第79咬―血染祭
日本科学未来館・企画展示ゾーン
時間は夜の21:00を過ぎ、とうに誰もいないはずのこの施設にたくさんの人が集まっていた。
政治家、実業家、マフィア・・・。
奥ではクラシック楽団が演奏を奏でており、上流階級の社交場に相応しい様相だった。
今流れている曲は、❝ベートーヴェン:ピアノソナタ第8番 ハ短調Op.13「悲愴」第2楽章❞。
哀愁が漂う曲調ながら、魂の底からリラックスできる、ベートーヴェンの代表曲の一つだ。
『今夜はよく来てくれました。』
シャンパン片手に、アベル・フェリエは来賓客への挨拶回りをしていた。
『最神議会ご就任おめでとうございます。』
『ありがとうございます。今後もそちらとは、友好な取引を行なっていきたいです。』
『そう言って頂き、ありがとうございます。』
お得意様との会話を済ませ、アベルは初見の者のところへ向かった。
『あなたが新しい最神議会の?』
『アベル・フェリエです。』
『フェリエ社の御曹司の!これは期待のルーキーが入ってくれた。』
『ありがとうございます。本業で培ったスキルを活かして、この世界と並存世界の技術交流をより透明化していこうと思います。』
『具体的には?』
『まずは向こうの世界からの鉄鋼資源輸出の自由化ですね。並存世界には、我が世界の発展に不可欠な鉱石がたくさんありますから。すでに向こうの工業局副局長に話はつけてあります。資源管理省事務次官への返り咲きを条件に。』
『さすが。捌けてらっしゃる。クロノスの後任というお立場、中々に心労絶えないでしょうが、頑張って下さいね。』
『そういって頂き嬉しいです。』
『ところで、どの神の名を冠するか、決まりましたか?』
『いえそれはまだ。今議会の方で審議中かと。わたくしに相応しい名が与えられることを心待ちに・・・』
その直後だった。
来賓が突如ざわつき始めた。
『ねぇ。あれって・・・。』
『ちょっと、マズいんじゃないか?』
やがてそれは大きな動揺になって、その緊張をアベルも察した。
『あ・・・?』
アベルの方へ歩いてくる二人の若い男女。
男の腰には紅色の刀。
女の腕には鉄と骨、牙で造られたガントレット。
二人とも鋭い眼光でアベルを睨みつけている。
『どうして・・・ここに・・・。』
クラシックの音がフェードアウトしていき、アベルの護衛がホルスターに入れた銃に手をかける。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
護衛が銃を抜くコンマ数秒前に男が彼の首を刎ね、女は別の護衛の心臓に拳を叩き込んだ。
一斉にパニックになる会場。
今ここに、殺し屋オルトロスコンビの報復の狩りが始まった。
頼太は向かってくる護衛を抜刀術で斬り伏せていく。
美玲は護衛の銃の持つ手を砕き、頭蓋や心臓を割っていく。
二人が技を繰り出すごとに、屠った命から流れ出た血が、会場を赤く染める。
首から、胴から、腕から、足から、口から、耳から、鼻から・・・。
その様はまさしく・・・獲物を噛み千切り投げる狂狼の如き。
護衛に促され、アベルは施設の裏口に向かう。
道中アベルは、外に待機させていた仲間にも連絡を入れる。
『オルトロスが来た。私は裏口から逃げる。食い止めろ。』
指示を受け取った部下たちが施設に突入していく。
その中には勿論、アベルの腹心の殺し屋・ラミアもいた。
『きししっ・・・!だからイヌの仲間は嫌いなんだ。しつこく追ってくる・・・!!』
◇◇◇
アベルの敷いた防衛網を突破しながら、俺達は確実に奴に迫る。
「そっちはどうだ!?余裕か!?」
ボディーガードの首根っこを掴んで、そのまま下顎を引き千切った美玲がこっちを向いた。
「歯ごたえマジでない。」
アベルの陣形はもはや総崩れ寸前・・・。
だけどここまでの連中は軽武装だ。
奴の指示で待機組もやってくるはず。
あのヘビ女を入れた・・・。
「王手の時が一番の正念場だ。気ぃ引き締めていくぞ。」
「うん。絶対喰う。」