第2咬―惰安
肉食動物の狩りは、基本夜に行なわれる。
理由は至ってシンプル。
夜の闇が、獲物から自分を守ってくれるからだ。
あれほど心強い味方はいない。
夜の闇が自分を優しく包んでくれるから、捕食者は獲物に気付かれることなく忍び寄り、その喉元に食らい付き、肉と骨を噛み砕き、腹を満たすことができる。
といっても、俺達は飢えを満たすために狩りはしない。
オルトロスの狩りは・・・誰かの晴らせぬ怨みを喰らうために、行われる。
だから・・・。
「いい加減起きなさい頼太ぁ!!」
来たよ。
俺の天敵。
「母さん・・・?帰ってたの?・・・?」
「裁判資料を取りに戻っただけよ。相変わらずだらしないんだからぁ。」
「文句なら美玲に行ってくれよぉ・・・。俺よりズボラなんだからさぁ・・・。」
「あの子なら今からきっかり10分前。私と入れ違いで学校行ったわよ。」
「へぇ~・・・。珍しいこともあるもんだぁ・・・。じゃ俺は二度寝させてもらう。」
「今月で20連チャンの遅刻で、来月の家事当番オールの令状出されたくなかったらさっさと起きろ。」
「え?!?!もうそんな時間?!?!アカンアカンアカンッッッ!!!」
血の気が引いた俺は飛び起きて、雑に朝の支度を済ませて家を飛び出した。
さすがは検察官の母だ。
言葉の重みが違う・・・。
◇◇◇
「はぁ~!!!間に合ったぁ・・・。」
「よう犬飼!今日は間に合ったな。」
「人間本気出したらどんなピンチでも乗り越えられるって分かったよ・・・。」
「あはは!でもこんなんが警察官の息子とは、世も末だなwww」
「それ今関係なくね?」
「いやいやいや意味あるっしょ!?警察官の夫と検察官の妻のサラブレッドだぜ!?それが成績は良くて中の下。ホントにお前の将来の夢、父親と一緒なの?」
「腕っぷしと社交性は強いんだ。儚い夢じゃねぇだろ?」
「そうだけどさぁ~・・・。もうちっと特待科に通う双子の姉を見習ったら?こないだの全国模試も10位以内だったんだろ?カワイイ上に秀才って、ガチ完璧だわぁ!!」
「テストの点数が学年5位以内なら内申免除されるから居眠りし放題っていうクソみたいな理由で特待入ったアホに憧れるお前はどうかしてるよ?」
「ひどっ!?あっ、そういえばさ美玲ちゃん。さっきお前のこと訪ねてきたよ。なんか、大事な話?があるみたいで昼休みに顔出せって。」
「大事な話?」
アイツが普通科の俺んトコに来るなんて珍しいな。
しかも記録に残りにくい伝言なんて・・・。
これは・・・本業に関係あることだと思ってみていいかもしれない。
◇◇◇
昼休みになって屋上に着くと、サラサラなショートカットの髪をした女子が待ってた。
傍から見たら美人なんだけどな。
「なんか失礼なこと考えてるっしょ?」
「別に。で?話ってなんだ?」
「最近減ってきてない?仕事。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「やっぱその話か。」
オルトロスのことがネットで広まったせいで、近頃殺しの依頼がめっきり減った。
この間のヤリサーに娘を殺された主婦だって、5ヶ月ぶりに舞い込んできた依頼だった。
「ちと有名になり過ぎたかな?」
「嬉しそうだね?」
「いいかね美玲君?警察や消防がヒマしてんのはむしろいいことって言えるように、法で裁けない悪を殺す殺し屋がヒマしてるってのはいいことだって捉えるべきだぜ?俺達がそういった、性質の悪い犯罪の抑止力になってるってことなんだからよ。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「そうだね。」
顔に出てなくても分かる。
美玲も喜んでいる。
だけど俺と同じように・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
僅かに退屈している。
だけどこれはいい退屈だ。
オルトロスのような血生臭い輩がいない世の中の方が、平和なんだ。
「このまま・・・引退もアリなのかもな・・・。」
ボソッと呟いた俺に、美玲は目を見開いた。
その時だった。
スマホのバイブが鳴って、俺は画面を見た。
SNSからのメッセだった。
差し出し人の欄には、『恵福の会』の文字が。
内容は・・・。
❝代表からお話があります。今夜本部まで。❞とあった。
「図ったようなタイミングだな。」
「なんて?」
「❝ エキドナ❞が久しぶりに顔見せろってさ。」