第6咬―愚兎
通りで車が止まった。
高級クラシックカーのような造形だが魔科技術が使われており、車輪にあたるところに刻印が施されていて、反重力で浮遊するようになっている。
ドアが開き、男が4人降車した。
全員悪党ぶった格好をしており、リーダー格と思しき男はサングラスをかけている。
自動ドアが開いて中に入ると、『従業員専用』と書かれたドアの前に立ち、ドアノブ横にある穴にコインを入れた。
並存世界の裏社会で流通しているコインだ。
カギが開くや否や、男達はズカズカ中に入った。
「こんばんわ~。」
リーダー格の男が、部屋の奥のデスクに座って帳簿を付けている40代半ばくらいの短髪の男にふざけた態度で挨拶した。
「よぉ時岐山。近頃どうよ?」
ヘラヘラしながらこの店の主である異世界人、時岐山に話しかけたリーダー格の男。
だけど彼は背を向けたまま、一切返事をしない。
「いつも通り無作法なオッサンだな。まぁいいや。」
男の取り巻きの一人が懐から刻印が刻まれた、SDカードに似たような物を出した。
「また頼むぜ?両替。」
時岐山の表向きの仕事は金物屋だが、裏ではこの男達が強奪したマプトン決済の貨幣コードを、コインに換金していた。
いつもだったら彼らからカードを受け取り、面倒そうにコインに換える時岐山。
だけど今の彼は、男の注文を無視して、デスクで帳簿を付き続けた。
「おい、何無視してんだよ?あ?」
男が高圧的になっても、時岐山は頑として耳を貸そうとしなかった。
そればかりか・・・。
「帰ってくれないか?忙しんだ。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「はぁ~?」
予想外の返しに、リーダー格の男は更にイラついた。
「それとお前らとの商売は金輪際ナシだ。回れ右してとっとと帰れ。」
背を向けたまま邪険に扱う時岐山に、リーダー格の男は我慢できず、殴りかかろうとした。
「テメェなにふざけたこと抜かし・・・ぐほっ?!?!」
時岐山は急に立ち上がり、リーダー格の男の腹を殴った。
「ぐほっ・・・!!ごほぉ・・・!!」
腹を押さえて口から黄色い吐しゃ物を吐いて悶絶する男。
男の取り巻き達が一斉に銃を抜き、周りで作業していた時岐山の部下達が彼らの周りを囲み、空気が張り詰める。
「お前ら・・・。この前デカい仕事の肝だったトカゲの尻尾をムカついてブチ殺したって吹いてたよな?」
「そっ、それがなんだよ!?たまたまソイツの親父が❝パラヘヴ金融❞のシステム管理やってたから、アクセス権をよこせつったらあの野郎・・・❝父さんに苦しい思いをさせたくない。❞ってほざきやがってよ。ボコって言うこと聞かせようとしても頑固だったからブチっときてそのまま殴り殺して川に捨ててやったよ!!現場見に行ったけど傑作だったぜ!顔のイイ奴がブクブクに膨らんでるのはなぁ。しかも遠くからでも臭ぇのwww!」
「そのテメェらのストレス発散で殺された奴の父親がな、よりにもよってとんでもない奴と関わっちまったんだよ!!アイツ等とは元の世界で少しばかり付き合いがあった。お前なんかと関わってると俺の命もヤバい!だから俺の店からさっさっと出てけッッッ!!!」
うずくまる男を、時岐山は更に蹴り飛ばした。
勢いよく壁に激突したリーダー格の男は、取り巻き達に支えられて時岐山の事務所から退散した。
「テメェなんかアニキに頼んでブチ殺してもらうかんなこの異世界人ッッッ!!!」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「テメェの兄貴分も俺と同じじゃねぇか。助けてくれると思うなよ。」
30分程経ち、時岐山に電話がかかってきた。
「はい時岐山です。」
「叢国だ。」
「お世話になっております。」
「弟分の注文を断った挙句に殴って店から追い出したってのは本当か?」
「はい。事実です。」
「ワケを聞かせてもらおうか?」
言葉に怒気が混ざってる叢国に、時岐山は萎縮しながら答えた。
だがそれは、電話の向こうの彼に怯えたからではない。
「エラルドとその仲間が、闇バイトで使ってた若者を殺して、川に捨てたって話は知ってますよね?」
「それがどうした?」
「実はオルトロスが今夜並存世界に来て、その父親が、奴等に殺しを頼み込みました。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「ああ・・・。」
時岐山の報せに、叢国は露骨に頭を抱えた。