夏の章その1:わたくしと少しのいらだち
わたくしは、舞さまから
想い人"翔さま"のことを聞いたあと
行動を開始しました。
朝から夜へ、あちらからこちらへ
やるからには徹底的に、調べあげ
ふふ、そして、バッチリな成果が得られましたの。
なんだかあつくなってきて。
ちょっと疲れてしまいましたが
舞さまを思えば、これくらいへっちゃらですわ!
あとは、時をみはからい
舞さまに伝えるだけ・・・。
そう思うと、自信をもって
舞さまの家に帰りました。
わたくしが、窓へ近づくと
舞さまがすぐに気付き、ぐいっと引き寄せます。
少し、強引ですの。
首が折れかけましたわ。
舞「レシラちゃん!
どこに行ってたの?心配したよ?」
舞「もう一週間になるよ。大丈夫?怪我なかった?」
舞「・・・急にあんなこと、言っちゃったから
出て行ったのかと思っちゃった。」
普段の舞さまからすれば、少し大きな声で
わたくしに、次々と言葉をかけました。
どとうの勢いですの。
いえ、一週間も、かかってしまっていたのですね。
舞さまを心配させてしまいました。
レシラ「ご心配をおかけしましたわ。
でも、でもでも。ふふ。」
レシラ「・・・明日を、楽しみに
しておいてくださいませ!」
舞さまを心配させたことは
申し訳ないと思いながらも・・・。
ふふ、明日が待ちきれませんわ。
舞「・・・?」
舞「明日?なにか、楽しみな授業でもあるの?
明日は、歴史も英語もないけど。」
レシラ「ふふふ~。歴史でも、英語でも
美術でもないですわ。
もっと良いことですの。お楽しみに!」
舞「なんだかわかんないけど・・・。
でも、居なくなるなら
一言いっておいてほしかったな。」
レシラ「もちろんですわ!」
本当に楽しみ。
これで、舞さまの幸せまで、一直線ですわ。
・・・とと、いけないいけない。
油断は禁物ですわ。ふふ。
舞「・・・レシラちゃん、にやにやしてる。」
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次の日、わたくしは
舞さまとともに学校へ向かいました。
もう結構、慣れたものですわ。
授業のあいま、舞さまはこちらを見つめながら
小さな声で、疑問を口にしてきます。
舞「・・・楽しみにしてたことって、結局なに?」
レシラ「舞さま、焦っちゃダメですわ。
もう少々、お待ちください!」
舞「・・・わかった。待ってみるね。」
そしてそのまま、授業はすすみます。
わたくしは相変わらず、ノートを書きます。
もう、慣れたものですの。
ノートをちょうど、書き終えたところで
授業の終わりの、鐘の音が聞こえます。
そして・・・。
舞「授業、終わっちゃったけど。」
レシラ「ようやくですわ。
お待たせいたしました!」
レシラ「舞さま、図書館へ行きましょう。」
舞「図書館?」
舞「図書館って、なんで?」
舞「ていうか、レシラちゃんって
図書館、行ったことないよね?」
たたみかけて質問が来ました。
ですが、この程度は想定内。
レシラ「いえいえ、それが、あるのです!
"とっても楽しみ"なところですわ!」
舞「いやでも、私は読みたい本もないし。」
舞「・・・あっ、でも。
レシラちゃん、読みたい本あるの?
だったら、ついていこうかな。」
どういたしましょう。
これじゃちょっと、じれったいですわ。
少し、ほのめかしてみましょうか。
レシラ「ええと、その。翔さま・・・。」
舞「翔くん?」
食いつきましたわ!
レシラ「ええ! 翔さまはきっと
図書館にいますわ。」
レシラ「学校が終わると、よくあそこに。」
舞「・・・ええ? なんでわかるの?」
レシラ「はい、わたくし、翔さまのことを
すべて調べてきましたの!」
レシラ「住んでいる場所、年齢、お名前。」
レシラ「身長、体重、家族構成。
好きなお食事。座右の銘。」
レシラ「一日の生態。交友関係。
学校の成績。お風呂に何分入ってるか。」
わたくしは、調べた成果を
惜しげもなく、舞さまに伝えます。
レシラ「いまなら、きっと二人きりになれますの!
舞さま、今がチャンスですわ!」
ひとしきりを伝え終わり、息があがってきましたわ。
舞「レシラちゃん。
あ、ありがとう。」
舞「でも、それちょっと、やりすぎ・・・。
さすがに、良くないんじゃないかな。」
レシラ「・・・? なんでですの?」
"舞さまの幸せのために"などと
加えて言い出そうとして、言いとどめました。
そんなことを言っては
押しつけがましいですもの。
自制心が大事ですわ。
レシラ「大丈夫ですわ。」
レシラ「わたくしの姿は
翔さまには見えませんので。
このことは、全然バレていませんわ!」
舞「・・・ええと、なんていうんだろう。」
そうか。舞さまは、ちょっと照れていますのね。
舞さまは、恋については奥手ですもの。
レシラ「心配しなくても、大丈夫!」
レシラ「最初は、翔さまの隣に
そっと近づけばいいですの。」
レシラ「こういうときは
小さいことからコツコツとですわ!」
舞「・・・ええと、その。」
歯切れの悪い感じで、舞さまは話そうとします。
舞「率直に言えば
ストーカーだよ、それ。」
舞「ちょっと、良くないと思う。」
『ストーカー』。
レシラ「"ストーキング"、追跡者、おっかけ。」
・・・なんとなくですが
言いたいことはわかりましたわ。
レシラ「わたくし、ちょっとやりすぎた。
と、いうことですか?」
舞「気持ちはありがたいんだけど。そうだね。
ちょっと、図書館に行くのはやめとこ。」
気持ちはありがたい。そうなのですわね。
図書館に行くのはやめておく、わかりましたわ。
・・・でも、舞さま、言ってたじゃありませんか。
翔さまと、付き合うことができたら幸せだって。
泣きながら、話してくれたじゃありませんの。
あの涙は、なんだったんですの。
わたくし、舞さまの願いを真剣に。
舞「あれ、でも。
"ストーキング"って言葉は知ってるんだ。」
いや、いまは、そんなことじゃなくて・・・。
わたくしの頭の中で、ぐるぐると言葉がめぐります。
とにかく、言葉を返さなければ。
レシラ「そう、ですわね。」
わたくし、頑張ったのにな。
それが"ストーカー"か。
舞さまに、そう思われてしまいましたのね。
努力とは空しいものですわ。
舞「・・・レシラちゃん?」
舞さまが、わたくしを気にしてくださいました。
レシラ「あの、舞さま。」
でも、せっかく気にしてくれた舞さまに
「じゃあ、舞さまは翔さまと
どうやって関わるつもりでしたの?」
と、言おうとしていたことに気付き
あわてて声をひっこめました。
このままだと、また舞さまに
ひどいことをしてしまうかも。
ダメですわ。
こういうときはいちど、考えましょう。
レシラ「い、いえ。なんでもありませんわ。」
レシラ「確かに、舞さまの言うとおり、ですわね。
ちょっと頭を冷やしてまいりますわ。」
舞「・・・あっ。」
わたくしは、その場から逃げるように
いえ、舞さまから逃げるように、飛び立ちました。