第71咬―大催し
エキドナから令鎖を返却するように要求されたアベル。
端正に整った顔立ちの眉間に一気にシワが寄った。
『面白いほど顔に出るなっ。』
嘲るエキドナを前にアベルはソファに座りながら身を乗り出した。
『オルトロスは私の命令に一度逆らった。主従関係は不完全であり、私にはまだ令鎖を持つ権利がある。』
『だがあの子達はお前の言う通りにクロノスを殺しに行き、結果奴は死んだ。飼い犬は主人の命令に従ったんだ。』
令鎖を掲げるクロノスにエキドナは凄んだ。
『もう一度言う。令鎖を、返すんだ。』
・・・・・・・。
・・・・・・・。
アベルは渋りながらも令鎖をエキドナの手の上に置いた。
『ありがとう。』
エキドナは令鎖をポケットにしまうと、管理台帳に返却日を書き込み、後ろの欄に指輪で押印した。
『そうだ。』
台帳を閉じて去ろうとするエキドナだったが、アベルに一つ忠告した。
『身の安全は気を付けた方がいいぞ?』
❝ん?❞と首を傾げて立ち去ろうとするエキドナを、アベルは呼び止めた。
『彼らが私を殺しに来るとでも?』
『ああ。』
『馬鹿げてる。』
『何がだ?』
『❝殺商の三大掟その3・殺し屋は私怨等個人的な目的で殺しを行なってはいけない。❞私を殺せばそれに抵触し、彼らは特刑処分になる。』
『そうだ。だがどの時代どのルールにも、必ず例外は付き物だ。』
『例外だと?』
『❝自身の生命を脅かす危機がある場合に限り、殺し屋は三大掟1及び2を適用外にできる。❞』
それを聞いた瞬間、アベルの顔が強張った。
『その反応を見るにお前・・・もう自分の手の者を差し向けたな?あの子達の口から余計な事実が漏れないように。』
返す言葉を無くしたアベルに、エキドナは続ける。
『お前はあの子達を従わせるために、あの子達が最も尊ぶ物を破壊した。平穏だ。狂気に満ちた世界の泥を、あの子達は手で少しずつすくうことで、世界には穢れた物以外が確かにあるということを証明し続けた。そんな彼らの目の前で、お前は酷い悪臭を放つ醜悪な泥をぶちまけてしまった。ルールの例外という大義名分を手に入れたあの子達がどこに牙を向けるか、容易に想像できるだろう?』
立ち尽くすアベルの肩に、エキドナは憐憫のこもった眼差しで手を置いた。
『幸運を・・・。』
そう言い残し、エキドナは去った。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
❝ブブブブブブブブブブブブ・・・!!❞
ポケットに入れたスマホのバイブが鳴って、アベルは驚いた。
画面を見ると、ラミアからだった。
『申し訳ございません・・・。殺し損ねました・・・。ケイローンが乱入して・・・』
『絶対目を離すな。殺すチャンスが見つかれば迷わずやれ。』
アベルは着信を切ると、スマホをテーブルに投げ捨てた。
人差し指の爪でソファの肘掛けをトントンと何度も叩く。
その動きから、凄まじい焦りと恐怖が読み取れる。
条件付きであるが、ルールのくびきから解放されたオルトロスが、自分を殺しに来るのは自明のこと。
早急に手を打つ必要があった。
『何か手は・・・手は・・・。』
・・・・・・・。
・・・・・・・。
テーブルの上のスマホを慌てて取り、アベルはどこかへ電話をかけた。
❝ブッー・・・!!ブッー・・・!!こちらは、国際殺商運営事務局カスタマーセンターです。ご希望のサービスに沿って、番号を選択して下さい。なおこの通話は、自動的に暗号化されます。個別依頼の場合は1を。イベント主催の場合は2を。❞
アベルは迷わず、2をタップした。
❝イベント部、オペレーターにお繋ぎします。❞
ブッー・・・!!ブッー・・・!!
『はいイベント部でございます。』
英語を話す女性が電話口に出た。
『開催の発注をしたい。』
『かしこまりました。主催者名は?』
『アベル・シャリエ。』
『イベント名は?』
『オルトロス。』
『参加者の条件は?』
『無名で。』
『獲得金額の方は?』
『3億ユーロ(500億円)。』
『オプションは?』
『称持ちの殺し屋への昇格。』
『ありがとうございます。開催完了のご確認のため、1分ほどお待ちください。』
電話の向こうのオペレーターがイベント開催のメッセージを、殺し屋専用のSNSに向けて発信する。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
【イベント開催のお知らせ。】
・イベント名:オルトロス
・参加条件:フリーランス
・獲得金額:3億ユーロ
・達成オプション:称持ちの殺し屋への昇格
・主催者:アベル・シャリエ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
皆様のご参加を、振るってお待ち致しております。
国際殺商運営事務局イベント部
・・・・・・・。
・・・・・・・。
『開催のご確認が取れました。またのご利用お待ちしております。』
そのメッセージを最後に、電話は自動的に切られた。
『ふぅ・・・これで一安心。』




