第7咬―由来
30分後。
叢国はエラルドを自分の事務所に呼び出した。
ドアは魔科によるロックはなされておらず、普通の錠前でかかる。
内装は清潔感が溢れたオフィスになっており、トップである叢国のデスクの前には堂々と代紋が掲げられている。
彼は日本のとある広域指定暴力団の一次団体の組長で、このオフィスは並存世界での彼の組の事務所だった。
「わざわざ呼び出して悪かったなエラルド。」
「とんでもない。俺とアニキの仲じゃねぇか。」
叢国は静かに笑うと、急にエラルドを抱きしめた。
「おっ、おいおい!?どうしたんだよ?」
「お前は俺のためにホントよく働いてくれてたよなぁ・・・。」
「なっ、なんだよ急に?」
「いやな。実をいうと悲しんだよ。並存世界の世界でできた可愛い弟分のツラぁ見んのが、これで最後だと思うとなぁ・・・。」
「は・・・?」
予期せぬ言葉に、エラルドは目を丸くした。
「なんだよ・・・。まるで今生の別れみたいじゃねぇか?」
「そうなんだ。」
「え・・・?」
「お前は今夜死ぬ。それは誰にも変えられない。神にも仏にもな。」
「もっ、もしかして!俺が殺したヤツの親父に仕返しされると思ってんのかよ!?どこにでもいるオッサンに俺が負けるって、そんなバカなこと思ってんのかよ?!?!」
叢国はゆっくり深呼吸して、デスクについた。
「問題はそいつの親父じゃない。その親父はある奴等にお前を殺すよう依頼した。」
「ある奴等?」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「オルトロスだよ。」
「オルトロス?」
「俺達の世界の神話に出て来る頭が二つあるオオカミ。その名前を持つ二人組の殺し屋だよ。」
エラルドの顔が一気に真っ青になった。
「❝称持ちの殺し屋❞か!?」
「ああ。そしてオルトロスがブギーズになったのは・・・まだ13歳のガキの頃。最年少だぜ?」
「わぉ・・・。」
愕然とするエラルドに、叢国は続けた。
「どうして連中がオルトロスなんて名前を貰った教えてあげようか?」
エラルドはゴクっと固唾を飲んだ。
「俺達の上の組織と兄弟分のだったデカい組に、そいつ等はカチコミをかけてきた。構成員1000人。だが奴等は、ワラワラ殺しにくるそれを皆殺しにしていった。そして標的の組織のトップを追い詰めた。だが13のガキが悪党の家を襲って無事で済むはずがない。標的の前に着く頃には、二人とも両腕の骨が折れて動かなかった。どうやって殺したと思う?」
「どうやったん、だよ・・・?」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「二人でそいつの首に噛み付いて喰い千切ったんだよ。その様が、まるで一匹の狼みたいだった・・・。だから二人は、オルトロスっつう名前を与えられたんだよ。裏社会での地位と殺し屋としての自由気ままにできるようになった二人がやり始めたのは、晴らせねぇ怨みをそいつの代わりに晴らす・・・いや喰い潰すって言った方が正しいか。」
その場に立ち尽くすエラルドに、叢国は詰め寄った。
「いいか?奴等には虚勢も、命乞いも通用しない。一度引き受けた依頼は絶対にやり遂げる。草原で逃げ回るウサギを、どこまでも追う、オオカミみたいにな。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「あっ、アニキ・・・助けてくれないか・・・?」
「ああっ?」
「いっ、今まで散々アニキのために俺働いただろ?!?!お願いだよ!助けてくれよぉ!!!俺まだ死にたくないよッッッ!!!」
「エラルドッッッ!!!」
怯えるエラルドの肩を、叢国は両手で掴んだ。
「俺の組がお前を庇ったらこっちまで皆殺しにされる!!俺にできることはもう何もない!!もう一度だけ言うぞいいな!?お前とはもうこれっきりだ!!分かったら俺の前からとっとと失せろッッッ!!!」
叢国に見放されたエラルドは、覚束ない足取りで事務所を飛び出した。
「親分・・・。」
組員の一人が青い顔をして叢国に受話器を寄越した。
「もっ、もしもし・・・。」
「叢国?」
「美玲か・・・。」
「久しぶり。エラルド=マーマンっていうヤツ、弟分なんだってってね?」
「もうそこまで調べがついたか・・・。」
「どこ?」
無機質な声で質問する美玲に、叢国は冷や汗をかいた。
「なっ、なぁ。俺達、長い付き合いだろ?あのバカの始末は兄貴分の俺がつけとくからさ、ここは穏便にいかないか?」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「喰われる?」
「・・・・・・・。」
美玲の威圧感に負けた叢国は、エラルドが一番逃げると思う隠れ家を白状した。
◇◇◇
「頼太、叢国が全部白状った。」
「あとは行くだけだな・・・。」
「失礼します。」
「へびまるちゃん・・・!」
二人の部屋に入ってきたエカトーは、アタッシュキャリーケースを持っていた。
「エキドナ様より仕事道具をお預かりしました。」
エカトーがケースを開けた。
中に入っていたのは木刀とオオカミの手のマークが刺繍された革の指出しグローブ。
「おおこれはありがたい!」
「助かる。」
頼太は木刀を腰に差し、美玲はグローブを両手にはめた。
「新しい狩り場での狩り・・・どうぞお楽しみを。」
エカトーに見送られ、オルトロスは神妙な顔で部屋をあとにした。
さぁ。
双頭の狼の狩りの時間だ。