第66咬―豊穣神
ロイヤードシティの郊外、自然と住宅地のコントラストが綺麗に調整された区画にこの国・・・❝シャングランド❞の資源管理大臣の邸宅は位置している。
敷地面積は700ヘクタールと広大だが、居住スペースはこじんまりとしている。
しかしその分、残りの7割が円形劇場になっており、景観タイプの魔科技術のおかげで防音ドームにすっぽり覆われているが、中から空が一望できる。
その夜は、頭上に三日月が爛々と輝いていた。
中央のステージにはシャングランドで今一番人気の女性歌手が立っており、出席者の多くが歌姫の歌声に芝の上で談笑することも忘れて熱狂していた。
とそこへ、一際異彩を放つ女性が姿を現した。
両側頭部の髪を三つ編みにし、それを額で結んでおり、身長は170センチほどとかなり長身。
固まりかけたマグマのような髪色と空に浮かぶ三日月と並ぶほどの煌めいた瞳、それと対になるような漆黒のドレスを着た長身の女性に何人かの出席者の目は釘付けになった。
彼女こそがベアトリーチェ・カパルディ。
❝最神議会❞の一角で、並存世界との交渉全般を行なっている、❝クロノス❞だ。
後ろに4人の男のボディーガードを侍らせたクロノスは、宴の席には興味がないようだ。
ステージ上の歌手に見向きもしない。
『工業局副局長は?もう来ているの?』
『はい。奥の部屋でお待ちです。』
イタリア語でボディーガードに歩きながら耳打ちすると、クロノスは一人だけ随行させステージ脇のドアに入っていった。
「Signore ガネーク, Buona sera.(こんばんは、ガネークさん。)」
ガネーク氏は30代前半という若輩ながらも工業分野の高級官僚に選ばれた優秀な人材だ。
だが彼自身、望んでこの役職に任命されたわけではない。
ついひと月ほど前まで、彼は資源管理省事務次官だった。
降格させられたのだ。
クロノスの、鶴の一声によって・・・。
「クロノス様、よく来てくれました。」
握手で迎え入れたガネーク氏は間髪入れず続けた。
「私にあんなマネしておいて、よく顔出せましたね?」
クロノスの手を握るガネーク氏の力が強くなり、❝ギリリ・・・!❞と鳴る。
だがクロノスは表情一つ変えず・・・。
「親のコネで相応しくない権力を手に入れた小僧に身の程を分からせただけ。世の中決して甘くない。いいお勉強になっただろ?」
「くっ・・・!!!」
脅しは通用しない。
そう観念したガネーク氏は手を離し、ソファに力無く座った。
彼を鼻で笑い、クロノスは同行したボディーガードに告げる。
『商談前に化粧直しを済ませたい。ここで彼らを見ててくれるか?』
『目を光らせ、妙なことをするようなら・・・射貫きます。』
❝フフッ・・・。❞と笑った後、クロノスはボディーガードのセミロングの金髪を人差し指で優しくねじる。
『いつも頼もしいな。ケイローンは。』
クロノスは商談室の奥の階段を下った先のパウダールームに入った。
ペールオレンジの照明が光る、心休まる空間だ。
鏡台に座り、口紅を塗るクロノス。
しかしすぐに、その手が止まった。
『フッ・・・。これはこれは。ずいぶん懐かしい客人じゃないか。』
スクっと立ち上がり、後ろを振り向くクロノス。
目の前の暗がりから出て来る二つの人影。
『完全に気配を消したつもりだったんだがな・・・。』
『さすが。全然耄碌してない。』
『甘く見てもらっては困るな。これでも世界の影の支配者の一柱だぞ?』
パウダールームの中心の、円状のソファに座り、クロノスは舐めるような視線を、目の前の二人に向ける。
『私を殺しに来たのだろう?頼太、美玲。』




