夏の章その5:舞さまと翔さま(後編)
舞さまと翔さまを
"見ているだけ"になってから
結構な時間が経ちました。
まだ、ぎこちなさが残りながらも
ほどほどに、良い感じですわ。
翔「あ、もうこんな時間だ。
ごめん、帰らないと。」
舞「え、あ、うん。
いろいろ、ありがとう。」
翔さまは、帰る支度をはじめます。
舞さまは、ぼうっと、座り続けています。
・・・これで、終わらすつもりですか?
舞さま。甘いですわ。
わたくしは、舞さまに向かって語りかけます。
レシラ「舞さま、次の予定!
次の予定を聞き出さなければ!」
レシラ「それに、見学会のことも
口約束ではないですか!」
レシラ「あんな一回の、口約束など
"社交辞令"と同じですわ!
浮かれてはいけません。」
舞さまは、わたくしの声を聞いて
ノートに文字を書き出しました。
「次の火曜日も、翔くん
図書館に来るんじゃないの?」
あああ、もう。
それは、そうなのですけれども。
火曜日だけ、舞さまは
図書館に訪れるおつもりですか?
翔さまが、途中の日に、ふらりと訪れたら
どうするおつもりですか?
それじゃ舞さまは"ストーカー"ですわ。
この前、わたくしに言ったばかりでしょう。
気味悪がられてしまうかもしれません。
というか、ノートにそのまま
文章を書くのもやめてくださいませ。
翔さまが、覗き込んだらどうするのですか。
ちょっとやそっと、わかりにくくても
わたくし、理解しようとしますので
もっともっと、わかりにくく書いてくださいませ。
ここまで考えたあと、なるべく舞さまを
尊重するように、なだめるように、言い直します。
レシラ「舞さま。次の火曜日に
確実に翔さまがいらっしゃるかは
わかりませんわ。」
レシラ「次、いつ図書館へいらっしゃるのですか?
この程度でかまいません。」
レシラ「舞さま、勇気をもって
聞いてみてくださいませ。」
舞さまは、わたくしの言葉を聞くと
翔さまの方をちらちらと見ながら
何か言いたげに、口をぱくぱくとします。
次に、深呼吸、次に、目を閉じて
舞さまなりに、試されているのでしょう。
でも、このままでは
翔さまは、帰ってしまいますわ。
苦肉の策だと思いながら、わたくしは
翔さまの"鉛筆"をくすね、机の上に置きました。
これは、誰がなんと言おうと、"忘れ物"ですわ。
舞「あっ、これ。」
舞さまは、翔さまに語りかけますが
翔さまは気づきません。
わたくしが見守っていると
舞さまは、翔さまの肩をとんとんと
"ひと差し指"で叩きました。
翔「置き忘れてたんだ。ありがとう。」
舞「あっ、うん。
そうだ。そうだ。
その、次いつ来る、の?」
翔「うーん。来週かな、って思ってたけど
明後日でよければ、来るよ。」
翔「あ、部活で来れなかったらごめん。
そうだ、携帯もってる?」
舞「持ってない・・・。」
舞「でも。明後日、来る。
来週も、絶対来るから。」
翼「わかった。それじゃ。」
翔さまを見送る、舞さまを見て。
『携帯』の番号くらい、聞いておけば、とか。
ちょっとくらい、見送りに行ったら、とか。
端から見れば、思うところはありました。
でも、舞さま! 上々、上々ですわ!!
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翔さまがいなくなったあと
舞さまは、倒れ込むように、背もたれに
よりかかりました。
かと思えば、次の瞬間には
うつ伏せになります。
舞さまは、言葉にならないような
ともすればうめき声とも、とれる声を発します。
レシラ「あの、ちょっと。舞さま。
ほかの方もいますし、あの。
せめて、お手洗いとか、行きましょう?」
舞さまは、わたくしの声が
聞こえているのか、いないのか。
ノートをペンで、ぐじゃぐじゃにして
書き殴っています。
舞さま、壊れている・・・。
わたくしは、翔さまが
万が一戻って来ないかを横目で確認しながら
舞さまは、いま、どのような感情でいるのだろうと
若干冷ややかな目で見ながら、なだめ続けます。
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舞さまは、家に帰ってからも
いえ、帰るまでの間も
その、情緒が、少し不安定でおいででした。
わたくしは、舞さまの声を聞き
正直、よく聞き取れない部分もありながら
頷き続けました。
枕に顔を沈め、頭をぽんぽんと叩きながら
うーうーと声を出す舞さまを見て
わたくしは、正直に思いました。
いや、あの、今日って
翔さまとは、ただ一緒に勉強しただけでしょう。
恋仲になった訳でも
劇的なことがあったわけでも全く無いのですよ。
舞さまの感じた緊張とか
想い人への、ときめきのような気持ちとか
そういう気持ちも、わからなくはありません。
むしろ、わたくしは、そういった気持ちに対しては
ある程度は理解あるつもりです。
でも、今日のいつ、どこに
ここまで取り乱す要素がありましたか・・・。
これからが若干心配になりながら
わたくしは、舞さまの側に近づくと
とんとんと肩を叩くのでした。