第1咬―双狼
とある繁華街のナイトクラブ。
ビビッドな光でライトアップされ、胸部にダイレクトに響く激しめの曲が鳴るその夜の空間は、近くの大学に通うサークルの貸し切り状態だった。
「で?この間カケルが連れて来た新入生の娘。どうしたんよ?」
「不審死♪不審死♪カラオケで急アルなってそのままポックリ・・・ってシナリオ!!」
「やっぱ県議会議員様のお坊ちゃまはイイね~♪地元の事件ならなんでもごまかしてくれるからよぉ~♪」
「ホント親ガチャマジでアタリだわwwwでももっと挿入コミたかったわ~www」
合成麻薬で割られたテキーラを飲みながら二人の男はゲラゲラ笑った。
実はこの二人、所謂ヤリサーの代表と副代表だった。
普通のサークルを装って勧誘活動をし、加入してきた新参者に覚せい剤や大麻が混入された酒を飲ませ、キマらせ、夜が明けるまで自分達の息がかかったナイトクラブやラブホテルでSEXに勤しむという下劣な行為に走っていた。
強姦に加担した男子、強姦された女子大生が大学や警察に訴えても、このカケルという代表は県議会の古参議員の長男で、父親が方々に圧力をかけることで事件をもみ消していた。
大学側も、彼らの所業については把握していたが、公立だったため逆らうことができず、見て見ぬ振りをしていた。
そして先日・・・ついに悲劇が起こった。
加入した18歳の新入生の少女が、覚せい剤が混入された酒を多量に摂取されたせいでホテルでの性行為中に死亡したのだった。
人死にが出たのは初めてだったので、彼らは当初慌てたが、これも代表の父が警察に圧力をかけ、結果、彼女の死因は酒を飲みながらカラオケをオールしたことによる急性アルコール中毒死ということで片が付いた。
「なぁなぁなぁ!!そんであの娘の代わりは見つかった?」
「もち!!童顔で世間知らずそうなの既にキープしてます!!」
「はじめてはオレにヤラセろよ?そういうのほどどんな顔でヨガるのか、そそられるからよぉ~♪」
「分かってますよ!!若様♪」
「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
下卑た笑いを浮かべるカケルの肩に、すっかりできあがった少女たちが頭を乗せてきた。
「ねぇ~カケル先輩~♡もう一杯覚せい剤割りのお酒ちょうだぁ~い♡」
「奢ってくれたら今夜は何発でもヤラセてあげるからぁ~♡」
「しょうがない後輩達だなぁ~♪よぉ~し!!そんじゃおかわ・・・」
と、その時。
突然クラブの音響が消え、何事かと思ってキョロキョロしていたら、二人の人物が入ってきた。
どちらも黒いスーツを着ており、片方はなぜか木刀を持参していた。
「なんだテメらぁ?」
店の奥からヤリサー連中の仲間の、この店の用心棒が出てきて睨みをきかせる。
「県議会議員の三葉太一郎の息子の翔ってバカがやってるヤリサーの集会場所ってここで合ってるか?」
木刀を持った方がバウンサーに聞いてきた。
どうやら男らしい。
「関係ねぇだろ?」
「何人、集まってる?」
もう一人が尋ねてきた。
こちらは女のようだ。
「全員だけど?良かったらキミも飲むか~い?」
上機嫌になったカケルが警戒心なしに言ってきた。
それに少し戸惑うバウンサー。
「ナイスタイミングだ。それじゃあ・・・。」
男が木刀を振り上げてきたので、バウンサーは咄嗟にそれを取り上げようとした。
体格からして得物を持っているのは未成線。
ガッチリとした体つきをした自分がやられるはずなんかない。
そう確信して、バウンサーは木刀を掴もうとした。
「え・・・?」
男は眼前の光景に目を疑った。
木刀を掴もうとした左の手が・・・。
真っ二つになっていたからだ。
「ぎっ・・・!!ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
混乱と恐怖、そして激痛が一気に襲ってきてバウンサーは悲鳴を上げた。
それを無視して、木刀の男はバウンサーの胸に得物を突き刺し、息の根を止めた。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
一人の少女の悲鳴を皮切りに、サークル全員の酔いが一気に覚めて店内を逃げ始めた。
「俺は男を殺る。そっちは女を。」
「情けはいらない。これ、仕事。」
「そうかよ。じゃあ仕方ない。」
互いに合図しあって、黒スーツの男女は店を逃げ回るサークルメンバーを片っ端から殺していった。
「くっ、来んなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
男がイスをぶん投げて女の黒スーツを追い払おうとしたが、彼女はそれを素手で殴り弾いて、一気に間合いを詰めると男の顔に回し飛び蹴りを見舞った。
蹴られた男の首は、まるでワインのコルクのように弾け飛んだ。
「おっ、お願い!!助け・・・!!」
糞尿を垂れ流しながら助けを乞う女の頸動脈に、男の黒スーツが木刀を一閃すると、鮮血が噴水のように溢れ出て絶命した。
「悪い。俺、仕事は妥協はしない性質なんだ。」
顔中に血を浴びて、木刀の男は冷淡に言い放った。
「おっ、お前ッッッ!!!何とかしろよッッッ!!!」
「テメッ・・・!!なにオレを盾に・・・くけっ?!?!」
カケルに盾にされた副代表の頭部に木刀が投擲され、ついに生き残ったのは代表のカケル一人となった。
「こっ、こんなマネして・・・オヤジが黙ってねぇぞッッッ!!!」
「捨てゼリフ、分かりやすい。」
「ああ。そんなテンプレな脅しで俺達が怖がると本気で思ってるよコイツ。」
「おっ、お前ら・・・。一体・・・何なんだよぉ・・・。」
上から涙、下から尿を流してカケルは聞いてきた。
「ただの狼だよ。頭が二つある。」
「ふぇ・・・?え・・・?」
それを聞いて、カケルは目を見開いた。
「そっ、そんな・・・。ただの・・・都市伝説だと・・・思ってたのに・・・。」
「三葉翔。お前が今日の、私達の、獲物。」
「そっ、そんなぁ・・・。」
ガタガタと震えるカケルに、男の黒スーツが木刀を振り上げた。
「怨み、喰わせていただきます。」
「ぱっ、パパぁ!!!助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
木刀が振り下ろされた瞬間、カケルの脳天がパカッと割れて、彼は白目を剥いて絶命した。
「行くか?」
「うん。」
死体がゴロゴロ転がり、未だビビッドにライトアップされたナイトクラブを、二人は後にした。
場面は変わって、夜の高架下。
支柱を隔てて、二人の人物が話をする。
「月野さん。ご依頼の方、完了しました。」
「ほっ、本当ですか!?」
「彼らの死は明日の新聞の一面を飾ることになるでしょう。」
「そう・・・ですか。」
「それでは、報酬の方を。」
年配の女性が地面においた封筒の中身を、男が改める。
入っていたのは・・・現金10万円。
「確かに受け取りました。ではこれで。ご利用ありがとうございます。」
「あっ、あの・・・!!」
「はい。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「あっ、ありがとうございましたッッッ!!!娘の無念を・・・晴らしてくれて・・・。」
支柱の向こう側で泣いている女性に、男は優しい声色で囁いた。
「俺達のことは忘れて、娘さんの分まで長生きを。」
膝を付いてむせび泣く女性を置いて、男は立ち去った。
「キザだね。」
依頼人とのやり取りを聞いていた女が、男を無機質にけなした。
「オルトロスの窓口は俺の役割だ。理詰めで考えるお前には向かない。」
「でもちょっとサブかったよ。」
「分かんねぇヤツだなぁ。ストレートに言った方が依頼人のケアになんだよ。」
◇◇◇
オルトロス。
裏の世界ではその名を知らない者はいないとされる伝説の殺し屋コンビ。
現代日本における晴らせぬ怨みを、依頼人に代わって喰い潰してくれる存在。
人間離れした戦闘力と、引き受けた依頼を強靭な意志でやり遂げる二人の名声は、明るい日の下で生きる人々の間でも、都市伝説レベルで語り継がれていた。
のさばる悪を殺してくれるダークヒーローとして。
そんな彼らの正体。
それは・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「それより頼太。化学の小テスト明日。」
「ヤバッ!!完全忘れてた!!全く手ぇ付けてない!!頼む美玲!!勉強付き合ってッッッ!!!」
「ダメ。私眠いもん。」
「特待科だろ!?普通科の俺に知恵恵もうと思わんのけ?!?!」
「自分で頑張る。それでこそ開きが得られる。」
「ふぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・!!!」
オルトロス、犬飼頼太と犬飼美玲。
彼らは私立南江高校に通う高校生だった。
それが、双頭の狼が牙を潜める仮の姿。