第62咬―令の鎖
とりあえず、アベル・シャリエには自宅に上がってもらった。
殺しの依頼とあらば、彼からじっくり話を聞かねばならないからだ。
ボディーガード達には外で待ってもらったが、一人だけ、髪が背中まで伸びて、目も前髪で隠れてしまってる薄気味悪い女が同行した。
コイツが彼の懐刀っていったところか・・・。
『コーヒーで良かったですか?』
『ありがとう。できたらミルクと砂糖もくれるかな?』
『分かりました。そちらの彼女は?』
『・・・・・・・。』
返事ナシ・・・か。
『そっけないね。』
美玲が言うと、女は「キシシッ・・・。」と変な笑いをした。
『なによ?』
『獣臭のするブスに言われてもなぁ~・・・。』
・・・・・・・。
・・・・・・・。
『メンヘラかよ。』
美玲が女に掴みかかろうとして、彼女もそれに乗っかろうとしたため場の空気が一気にピリついた。
『態度を慎めラミア。』
『キッ・・・!はい。』
アベルが静かだが強い口調で女を制した。
ラミア。
下半身がヘビの女の怪物。
この女、オルトロスと同じ、称持ちの殺し屋か?
『すまないね。ウチの雇い人が。』
『こちらもおたくに対して無礼をはたらいたのでどうか気になさらず。それで、ご依頼でしたよね?標的は?』
『❝ベアトリーチェ・カパルディ❞。』
・・・・・・・。
・・・・・・・。
『今なんて言いました?』
『ベアトリーチェ・カパルディ。知っているだろう。』
知ってるどころの話じゃない。
彼女の名前が出た瞬間、俺はこの男の正気を疑った。
❝最神議会❞
国際社会の影の支配者と呼ばれる伝説の秘密結社。
彼らは世界経済を裏で牛耳ることによって、有史以来から強大な権力を持つ者達の集まりだ。
話によると、並存世界への入口を見つけたのも彼ら。
全員表向きの顔は世界的大企業の会長やメガバンクの頭取で、様々な国の最高神の名がコードネームとして与えられている。
ベアトリーチェ・カパルディはイタリア発祥の国際投資ファンドの会長。
冠する名前は、❝クロノス❞。
ギリシャ神話の神々の王でありながらも、豊穣の象徴として崇められた存在だ。
彼女もその名に負けぬほど、豪快でありながらも基本的には穏健派。
言ってしまえば、必要とあらば強硬手段に打って出れるタイプのリーダーだ。
『よほど汚い仕打ちを受けたようで?』
美玲の問いかけに、アダムはキョトンとした。
『何がだ?』
『だってアダムさん。ベアトリーチェ・カパルディ・・・クロノスは何にもない時は優しいですけど、たまに謀略で目的を達成する女性ですよ?並存世界の国の代表との交渉も彼女の担当ですけどなんか結っ~構あくどいことしてて、向こうからも食わせモンだって思われてるみたいじゃないですか。』
『ああ。誤解しないよう断っておくが私は彼女に・・・一切の怨みはない。』
『え・・・?』
すごく意外な言葉に頭が真っ白になってる俺達に構わず、アベルは語り出した。
『彼女が並存世界のお偉方と行なってる交渉について、私は少々生ぬるいと思っていてね。並存世界の資源をこちら側に輸出することと、魔科を我々の科学力に転用することは、この世界の発展にとっては重要事項だ。しかし、彼女のやり方ではそれに至るまでの道のりがあまりに長すぎる。私ならもっと短時間で進められるのがね・・・。』
つまりこの男・・・。
クロノスを俺らに殺させ、自分が取って代わろうって魂胆か。
『この話はなかったことに。』
『それは何故だい?』
『オルトロスは誰かの野心のために仕事をするんじゃないのでね。どれだけ金を積まれようとも、なんの怨みも持ってない相手を殺るのはオルトロスの殺し屋としての本分にとって、最大の禁忌なんだ。』
アベルか顔色一つ変えず、俺が淹れたコーヒーに砂糖とミルクをひとさじずつ入れ、カップに口を付ける。
『そう言うと思ったよ。』
『はい?』
『オルトロスならこの仕事を断ると思っていた。強い信念の持ち主だからね。』
『知ってたんだ?』
『エキドナから聞いたからね。』
最初から分かっていたのか?
『だったら話は早いよね?余所を当たって・・・。』
帰るよう促した美玲の言葉を、アベルは手を少し上げて制止した。
『だがその信念こそが、この仕事を成功へと導ける。私は君達をどうしても雇いたい。だからエキドナから、これを預かってきた。』
アベルが胸ポケットから取り出したモノ。
それを見た瞬間、俺はおろか美玲すらも動揺した。
頭二つの狼が刻まれた大きさ10cmのボックスに、小さな鎖が付いたチェーンタイプのアクセサリー
『これが何か分かるか?』
『❝令鎖❞・・・!!』
これは各殺し屋クランが管理する貸し出しアイテムで、これを使えば対象の殺し屋に対して絶対不可の命令を下すことができる。
箱の中に入ってるのは・・・その殺し屋の身体の一部。
アベルは箱を開けて、中のモノを俺らに見せてきた。
『いいか?これは君達2人の歯だ。これを持っているということは、私と君達の間には、目には見えないが強い絆で結ばれている証拠。私にはオルトロスを飼い慣らす権利がある。』
令鎖の持ち主に、ブギーズは逆らえない。
逆らえば、持ち主の気分次第によっては特刑処分・・・死刑だ。
『もう一度聞く、オルトロス。私に飼われる気はあるか?』




