第63咬―穏崩る
令鎖を見せられた頼太と美玲は、今までにないほど激しく動揺した。
持ち主の意に反すれば、その者の気分次第で下手をすれば特刑処分・・・死刑だ。
しかしここでベアトリーチェ・カパルディ・・・クロノスを殺す依頼を受けてしまえば、オルトロスの❝晴らせぬ怨みを抱かせた者のみを殺す。❞という理念は、水泡へと帰してしまう。
生殺与奪を握る鎖を持つ者におとなしく飼われるか?
それとも己が信条に従い、死ぬ覚悟で拒む選択を取るか?
導き出した答えは・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
『令鎖を見せられたところで、オルトロスの仕事のやり方は変えない。何の怨みもないんだったら、他の殺し屋を当たってくれ。』
頼太は身を引く選択を取った。
美玲も彼の言葉に頷いた。
この時二人は、アベルからどのような沙汰が飛んでも良い覚悟を持っていた。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
『そうか。無理強いを迫って悪かった。』
アベルは令鎖をポケットにしまうと、コーヒーの最後の一杯を飲みソファを立った。
『え?ちょっと・・・。』
『私はこう見えて自由な意思を尊重するタイプなんだ。君達がそこまでの覚悟を持ってまで断るというならもう何も言わない。この仕事は他の者に頼むとしよう。』
コートを羽織りながら玄関まで歩くアベルと、彼に随伴するラミアを頼太と美玲は見送りに行った。
『コーヒーをごちそうさま。いい深みだったよ。』
アベルがそう言い残し、二人は家を後にした。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「はぁ~・・・!!!しんどかったぁ~!!!」
緊張の糸が一気に切れて、頼太は壁にもたれかかった。
「令鎖を出された時は生きた心地しなかったね?」
「全くだよ!!ったく!エキドナのヤロ~あんなヤツに貸し出すなんて何考えてんだ!?ぜってぇ今度文句言ってやる。」
「緊張したらお腹減った。早くなんか作れ?」
「今の俺の状況見てよくそんなこと言えんな?」
安堵して再び軽口を叩き合う頼太と美玲。
一方、家の外では車に乗り込んだアベルが運転するラミアと話し合っていた。
『キシッ。引き下がって、よろしいので?』
『言っただろう?私は自由を尊重するタイプだと。ならば向こうから承諾するようにすればいい。』
『何か、するので?』
『獣を従わせるのに言葉は要らない。必要なのは・・・鞭と餌だ。』
アベルはスマホを取り出すと、何処かへ連絡した。
『私だ。明日日本を通る便はないか?』
◇◇◇
昨日は何とか穏便に済んだとは言え、アベル本当に引き下がる気にはなったのか?
あ~ダメだ。
な~んかソワソワして、授業に集中できん。
やっぱ今日の夕方にでもエキドナんトコに行くか。
ちょっとは安心するだろうし。
「犬飼。」
「はい!?」
「例題1のこの式、他に解き方があるけど分かる?」
「え~っと・・・どこ、ですか?」
「ま~た聞いてなかったろ~?犬飼だけ難しくしてやろうか今度の期末?」
「そっ、それだけはご勘弁を!!」
クラスでドッと笑いが起きる。
ひっ~恥ずかしい~・・・!!
❝ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ・・・!!!❞
ん?
なんだこの音?
「先生!!あれッッッ!!!」
クラスの誰かがそう言った瞬間、激しい閃光とともに熱気が襲ってきた。
◇◇◇
「クゥ・・・。クゥ・・・。」
「せんせぇ~!犬飼さんが今日も居眠りしてまぁ~す!」
「はぁ・・・。これで全国模試10位圏内で、学年ベスト5なんだからねぇ・・・。」
「いくら成績良くて内申免除でも、たまには起こしてもいいと思いますよ?』
「そうねぇ~・・・。」
「ん・・・?」
「あっ・・・!!犬飼さん!!起こしに行く前に起きたよ・・・。ちょうどいいわ。この漢文を現代語に訳してくれない?」
「ーーーン音・・・?」
「え?なに?」
「エンジン音・・・?」
❝ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ・・・!!!❞
◇◇◇
速報です。
本日10時過ぎ、成田空港発ニューヨーク行の国際便が神奈川県立の高校に墜落、炎上しました。
この事故で、搭乗していた乗客及び乗組員は全員死亡しました。
墜落現場となった高校でも死者・重軽傷者が少なくとも数百人にまでのぼっていることで、消防による大規模な救助活動が未だに行なわれています。
そして、墜落した機体にはフランスの大手自動車メーカー『シャリエ』が開発した新型のAIエンジンが搭載されており、プログラムに何らかのサイバー攻撃がされたことが墜落原因になったのではないかという見解が同社からなされております。