第67咬―死決め
・・・・・・・。
・・・・・・・。
『分かってたのか?全部・・・。』
俺が聞くと、クロノスはまた「フッ・・・。」と笑った。
『私を心底疎ましく思っているあの青二才が、お前達の通う学校に飛行機を落とした・・・。それを頼りに糸を手繰っていけば凡夫でも察するもの。』
『アベルのこと、知ってんのか?』
『己を特別だと勘違いしている愚者中の愚者。兼ねてより私の方針に反対ばかり押し付けてきた。目障りだと思っていたが、奴はそれ以上に私を毛嫌いしていたようだ。』
『嫌われる自覚あったんだ?』
『美玲。私がどれだけ狡いマネを重ねた?』
自分を殺しにきた連中に対して、顔色一つ変えず駄弁るなんて・・・。
相変わらず相当、肝が据わってやがる・・・。
『しかし分からぬ。お前達、誰から私の動向を聞いた?』
・・・・・・・。
『エキドナ・・・。』
『そうか・・・。若い頃、クラン設立のために用意した金を少しばかりくすねたこと、まだ根に持っているのかな?狭量な女め。』
『怒らない、のか?』
『些末なことだ。5秒もすれば腹の虫も治まる。』
コイツ・・・。
どんだけ冷静なんだよ・・・?
『で?お前達。私を殺すか?』
・・・・・・・。
・・・・・・・。
『令鎖の呪縛から解放されるにはやるしかない。理解してくれとは言わない。』
クロノスは少しの間目を閉じ、足を組むのをやめた。
『殺れ。』
『え・・・?』
『逃げも足搔きもしない。殺るなら殺れ。動かないでやる。』
『なっ、何言ってんだ?こういう時はなんかしら言い逃れとかするだろ!?❝なんで私が殺されなきゃいけないんだ!!❞とか、❝お前達の主義に反するだろ!?❞とか!!』
『死は誰しもに平等に訪れる。時と場所を選ばずに。今夜、この部屋が私の死だった。それだけのこと。まぁ、今まで散々汚れ事に手を染めた身だ。罰を受ける時が来たと割り切るさ。』
・・・・・・・。
『その時が来れば甘んじて受け入れる。』
『なんだって?』
『エキドナが言ってた。アンタ等・・・やっぱ友達だな。』
『見透かされていたか。地獄への土産が古い友への敗北感とはな・・・。』
・・・・・・・。
・・・・・・・。
俺は覚悟を決めて、紅狼を鞘から抜くため柄に手をかけた。
ところが・・・。
「うっ・・・?うんっ・・・!」
『どうした?』
『刀が・・・抜けない・・・。』
『私が・・・。』
美玲がガントレットをはめた腕でクロノスを顔面を殴り潰そうとした。
だけど直前になって、腕を押さえて止まった。
『なにこれ?すごく締め付けてくる・・・。』
『フフッ。』
『なに?』
『いや、随分頑固な武器を扱うことになったと思ってね?』
ソファから立ち上がったクロノスは、俺の腰から刀をもぎ取った。
『クロノス?』
『どうやらお前達の武器は、持ち主が殺すべきと心の奥底で思う者でないと満足に扱えないらしい。実に忠実、それでいて石頭だ。』
ヘパイストスの野郎・・・。
これじゃあ、前持ってた木刀より厄介じゃねぇか・・・。
『なぁに。案ずるな。要は持ち主が殺すべきだと判断した相手でいいのだろう?』
クロノスが柄を握った瞬間、今までビクともしなかった刀がすんなり抜けた。
『私は・・・私自身が一番憎む相手を前にして、その感情に栓をした。皮肉よなぁ・・・。人を蹴落としておいて、結局は我が身が可愛かったワケだ。』
『クロノス・・・何を・・・?』
『ずっと・・・こうしたかったッッッ!!!』
クロノスは逆手で刀を持つと、自分の心臓に刃を突き立てた。
『ゴフッ・・・!!!』
『クロノスッッッ!!!』
『来るなぁ・・・!!!』
『ッッッ!!!』
血反吐を吐き、目にくまが現れ、刀がブッ刺さったトコから赤黒い血をドバドバ流しながら、クロノスは笑った。
『ハハッ・・・。これが・・・死・・・。これが・・・罰・・・。中々に・・・苦しい・・・。それで・・・いて・・・清々する・・・。』
『クロノス・・・。』
ガクッと膝を付いて、クロノスは毅然とした眼差しを向けた。
『よい・・・か・・・?オル・・・トロス・・・。私の・・・死で・・・かつてない・・・暗雲が・・・立ち込めるで・・・あろう・・・。だが・・・その帰結から決して・・・目を背けるなッッッ!!!己を貫けッッッ!!!成すべきを成せッッッ!!!』
・・・・・・・。
・・・・・・・。
『ああ!!』
『当然。』
・・・・・・・。
『フッ・・・。それで・・・いい・・・。それ・・・で・・・。』
安心した表情をしながら、クロノスは息絶えた。
俺はクロノスの心臓に刺さっている刃を引き抜き、鞘に納めた。
俺達は一言も話さず、パウダールームを後にした。