第3咬―訪界
東京のビル街のド真ん中。
芝生にポツポツと樹が植えられた庭付きの会館が建っている。
【公益財団法人恵福の会 東京本部】
表の顔は孤児支援や森林緑化だが、その裏では孤児院の中から裏社会で生き残る見込みはありそうな活きのいい子どもを殺し屋に育てるなんて汚い仕事をやってる。
俺も美玲も、恵福の会に殺し屋として育てられた孤児だ。
もっとも俺達は、真っ当に生きてる人達の中でも飛び切りキレイな家に里子に出されたがな。
「いらっしゃいませ。ご用件は?」
受け付けに俺は、一枚のカードを置いて見せた。
頭が二つある狼が書かれた鉄のカードを・・・。
「代表がお待ちです。こちらへ。」
受け付けの裏に通されて、そのまま俺達は地下に行った。
ダクトが入り組んだ通路を進んで着いたのは、ギリシャ彫刻がされたドア。
「代表、オルトロス様がお見えになりました。」
ドアの電子ロックが解錠されて中に入って真っ先に見えたのは、長ソファに座って優雅にグラスを持つ一人の女性。
「久しぶり。私の愛しの怪物。」
「エキドナ・・・。」
俺と美玲はエキドナの向かい側に座った。
「景気はどうだね?」
「そんなネットニュース見れば分かるだろ?」
「生憎私は新聞しか見ない。だが、お前達関連の話題が表でも裏でも減ったのは知っている。」
「なら最初から聞くなよ。」
「ホント・・・。ふぁ~・・・ねみ・・・。」
「フフッ。二人とも変わらずで母親としてホッとするよ。もう少し元気な顔を見せてはどうだ?」
「アンタが寂しがるような性格なワケあるかよ。それより・・・。」
テーブルの上に、俺は手を組んでエキドナを見つめた。
「アンタが直々に呼び出すほどの話ってなんだ?」
黄金色の瞳を輝かせて、エキドナは「フフッ・・・。」と微笑んだ。
「お前達・・・仕事場を変えてみる気はないかね?」
エキドナの言葉を聞いて、俺は・・・ウンザリした。
「なるほど。日本じゃもう俺達の獲物は見つからない。だから狩場を変えろってことか・・・。」
俺の言ったことに、エキドナは眉一つ動かさない。
「で?場所は?私、ヨーロッパ辺りがいいんだけど。空気おいしそうだし。」
「そんなに遠いところじゃないさ。思い立ったらここからでも行ける。まぁ・・・他のどの国よりも遠いところだけどね。」
かなり矛盾したことを言ってくるエキドナに、俺はじれったくなった。
「いいから教えろよ。どこなんだよ新しい仕事場は。」
「異世界だ。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
異世界?
異世界ってあの異世界?
ラノベやアニメで有名な?
「エキドナ・・・。アンタいよいよボケでも始まっちまった?」
「それほど年は食ってないさ。とにかく付いてこい。歩きながら話をしよう。」
エキドナに促され、俺達は部屋の奥のドアを通り、下に続く階段に入った。
「数十年前、裏の世界のお偉い方がこの世界と並行して存在する世界への門を見つけた。その世界では❝魔科❞と呼ばれる魔法と科学が混合した独自の技術が普及していた。現実世界での商売に飽きていた裏社会の連中は、この新しく見つけたシノギに飛びついた。連中は異世界の存在を公にせず、現実世界とを往来して、独占することにした。我々恵福の会も、これに一口乗ることにした。既に子ども達の何人かは、異世界・並存世界への進出を果たしている。」
「なるほど。なんかまだ信じられないが・・・どうしてその話を俺達に振った?」
「人間というのは国どころか世界が変わってもその本質は面白いほど変わらなくてね。向こうにもいるのさ。晴らせぬ怨みを蔓延させている、オルトロスにとって恰好の獲物が。」
話し込んでる内に、俺達はオレンジのライトに照らされた部屋についた。
その中心にあるモノを見て、俺は息を飲んだ。
明らかに地球の金属でないドア枠に、青色の光の膜が張ってあった。
「これが訪界門。主にゲートと呼ばれている、世界中で24確認された並存世界への入口の一つだ。」
「これは・・・マジかよ・・・?」
「中々オシャレじゃん。」
「お前はこんな状況になってもお呑気だな。」
「それで、どうする?引き受けるかね?」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「晴らせぬ怨みを喰うのがオルトロスの仕事だ。それは日本だろうが、異世界だろが関係ない!謹んで承るとするよ。」
「良かった。それじゃ早速・・・!」
突然エキドナが俺達をゲートの前に立たせた。
「ちょっ・・・!!なんだよ!?」
「早速お前達に一件依頼が入った。初仕事頑張ってくれたまえ。」
「ウソでしょ!?」
「すごく急だね?」
「詳しいことはエカトーがいるから彼女に聞いてくれ。さぁ行くがいい!!エキドナの自慢のオルトロスよ!!」
ゲートの前に立って、俺と美玲は互いの手を握った。
「しょうがない。いっちょ一狩りしてくるか!」
「慌てず落ち着いて。オルトロスだったら、どこでだって、誰だって、やれる。」
「フッ!いいね~♪」
心配よりも楽しみの方が勝って、俺達は異世界へのゲートをくぐった。