第41咬―品評会
夜の雲海をまさに海の水面を滑るように航空する飛行船。
ガレオン船と瓜二つに造られたその船は、船底の竜骨部に反重力機構を備えた魔科技術が用いられ、同じく魔科で編まれた帆はジェット気流をも正確に捉え、船を守るシールドを発生させる役割も担っていた。
船の中心部の大広間では、現代世界の富裕層による大規模なパーティが催され、彼らはそれぞれのグループで会話を弾ませていた。
『あなたはハクトウワシ型ですか。』
『我が国の国鳥ですもの。見て下さいこの羽毛の煌めき!わたくし、十分優勝圏内に入っているんじゃありませんか?』
『にしても、1ヵ月前にあんなことがあったのに、よくこんな集まりを企画しましたね。これの船主。』
『父親を殺されてご傷心ですから、盛り上がりたいのでしょう。』
『いやしかし・・・事情が事情なだけ・・・ねぇ。』
『すでに終わったことですよ?わたくし達が怯える必要はありませぇ~ん!!』
女のセレブは笑いながらも上品にテーブルのケーキを食した。
彼女の横には、首輪で繋がれた半人半鳥の少年。
この船で催されるのは、混獣人種の品評会。
企画した船主の名は、レグルス=ロッド。
レオンハルトファミリーのボスだった、ドミニク=ロッドの一人息子だ。
◇◇◇
『レグルスさん。船長から、自動操縦の設定が完了したと。』
『そうか。じゃあ俺らもとっととズラかるぞ。』
『あの・・・!!』
席から立とうとしたレグルスを、子分が制止した。
『なんだ?』
『いいんですかね?こんな・・・生贄差し出すようなマネして・・・。』
『奴等の今回の獲物は親父の品を買い取った金持ちどもだ。そいつらを誘い出しさえすれば、俺らのことを見逃すって言ってくれたんだ。』
『でもこの船はもちろん!!集まったのは生前の親父様と懇意にしてた太客たちですよ!?どれもあなたにとって大切な資産じゃないですか!!』
『資産・・・ねぇ?』
タバコを巻いて火を付けると、レグルスは紫煙を吹かして子分に詰め寄った。
『俺が組織を継がず、親父の遺した金を全部この船に溶かしたのは何でか話したよな?親父を殺したあの・・・頭二つの化け狼とこれ以上関わりたくないからだよ。俺はなぁ~牙で身体ズタズタにされんのは真っ平ゴメンだ!あの末恐ろしい!!イカレた・・・!!!』
❝ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリン!!!❞
船主室の電話のベルが鳴り、ビクンとしたレグルスは恐る恐る受話器を取った。
「Hello?」
『協力どうも。見ていきたかったらお好きに。』
若い女の声でそう言われると、レグルスは一方的に電話を切られた。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「Orthros・・・!!!」
◇◇◇
『そういえばオーナーはまだか?もう船に乗って結構立つぞ。』
『そう、ですね・・・。もう始めてもいい頃なのに・・・。』
品評会の開始が遅れていることに会場がざわつきだした頃、主催者が立つべきステージに、2人の男女が登壇した。
『何かしら?』
『ティーンエイジャー?日本人か?』
予期せぬ事態に困惑する中、男の方が口を開いた。
『え~皆様ッッッ!!!今回のスカイクルーズご参加いただき、誠にありがとうございます!!船のオーナーに代わりまして、心からお礼を申し上げます!!え~大変恐縮なのですがっ!!ここから晩餐会に入らせて頂きますッッッ!!!』
『晩餐会!?品評会のはずだろう!?』
『船のオーナーはどうした!?』
『そもそもあなた達誰なのよ!?』
セレブ達からブーイングを浴びながら、男は腰に差した木刀をゆっくりと抜いた。
『俺達はオルトロス。ここは俺らの晩餐会。メニューは・・・テメェら全員だ。バ金持ち。』
殺し屋オルトロス。
犬飼頼太と犬飼美玲は、木刀と拳を振り上げ、セレブ達に襲い掛かった。
未だに状況を理解できないまま、会場を逃げ回るセレブ達を頼太と美玲はそれぞれ、木刀で斬り、拳で潰し、容赦なく、悉く殺し回った。
『ひっ・・・ひぃ!!!なっ、なんでこんn・・・ぐぇは・・・?!?!』
『どっ、ドレスが足に引っ掛かって・・・ごぐぼぇ・・・?!?!』
セレブ達の護衛に就いていたボディーガード達が急いでアサルトライフルで応戦する。
「ウザったい。まとめて串焼きにする。」
「美玲なに言って・・・ちょっ?!?!」
美玲がパイプオルガンのパイプを壁からブッコ抜いて、ボディーガード達を手当たり次第に串刺しにしていった。
「はい。❝黒服串アメリカ風❞の完成~。」
「お前よくそんなエッグいことできんな・・・。」
「そんなことより、金持ち逃げてくよ?」
見ると大広間の出口に、セレブ達が殺到していた。
「おっといけね!そろそろ〆にするか!!」
頼太は木刀の切っ先を奥に引いて、「すぅ~・・・!!」と深呼吸した。
「❝護主命絶流・面穿ち❞ッッッ!!!」
頼太が木刀を突くと、切っ先から大きな鎌風が飛び出し、出口に殺到するセレブ達の胸から上を大きく抉った。
「ふぅ~・・・!!怨み、喰わせて頂きました。」
◇◇◇
レグルスの部屋のドアが開いて、全身返り血に染まった頼太と美玲が入ってきた。
おぞましい様相にたじろく子分と正反対に、レグルスはデスクに着いて堂々と2人を見据える。
『済んだ・・・のか?』
『まぁな。』
頼太が答えると、レグルスはグラス2つにバーボンを注いで差し出した。
『俺らまだ17。未成年だぜ?』
『お酒は二十歳になってから。』
そう言われてレグルスは、バーボンの入ったグラスの内一つを子分に渡した。
『それシャバで飲む最後の一杯かもよ~?』
『どういう意味だ?』
『地元警察にここ教えた。もうちょっとで来る。』
怒りと焦りで子分は美玲に銃を突きつけようとしたが、頼太に首筋に木刀を当てられ固まった。
『なんだったら船ごと落とそうか?お前らの首。』
子分は床に銃を落とし、レグルスも力が抜けてデスクに深々と座り込んだ。
『分かればいいんだよ分かれば。じゃあ俺らは戻って子どもらの面倒見とく。逃げんのはいいが妙なことしたら・・・分かってんな?』
・・・・・・・。
・・・・・・・。
『お前らに喰われるよりサツに捕まった方がよっぽどマシだ・・・。』
頼太はフッと笑って、2人揃って部屋を後にした。
「そいじゃ、助けた子ども達のことは任せたよ?頼太。」
「お前も手伝うんだよ!!アフターケアの練習!!」
「私は、仮眠取る・・・。ふぁ~・・・寝み・・・。」
「ゆっくり客室に入ろうとすな!!」
「フガっ・・・?!」
眠け眼の美玲の脳天を、頼太は手刀で叩いた。