第33咬―破掟
宿場のミーティングルームに戻って、俺は組織専属の医者に美玲を診てもらった。
「いてっ。」
「あんまり動かないで。体内の弾丸が見えなくなるから。」
「ねぇ先生。自然に出るの待つのじゃダメ?」
「そんなのダメに決まってるだろ?尿管結石じゃあるまいし。」
「はぁ・・・。」
ソファで横になった美玲はため息を吐いた。
ってか十分過ぎるほど我慢してんじゃん。
脇腹に鉗子突っ込まれてんのに「いてっ。」の一言で済ましてんだから。
しかも麻酔かかってないんだよ?
これ以上欲張んな!
「よし!取り出せたよ。」
鉄皿に『カラン』と先端がベッコリ凹んだ弾が落ちた。
「並存世界で撃たれて運が良かったね。もし日本だったら君・・・半分以上の確率で死んでたよ。」
「ひぇ~・・・。」
「ひぇ~・・・。」じゃねぇよ!!
もっとビビれよ!
「幸い回復まで一週間もかからないと思うけど、可能な限り安静にするように。だけど早い内に仕事を片付けたいんなら痛み止め出すよ。副作用が強くて値も張るけど。」
「そうなん?ならコレで大丈夫。」
美玲が見せたのはイブクイックだった。
「そっ、そう・・・。」
市販の解熱鎮痛剤を出されて先生も困惑してた。
「んんっ・・・。」
枕代わりにしてるソファの肘掛けに柴犬っ子が両手をちょこんと置いた。
美玲を眺めるその瞳は、なんだかすごく心配してるように感じた。
「ごめんね。不安にさせちゃって。」
美玲が頭を撫でてやると、柴犬っ子はその手を頭に押し付けて、美玲の温もりを噛み締めた。
「でも大丈夫。私、不死身だから。」
普通のヤツだったらすごい強がりに思えるけど、コイツが言うんだったら違う。
コイツを殺すことなんて、俺でも絶対無理だ。
それだけ美玲は恐ろしいし、それでいて頼りになる。
それより俺は、いつの間にかこの子にとって俺達がそこまで大事なモンになってしまったことに、ちょっと心苦しかった。
どうしたものかね。
一体・・・。
◇◇◇
縫合してもらってから医者には帰ってもらい、今夜はひとまず寝ることにした。
何分少し無茶し過ぎたからな。
明日になったら丸一日かけて連中を一気に狩り獲ることにしよう。
そう考えて眠りについてから一時間ほど経った時、ドアが開く気配がした。
「頼太。」
横のベッドで寝てた美玲が話しかける。
どうやらコイツも気配に気づいたらしい。
「俺が見てくる。お前はこの子を。ケガ人には十分な役目だろ?」
「指一本でも触れたらぐちゃぐちゃにしてやる。」
「おお~おっかねぇ~!じゃ、頼むな。」
真ん中で寝てた柴犬っ子を美玲に任せて、俺は木刀を持ってミーティングルームの下の階に降りた。
やっぱりドアが開いてる・・・。
静かだから向こうはおそらく三人以下。
レオンハルトの連中はあんな目に遭ったばかりだから仕掛けて来るとは考えにくい。
となると、有り得るのは・・・。
「オルトロスぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
慟哭とともにグロックのフルオートの銃声がし、俺は物陰に急いで隠れた。
「やっぱテメェか!!ドミニクんトコのボディーガード!!」
「女の方は手負いでやり合えんのはお前だけだ!!だったらこのチャンス・・・逃すワケにはいかないからよぉ!!!」
ボディーガードは部屋中にグロックを乱射して俺をあぶり出そうとする。
「親父たちの仇・・・ここで絶対取るッッッ!!!覚悟しろクソ犬どもッッッ!!!」
仇・・・ね。
「なぁお前!任侠道を貫こうって心意気はいいけどよ!自分らがやってきたこともう一片振り返ってみな!?」
俺と美玲がオルトロスの名前を貰うことになった仕事。
その標的になった暴力団は若いヤツ相手に新作のヤバいドラッグを売ってシノギにしてた。
中毒性が高く、すぐにトリップできて、おまけに尿検査に引っ掛かりにくい極めて厄介な代物だった。
あの時は東京の非行少年が行政さえも頭を抱える程に激増した時期だった。
家庭が上手くいってなくて外の世界に飛び出した、俺達と年が同じの子ども達を連中は根こそぎ食い物にして、それを元手に組を拡大させ、ついには本家にとって代わるほどの力を手に入れた。
エキドナによれば、本家に頼まれて殺し屋を差し向けたが四人返り討ちに遭って、これは称持ちの殺し屋昇格の試験にもってこいと判断したから、俺達に白羽の矢が立てることにしたらしい。
「クスリなんかに手を出すバカガキ共がいけないんだろうが!!親と上手くいってない!?そんなん知るか!!俺の組がデカくなったのはそんなバカガキ共に心の癒しを提供しただけに結果だ!!むしろ感謝してもらいたいねッッッ!!!」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「お前が親含む組員の仇を取るって聞いて、正直なトコ申し訳ないって思ってたんだわ!だって俺達の仕事は、人様の怨みを代わりに晴らすことだからな。だけど今のセリフ聞いてモヤモヤがスッキリしたよ!」
俺は隠れるのを止めて木刀を構えて飛び出した。
「ぐっ・・・!!」
男はグロックを俺に向けたけど・・・遅い。
「お前には同情の余地なんかないッッッ!!!」
銃を持つ利き腕を、俺は木刀で肩から少し下だけ残して斬り飛ばした。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
絶叫しながら男は血をまき散らして床でのたうち回った。
「ここに来るのを、ドミニクには言ってねぇんだろ?」
「あっ、あんな・・・!腰抜けのジジイに・・・!俺をけしかけるだけの・・・!度胸があると・・・!思ってんのか・・・!?」
「やっぱりな。それが分かれば十分だ。出てけ。」
男は傷口を押さえて部屋を出ようとした。
「こっ、これで終わりじゃねぇからな・・・!!絶対にお前ら・・・!!ブッ殺してやるッッッ!!!」
「いいや。もう終わりだよ。いいから早く行け。」
男は荒い息を吐きながらミーティングルームを出ていった。
「捨て置いて良かったの?」
柴犬っ子をピッタリとくっつけて美玲が降りてきた。
「どうせアイツに未来はない。」
部屋に備え付けの黒電話から、俺はフロントに電話をかけた。
「もしもし。」
「もしもし。頼太だけど。へびまるちゃん、今さっきロビーに腕飛ばされたヤツ出てきたと思うんだけど・・・。」
「はい。お見かけしました。」
「そいつさ、ドミニクの雇ったボディーガードなんだけど、掟全部破ったから手配するようにエキドナに言っといて。」
「かしこまりました。素性は?」
「俺と美玲がオルトロスになるきっかけになった仕事の生き残りだって。組長のボディーガードやってたみたいだから、調べればすぐ分かると思う。」
「承知いたしました。レオンハルトファミリーの方は?」
「そっちの方は俺達で処分するよ。どうせ今回の仕事の的だったし。居所だけ分かったら教えて。」
「ではそのように。失礼いたします。」
「うん。おやすみ。」
俺はカチャンと受話器を置いた。
❝殺商の三大掟❞
1:殺しの依頼は必ず殺し屋の組織を通さなければいけない。
2:殺し屋は私怨等個人的な目的で殺しを行なってはいけない。
3:殺し屋は殺し屋の組織管轄の施設で殺しをしてはいけない。
これを破れば依頼主、仕事を請け負った殺し屋ともに厳粛な罰則が科される。
アイツはこの三つの掟を俺らへの怨みから全部破った。
下されるのはおそらく、❝特刑❞。
つまりドミニクもろとも・・・死刑。