第58咬―送り狼
マリサムを殺した俺は、その首を前足で戦利品みたいに押さえてるルビガロカのところに行った。
ゆっくりと歩み寄る俺に、ルビガロカは穏やかな眼差しを向けている。
やっと家族の無念と自分の怨みが晴れたことへの安堵か。
それとも憎い人間を殺した俺への感謝か・・・。
コイツには言葉が通じる。
だけど俺にはコイツの細かい感情が分からない。
感情のやり取りが、結局は一方通行に近いんだ。
どうにももどかしくて、やるせない。
「見てのとおり、お仕事キッチリやりましたよ。お客さん?」
❝・・・・・・・。❞
「そうか・・・。」って言ってるのか、そっと瞬きした。
「お前さん・・・もうすぐなんだろ?」
首の傷から血がどんどん地面に流れてくる。
おそらく・・・ダメなんだろう・・・。
「怖いか?死ぬのが。」
ゆっくり首を横に振る。
「そっか・・・。」
家族のトコに行けるんだ。
怖いことなんかないか・・・。
だけど・・・なんか・・・。
「よっ、と・・・。」
うつ伏せになってるルビガロカの腹にもたれかかった。
「一人で死ぬのは寂しいだろ?一緒にいてやるよ。オオカミどうし。」
反応ナシ・・・。
イエスってことなんだろう。
「こんな時、アメリカの戦争モノの映画だったら葉巻の一本でも吸うもんだが、俺はまだ未成年だしなぁ~・・・。」
「ん。」
美玲が俺になんか差し出してきた。
チュッパチャップスのコーラ味。
「タバコじゃねぇのかよ。」
「未成年は禁煙。それに好きでしょ?コーラ味。」
「まぁ、そうだけど・・・。とりあえずありがと。」
包みをめくって、パクっと口に入れて、中に転がす。
・・・・・・・。
悪くないな。
「そうだ腕刃。折れたヤツだけど一応返しとく。」
刀代わりに使った腕刃を差し出すと、ルビガロカは大きな鼻息で拒否った。
「やっ、やっぱいらないよな・・・。じゃあこれは、お前さんの墓石代わりにでもしとく。一夜だったけど依頼人だ。丁重に供養してやりたい。」
ッッッ?!?!
また鼻息で拒否った!?
なんでだ!?
「俺なにか気に障るようなこと言った?」
俺が聞くと、ルビガロカはまだ動く頭を、腕刃に擦り付けてきた。
「えっ、ちょっ・・・。」
どういう意図があっての行動だ?
「俺の身体と一緒に使えって?」
美玲の質問に、ルビガロカは頷くように❝グゥ・・・。❞と唸った。
「そっ・・・!!それはいくらなんでも・・・!!昨日壊した木刀のお詫びのつもり!?だとしたら余計なお世話・・・」
❝グルル・・・!❞
ッッッ!!!
異論は認めんってか・・・。
「でもなんで・・・。」
「食いたくなったんじゃない?色んな人の怨み。」
「そっ、そうなのか・・・?」
❝・・・・・・・。❞
沈黙。
「美玲、それがコイツの本心か?」
「さぁ?私はただ多分そうかもって思ったことを聞いただけ。リアクションしないってことは、大体合ってんじゃない?」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「分かった。そっちがいいならその身体、俺の剣にしてやるよ。アンタと、アンタの家族が背負ったような怨み・・・アンタの身体でまとめて喰い殺す。それでいいか?」
❝・・・・・・・。ガァゥ・・・。❞
少し弾むようなひと鳴きをした直後、背中伝いに感じてたルビガロカの身体の揺れが、ピタリと止んだ。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「なぁ美玲。」
「なに?」
「コイツ・・・満足できたと思うか?」
「くどいけど私には動物の感情なんか分かんない。いくら考えたって、人間とは違うんだから。」
「そう言うと思ったよ・・・。」
「だけど・・・そう信じたいって思えるほどの状況証拠はたくさんある。だったら満足したって信じても、バチは当たんないよ。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「なら良かった。」
一旦出して、もう一回カコっと口に入れたコーラのチュッパチャップスが、さっきより酸っぱくなってるような気がした。
ったく。
いつの間に味変したんだよ?
泣きそうだわ。