第28咬―獅企
「全滅・・・か。」
日本に送り込んだ腕利きの組員たちが全員殺された報せを受け、レオンハルトファミリーのボス、ドミニク=ロッドは筆舌し難いといった表情をした。
「彼らほどではないですが、まだ活きのいいのは残っています。もう一度襲撃を試みては?」
「いや。何人けしかけたところで結果は見えてるだろう。はぁ~・・・。ウワサには聞いていたがこれほどとはな・・・。たかが日本のガキ2人に、俺の部下の中で一番使えるのをまとめて殺されるとはな・・・。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「いっそのこと、奴等に依頼した者を消してみては・・・。そうすれば、依頼も帳消しになるのでは?」
ドミニクの眉がピクっと動き、額から一滴の汗が流れる。
「そんなことをしてみろ。状況はよくなるばかりか、余計に悪化してしまう。」
「どういうことですか?」
「前に一度だけ、連中に依頼した人間を人質に取って、無理やり和解に持ち込もうとした奴がいたんだ。結果は決裂。そのいざこざで依頼人は死んだ。そしたら奴等、歯止めが利かなくなって・・・そいつを喰い殺したらしい。まさしく、オオカミみたいにな。」
ドミニクの秘書は青ざめた。
生きたままの標的を喰うなんて、そんなの殺し屋の所業から逸脱している。
本物の・・・怪物だ。
「分かるか?連中は一度依頼を引き受けたら、そいつが死んでも達成する。それもより、過激になって。」
殺し屋コンビ・オルトロスにとって、依頼主の殺害は決して犯してはいかない禁忌。
それは彼らの評判を知る者であれば、重々、肝に銘じている。
銘じざるを得ない。
ドミニクは頭を抱えて必死に考え込んだ。
どうすれば、自分が生き永らえるか?
どうすれば、あの怪物を殺すことができるか?
その内、彼にある考えが浮かんだ。
「なぁマルコ。至急調べてほしいことがある。」
◇◇◇
ドミニクが部下を連れて来たのはDCにある会員制のフレンチレストラン。
ここは彼の組織の息がかかっているので一言言うだけで貸し切りにできる。
他の客が一人もいないレストランで、ドミニクはある人物と会っていた。
「アンタが釘山・・・金さえ出せば誰でも守ってくれるDCでも評判のボディガードか?」
ドミニクが会っていたのは、マンバンヘアでヒゲを生やし、左目が陥没した日本人の男だった。
「東海岸トップのレオンハルトファミリーのボスが直々のご面会とはね。電話で良かったのに。」
「直接会って頼みたかった。そっちの個人的事情も入っているのでね。」
「というと?」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「オルトロスから私を守ってほしい。」
ワインを飲む釘山の手が震え、グラスを置くとそのまま潰れた左目をさすった。
「知ったんだな?俺の左目がどうしてこうなったか・・・。」
「お前、オルトロスが称持ちの殺し屋になったきっかけの仕事で潰された組の唯一の生き残りだろ?命からがら逃げて、雲隠れ先のアメリカで前と同じボディーガードを始めたらしいな。」
釘山は顔面の左側に爪を立て、憤怒に満ちた表情を見せた。
「親同然に育ててくれた親分を殺したアイツ等の面とこの目が潰れた時の痛み・・・一日だって忘れたことはねぇ・・・!!俺はある意味、この日を待ってたのかもしれないなぁ・・・。」
「じゃあ引き受けてくれるのか?」
「ああ。オルトロスからアンタを守って、ついでに2つある首、両方斬り落としてやるよ。」
「頼もしい。ではまず前祝いだ。コースを注文したから満喫しててくれ。私は外の空気を吸ってくる。」
レストランのテラスに出たドミニクに、秘書のマルコが来た。
「いいのですかボス?これは掟に触れるのでは・・・。」
「❝殺しの依頼をするには殺し屋の組織を通さないといけない。❞だったか?❝殺商の三大掟❞くらいは分かっている。勘違いするな。私が奴に依頼したのは殺害ではなく護衛だ。掟は破っていない。」
マルコが胸を撫で下ろし、ドミニクは続けた。
「次のオークションは、並存世界で行なう。」
「ボス!?それは危険では・・・!」
「危険だからこそだ。私がノコノコ出てこれば、オルトロスはこのチャンスを逃さない。必ず殺しに来るはずだ。そこを釘山に仕留めてもらう。」
「自分をエサにする気ですか?」
「誰がエサになると言った?」
「え?」
ドミニクはニヤっと笑った。
「ジャスティンに伝えろ。❝次のオークションはお前が司会をやれ。俺も見に行く。❞ってな。」
ドミニクが口にした名。
それは、ボロドの部下を殺した偽神父のものだった。