第77咬―殿と姫
この人が頼太の師匠・・・。
なるほど。
言われてみれば納得だ。
内から出てるオーラが尋常じゃない。
本気出した私でも軽くいなされてしまうと思いそう。
「何も言わず出ていき、十年も帰って来ないと思えばいきなり顔を出し御屋形様にお目通りを願うとは・・・。随分大柄になったではないか?麦太郎。」
・・・・・・・。
むっ、麦太郎?
「その名前はとうに改めましたよ・・・。」
「元服の儀を迎えず名を改めるとは。父母も嘆かわしく思っておるぞ?」
「ねぇ頼太。麦太郎って?」
・・・・・・・。
「俺の・・・幼名。物心つく前に死んだホントの親が、❝麦みたいに逞しく地面に立って、人の役に立ちますように❞って願掛けして付けたんだと。」
・・・・・・・。
「ぷっ・・・!」
「何笑ってんの?」
「もしかしてだけどさぁwww麦太郎→ライ麦太郎→ライ太郎→頼太って、ことぉ?www」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「わ・る・い!?」
ビンゴ~!!
ビンゴビンゴビンゴ~!!
「戸籍登録してもらうには安直すぎないwww?ライ麦だから頼太・・・ぶふっwww!!」
あ~お腹痛いwww
ここに来てやっと草生える話題見つかったわぁwww
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
◇◇◇
人の名前の元ネタ聞いた途端ケタケタ笑いやがって!
いいじゃん別に何から取ったって!!
「中々活気がある娘だな?」
「普段こんなんじゃないですよ?いっつも寝る、食べる、寝る、寝る、寝るの繰り返しですよ?」
「よく育ちそうだな?」
ダメこの人な~んも分かってないや・・・。
まぁいいや。
バカほっといて本題に入ろう。
「師匠。俺がこうしてここに戻ってきたのは、いま地上で起こっている事件についてです。」
「無法者や異邦人が今夜になって増えてきおったの、お前達が火種だったか。」
「騒ぎを起こした奴を、俺達は知っています。いや、知ってなんてもんじゃない。俺達はそいつを・・・殺したいと思っています。」
「それと我らに何の関係がある?」
・・・・・・・。
「俺とコイツが奴に近づくのを・・・助けてはくれませんか?」
俺は片膝を付いて師匠に頭を下げて頼み込んだ。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「痴れ者が。」
一気に空気が張り詰めた。
「お前の申すは、知恵を得た蛾に灯篭に飛び込めと言っておるようなものだぞ?麦太郎。幕府を危険に晒す気か?」
「迷惑は絶対にかけません。ですから、何卒・・・!」
・・・・・・・。
「おこがましい!!」
師匠が腰の刀に手をかけ、俺と美玲は瞬時に臨戦態勢に入った。
「そこまでにしとき。翔一。」
穏やかな声が聞こえ、師匠は跪いた。
部屋の奥から、色白で黒の刈り上げマッシュの、目がパッチリ開いて女子と見間違えるほどの端正な顔立ちをして、金の着物を着た男子が出てきて、部屋の上段に座った。
間違いない。
彼だ!
俺も急いで跪いて、美玲も座らせた。
「頼太、あの男子は?」
「織羽幕府23代目将軍・織羽秀優。この国の・・・主君だ。」
「え?あんなガキが?」
「ガキ・・・?」
師匠の低い声が美玲を威圧する。
「ええってええって。」
「しかし・・・!!」
「だってガキやもん。まだ十五になったばっかりやで?すぐ暑くなるんは悪い癖やぞ。」
「はっ。」
師匠・・・やはり主君への身の振り方を肝に銘じてるな。
「上様、お元気そうで。お父上が亡くなられてはや十年・・・この国の将軍としての務めをご立派に果たしてらっしゃるそうで。」
「やることいっぱいあって大変やわ。十年なんかあっちゅう間。」
「上、様・・・?その・・・関西弁・・・。」
「これ?本家が大阪やから。今は政務のために東京に。」
「ああ~豊臣家の子孫でしたね?」
「もうだいぶ遠なってしまったけどな。そんで麦太郎・・・いや、今は犬飼頼太やったっけ?急に戻ってきてどしたん?」
「はい。実は・・・。」
話そうとしたら突然❝パァン!!❞って襖が開いて桃色の着物を着た、丸顔でちんまりした女の子が入ってきた。
「とびかずここにおったぁ~!!」
女の子は師匠に抱きついてべったり甘えだした。
「あっ、ちょっ・・・お止め・・・。」
「上様。あの子は?」
「ふふっ。凪。」
あっ、ああっ!!
妹の凪姫か!!
え?
じゃああの赤ちゃんこんなに大きくなったんだ。
「いつも翔一に甘えてなぁ。ホンマ猫やで。」
「凪、様・・・!今は兄君と・・・大事なお話が・・・!!」
そういえば師匠、先代の頃より凪様のお世話係やらされてたっけ。
「剣ばかり振らず乳飲み子とも戯れとけ。」って。
そんでいっつもああやって甘えられたはあたふたしてたな。
「成長しても、関係は変わんない・・・か。」
すごく大変な時だが、なんか実家に帰ってきた感じがして、ちょっとホッコリした。