春の章その6:舞さまと想い人
レシラ「舞さま!幸せってなんだと思いますの?」
舞「・・・また、突然だね。」
舞さまを幸せにするヒントを
わたくしはまだ掴めていません。
でも、舞さまの性格、気質、そういったものは
かなりわかってきた気がします。
舞さまは、少し内向的。
ぐいぐいと、直接的なアプローチが必要なのですわ。
舞「"お金持ち"はやめとこっか。
じゃあ、その・・・。」
わたくしは、舞さまの言葉を待ちます。
でも、なんだか様子が変ですわ。
舞「・・・あの、えーっと。その。
こうなったらいいな、っていうのは、あるけど。」
舞さま、わたくしは
その『こうなったら』が知りたいのですわ。
レシラ「こうなったらって
どうなったらいいんですの?」
舞「え、えっ。その・・・。」
舞さま、言い出しにくいのでしょうか。
ちょっと野心的なものかな。『世界征服』とか。
でも、わたくし、そういうのは全然気にしませんわ。
舞さまの助けになりましょう。
舞「その。好きな人と、付き合うことができたら
幸せだと思う。かな。」
舞さま、思ったよりずっと
"おとな"なとこを考えていらっしゃった。
いえ、大事なことですわ。
ちょっと真剣に考えて見ましょう。
あれほど言い淀んだということは
具体的なイメージを持っている可能性が高そうですわ。
きっと、想い人がいらっしゃるのでしょう。
では、その想い人は、どんな方でしょうか。
学校で、一緒に授業を受けている方々?
いいえ、そんな素振りはありませんでしたわ。
でも、平静を装っているだけなのかも。
どんな方が、舞さまの想い人なのでしょうか。
舞「あっ、えっと。
そんなに変かな。」
その言葉に、はっと我に返ると。
舞さまは少し、顔を傾けて。
不安そうになりながら
わたくしを見つめていました。
ま、舞さま!申し訳ございません。
わたくし、舞さまの・・・。
『舞さまの想い人』と言おうとして
ちょっと待ったをかけました。
舞さまは、好きな人と付き合うことができたら
という願いを言っただけ。
想い人というのは、妄想ではございませんか。
ここは、無難にいきましょう。無難に。
えっと、質問としては、どう繋げればいいのでしょう。
"舞さま、想い人はいらっしゃいますの?"
これでいいかしら?
いえ、これは、直接的すぎるかも。
デリカシーがないですわ。
いや、直接的なアプローチが大切と
自分で考えていたではありませんか。
では、どうすれば・・・。
そう考えて、突っ立っていると
ぐすっという泣き声が、わたくしの耳に入ってきました。
泣き声は、はじめは、声を押し殺すように
しかし、次第に、大きく聞こえてきました。
わたくしが、舞さまを見ると・・・。
舞さまは、泣いていらっしゃいました。
なにか、気に障ることを、してしまったのか。
わたくしは、あわてて言葉をかけます。
レシラ「ま、舞さま!ごめんなさい。ごめんなさい。」
レシラ「気に触ることをしてしまったのですね。
舞さま。舞さま。素敵な願いですわ。」
レシラ「わたくし、それをどうやって聞こうか
その、悩んでいたというか。」
レシラ「でも、悩んでいたのは舞さまですものね。
わたくし、舞さまの願いを叶えますわ!」
言い終わったあとで、振り返ってみると
なにが悪かったのか、よく考えないままに
わたくしは、適当なことを口走って。
かけた言葉も滅茶苦茶で、話が繋がっていません。
舞さまの願いを叶えるというのも
その場の雰囲気で言ってしまいました。
でも、それよりも。
舞さまを幸せににしたかったはずなのに。
わたくし、幸せにするどころか
泣かせてしまったのですの。
空からも、ぽつぽつと『涙』が降る音が聞こえました。
そして、音は次第に大きくなり
舞さまの涙を、かき消していきました。
『涙』の音は大きくて、でも、部屋の中は静かに思えて。
・・・舞さまは、少し、顔を背けて。
でも、そのあとにまた
わたくしの方をじっと見つめなおしました。
舞「・・・ごめん。レシラちゃんが
ずっと返事、しなかったから。」
舞さま。
自分の想いを、せっかく答えてくれたのに
わたくし、ずっと固まっていたのですね。
舞「私には無理なのかなって
ちょっと、心配に思っちゃっただけ。」
わたくしは、そう言われると、考える間もなく
とにかく言葉を返しました。
レシラ「あの、その、悩み、無理じゃないですわ!
無理じゃないじゃなくて。
ええと、そんなの余裕、でもなくて、その。」
ああ、わたくしのばか。
無理なんて言葉は使っちゃダメ。
余裕なんて言葉も。
そういうことじゃありませんわ。
レシラ「とにかく、絶対、なんとかなる
じゃなくて、ええと。」
レシラ「大丈夫ですわ!
わたくしが助けてみせますの!
舞さまを幸せにしてみせますの!」
ああ、また無責任なことを。
わたくしは、やや放心しながら
舞さまをじっと見つめました。
舞「・・・そんなに大げさにしなくてもいいよ。」
舞「でも、助けてくれるって。
・・・言ったね?」
レシラ「ええ、もちろんですわ。」
舞「・・・じゃあ。
ちょっと話、聞いてくれるかな。」
レシラ「ええ。なんでも話してくださいませ。」
舞「わかった。」
舞さまは落ち着くと、ざあざあと『涙』の降る中
想い人のことを、教えてくださいました。
舞「その、ちょっと気になってるのが
翔くんって、言うんだけどね。」
舞「私が2年生の時、かな。」
舞「授業中に、ペン回しの練習してたとき。」
舞「翔くんもこっち見てて
一緒にペン回しの練習した。」
舞「そのままこっそり、何回も続けて
お互い、うんうんって頷いたことがあった。」
舞「そういうことがあってから気になってる。」
レシラ「ふむふむ。そういった
なれそめなのですわね。」
レシラ「それから?」
舞「それから、って?」
レシラ「・・・それだけ?」
舞「・・・だけ。」
さっきよりも、さらに静寂が訪れました。
ちょっと、思ったよりも関わりがなかった。
それだけの関わりですか。
共感しようとは思います。
ええ、素敵だとは思いますわ。
でも、それにどう返していいかが
わたくし、わかりません。
"素敵な話ですわ!"とか
無難に返答をしておくことができれば
苦労しないんでしょうけれども。
そんな返答はできませんでした。
舞さま、少しばかり奥手すぎますわ。
というか、授業中にペン回しの練習って。
いえ、別にいいのですけれども。
・・・いやいや、素敵な出会いですわ。
前向きに応援しなければ。
そう思っていると、舞さまは知らぬ間に
外を眺めておいででした。
わたくしは、またも無視をしてしまったと思いつつも
それから、ちょっと切り出しにくくなって
結局、妙な雰囲気のまま、この日は終わりました。
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わたくし、舞さまのことを
もう、知ったふうに思っていました。
でも、浅はかでしたの。
舞さまのこと、舞さまの願い、舞さまの想い人。
なにも知りませんでしたわ。
いえ、知らなかったじゃないですの。
これから知ればいいのですわ。
舞さまの幸せのお手伝い
見事にこなしてみせましょう。