくなるから。」
「マジ・・・?」
美玲に言われた通り、頼太も集中して感覚を冴えらせる。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「そこッッッ!!!」
頼太は右の店舗跡に潜んでいる男二人を見つけ、素早く木刀で斬り伏せた。
「ほらね?」
「ああ・・・!!全部分かる!!敵がどこにいるのか!!これだったら目が見えなくても全然楽勝だッッッ!!!」
「でしょ?となれば?」
美玲と頼太は互いに見つめ合い、得意げに笑い合った。
「「狩りを始めようッッッ!!!」」
頼太と美玲は駆け出し、潜んでいる敵を一掃し始めた。
「ちくしょう!!見つかっちまったッッッ!!!」
エラルドの仲間達は隠れるのを止めて、襲ってくる少年の殺し屋達に堂々と発砲し始めた。
彼らの武器は『魔科銃・ソプトンM19』。
シングルショットのピストルに類似したデザインの銃だ。
弾丸は『Dグレード死呪弾。』
裏社会では安価で手に入る弾丸で、殺傷能力も並な代物。
それでも人ひとり殺すには十分だ。
だが・・・二人には通用しなかった。
「クソっ!!クソっ!!クソッッッ!!!」
美玲は向かってくる弾丸をいとも簡単に避けてみせ、一気に近づくと指突で相手の肋骨を砕き、心臓を破裂させた。
「てっ、テメェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」
「死にやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
銃を乱射する男10人に頼太は弾丸を木刀で弾きながら突っ込み、一振るいで発生させた風刃でまとめて胴体を真っ二つにした。
「俺って・・・こんな強かったか?」
「私も。なんだか500%の実力出してる気がする。」
魔科が使えない転移者に与えられた特典。
それは・・・身体能力の爆発的向上だった。
並存世界に来た転移者達は、地球にいた時より五感及び身体能力が一気に跳ね上がり、フィジカル戦において絶対的優位に立つことができた。
頼太は木刀を振った際の風を利用して真剣並みの切れ味を再現していたが、こちらでは刀を振るった際に真空波を放てるまでに強化され、美玲も人差し指と中指を並べて相手を突くだけで人体を破壊するまでに至った。
「❝魔法を使ってくる❞って聞いてたが、どうやら肉弾戦じゃ俺達が圧倒的みたいだな。」
「❝筋肉こそ正義❞。」
「そうみたいだな。さて!どうやら群れの大多数はこれで全部みたいだから、あとは・・・。」
「エラルドだけ。」
◇◇◇
複数の照明が置かれたアジトの中心部。
エラルドはイスに座って冷や汗をダラダラ流して、貧乏ゆすりをしながらいいニュースが届くのを待っていた。
「おい。待ち伏せしてる奴等はどうした?殺れたのか?」
「まだ連絡がない。」
「どうなってんのかさっさと確認しろッッッ!!!」
エラルドに怒鳴られた仲間が無線機を取り出そうとした瞬間だった。
風の刃がその首を斬り飛ばした。
「ッッッ!!!」
「オルトロスが来た!!早くここから・・・」
別の仲間が逃げるように慌てて促したが、飛び出してきた美玲に頭を鷲掴みにされ、頭部を壁に叩きつけられグチャグチャになった。
「ひっ・・・!!!」
千鳥足でイスから転げ落ちたエラルドは、頼太の投擲した木刀によって右膝から下を失った。
「痛ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
のたうち回るエラルドに、オルトロスはゆっくりと迫る。
獲物を前によだれを垂らす、肉食獣のように・・・。
「あっ、アクセスコード教えないアイツが悪・・・ぐげっ?!?!」
エラルドの脳天に頼太は木刀を突き刺し、美玲は頭を蹴って首を飛ばした。
「怨み・・・喰わせて頂きました。」
頼太はエラルドの生首から木刀を引き抜いた。
異世界最初の殺しをそつなく終えたオルトロスは、悠然とその場を後にしたのだった。