第39咬―怨殺
手下を全員殺られ、裏切られた腹心に片目を撃たれたアメリカ東海岸を牛耳るマフィア、レオンハルトファミリーのボス、ドミニク=ロッドは這う這うの体で倉庫を目指す。
鮮明に浮かんだ、自分が助かるビジョンを心の支えにして。
そんな彼の後ろを、頼太は速足で歩きながら追いかける。
真顔であるが、目の底に自分から逃げるこの男を仕留める、という絶対的意志を秘めながら。
「はぁ・・・!!はぁ・・・!!はぁ・・・!!」
やっとの思いで倉庫に着いたドミニクは、搬入口の大きな鉄扉を開けて中に飛び込んだ。
『オルトロスが来たッッッ!!!殺、せ・・・?』
ドミニクは愕然とした。
倉庫で荷の搬出をしていたはずの組員が、全員死体となって転がっていたからだ。
中にはほぼ原型を留めておらず、スクランブルエッグのように平たい肉塊になっている者もおり、ドミニクはここで何があったか、想像するのを本能的にやめた。
まるで自分の未来を暗示しているようで・・・。
『思ったよりヒドイ格好だね?目どした?』
奥の暗闇から、返り血にまみれた美玲が姿を現す。
『おっ、お前がウチの連中を・・・。』
『クルーズはキャンセル。残念だね。』
『こっ、こんなことして!!エキドナが許すと思ってんのか?!?!』
『エキドナの与太話をまだ信じるなんてお前もバカだな~!』
『掟を破った奴が許されるはずない。頭めでた過ぎ。』
『というワケでドミニク=ロッド。アンタの特刑はオルトロスが執行する。仕事のついでとして。』
『よろ。』
『ッッッ・・・!!!』
・・・・・・・。
・・・・・・・。
『ちょっ、ちょっと待てッッッ!!!』
近寄ろうとした頼太と美玲を、ドミニクは声を荒げて制止した。
『今ここで私を殺したところで、お前らに何の得があると!?』
『なんか語るってんなら、一応聞いてやる。話せよ。』
『この世界は・・・理不尽で成り立っている!!上級国民の子が人を車で轢いたところで軽い罪にしかならない。ヤクザの抗争で誰かが流れ弾に当たって死んでも、遺族は報復を恐れた警察や裁判所に軽くあしらわれる。自分が長年ファンだった有名人がネットの誹謗中傷で自殺しても罪に問われるのはその一握り・・・。他にも挙げたらキリがない!!今ここで私を殺したところで世の中に風穴を開けることすらできないんだぞッッッ!!!無意味だと思わないのか!?虚しくはならないのか?!?!』
・・・・・・・。
・・・・・・・。
『俺達のやってることは、確かに虚しい。どれだけ頑張ったところで、この世界からクソみたいな理不尽が完全に消えるワケじゃない。みんなが平等に報われる世界を作るのになんの足しにもならない。』
『そうだろ!?だったら引き下がったらどうだ!?殺し屋らしく、贅沢のために殺しをしたらどうだ?!?!』
『できるか。』
『なっ・・・!!』
『平等な世界の実現には届かない。でもそれは、オルトロスの殺しを止める理由にはならない。何も俺達は、理想とか平和とか、そんな御大層な理由でやってるワケじゃない。理不尽に遭って、どうしようもない怨みを持った人間の無念を、金を貰って代わりに晴らしてやってるだけだ。アンタの言う通り、この世界はどうしようもないほど理不尽で、不平等だよ。だけどな、泣き寝入りすんのが嫌で、金払ってでも助けを求めた人間のことを放っておくのはダメだろ?依頼人の覚悟と身の丈に合った報酬。オルトロスがこんなことやる理由はそれで十分だ。なぁ?美玲。』
『全員が逃げ切れるワケじゃない。世の中を変えるよりそれを教えてやった方が現実的。私らは活動家でも、慈善家でもない。ただの殺し屋。』
頼太と美玲は互いに目配せした後、ドミニクに視線を同時に向けた。
『オルトロスは、誰かの怨みを殺す。これからも。』
『この世界がオルトロスの新しい狩り場。誰にも邪魔させない。っつかできない。』
頼太と美玲は一斉に踏み込み、ドミニクはいっそ死ぬならとファイティングポーズを取った。
しかし・・・。
『ごぼぉぇ・・・!!』
当然敵うわけもなく、頼太と美玲。それぞれに両胸を木刀と拳で貫かれた。
「「怨み、喰わせていただきます。」」
頼太と美玲は木刀と拳を横に引き、中央だけでグラグラの胴体になったドミニクは宙を側転しながらグキッと首からコンクリートに落下した。
その様はまるで、双頭の狼が、巨大な獲物の胴を喰い千切ることを彷彿とさせた。