夏の章その5:舞さまと翔さま(前編)
わたくしと舞さまは
いま、図書館へ来ています。
舞「・・・翔くん、本当にいる。
どうしよう。ちょっと不安になってきた。」
わたくしは淡々と答えます。
レシラ「大丈夫、ちょっと不安になったら
"自動販売機"というものが
フリースペースの横にありますわ。」
レシラ「そこで、一端避難するのです。
いざとなれば、わたくしとも
そこでお話しましょう。」
舞「えっと。じゃあ。
その、なんの本を読めば。」
レシラ「そこで、この『中央高校過去問集』
これを使えばいいのです。」
舞「えっ。翔くんの志望校の?」
レシラ「そう! 共通点を持っておくのですわ。
そして、翔さまから見て、左斜め前の席に
おかけになってください。」
舞「左斜め前・・・? なんで?」
レシラ「翔さまは右ききで
『過去問集』は左側にありますので
ちらちらと左側を見ることになります。」
レシラ「そうすると、ちょうど舞さまの姿が
目に入りやすくなりますわ。」
レシラ「"同じ高校の過去問集"を解いているひとが
近くに居ることを、すり込んでおくのです。」
レシラ「こうすることで、『運命の出会い』を
演出することができますわ。
翔さまの方から、話かけてくれるかも。」
舞「・・・レシラちゃん。」
舞「この前は、その、ごめん。
いろいろ考えてくれて、ありがとう。」
わたくしの行動も、ある程度は
受け入れていただけたようです。
舞「・・・ちょっと、行ってみるよ。」
舞さまへ、応援の言葉をかけます。
レシラ「舞さま"ファイト"ですわ!」
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カツカツカツ、ペラペラペラ。
問題を解く、ペンの音。
ページをめくる音。
全然まったく、静寂ではないのですが
一言も喋らないまま、ただ時が過ぎます。
翔さまは、舞さまを認識して
いらっしゃるのか・・・。
んー・・・。
舞さまの方に目を向けると
一見普通に見えながらも
ややパニックになっていることがわかります。
同じページをめくって、戻して
意味のない動作を繰り返していますもの。
挙動不審、緊張で限界のようです。
これ以上は、長引かせられないですわね。
次のプランですわ。
レシラ「とりゃあ!」
わたくしは、力をこめて
翔さまの消しゴムを持ち上げると
舞さまの方へ転がしました。
舞さまは、びっくりした表情で
こちらを見つめました。
翔さまも、消しゴムが舞さまの元へ
転がっていったことに、気付いたようです。
次の瞬間、舞さまは消しゴムをさっと手に取りました。
翔さまよりはやく。
こんなに素早い動きをする舞さま
はじめて見たと思いながら。
舞さまは、翔さまへ
消しゴムを返そうとします。
舞「こ、この消しゴム。
こ、転がってきました。」
舞さまは、よそよそしく答えます。
それにしても、端からみると
"転がってきました"って返事は
なんか面白いですわね。
翔「あ。どうも。
ありがとう、ございます。」
舞「・・・どうも。」
・・・よそよそしいまま
会話が終わってしまいますわ。
わたくしは、すうっと息を吸い込むと
大きな声で伝えました。
レシラ「あの!それ、中央高校の過去問だよね!!」
舞さまは、突然の声に驚きながらも
わたくしの意図を理解したようです。
舞「あ、あ、そ、それ。
中央高校の過去問ですよね。」
翔「あ、そうだけど・・・。
きみも?」
舞「えっ、あっ、私は・・・。」
うろたえている舞さまに
わたくしは再度、大きな声で伝えました。
レシラ「はい! 私もです!」
舞「は、はい。私もです・・・。」
翔「あ、そうなんだ。
じゃあ、一緒に勉強する?」
おおー。
翔さまの方が、結構積極的かも。
とか思っていると。
舞「・・・。」
・・・舞さま、フリーズしていますわ。
レシラ「はい! 喜んで!!」
舞「・・・えと、はい。」
翔さまは、舞さまの隣の席へ移動します。
おおお。盛り上がってまいりましたわ。
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翔「見学会って申し込んだ?」
舞「は、はい。15日に。」
翔「えっ。同じ日だ。
候補、5日くらいあるよね。」
わたくしは、割り込むように声を出します。
レシラ「すごい偶然ですわね!!」
舞さまも、つられて言葉を発します。
舞「す、すごい偶然です、ね。」
翔「よかったら、一緒に行く?」
舞「えっ。えっ。
翔くん、いいの?」
翔「いいけど。」
・・・わたくしが言うのも、大分失礼ですが。
なんか、薄々感じてはいましたが
舞さま、ちょっと、コミュニケーションに難ありですわ。
ああ、そして今も、わたくしをじっと見つめてくる。
きっと、"どうしたらいいの?"と言いたいのでしょう。
このままでは、わたくしの操り人形ですわ。
まずは翔さまとの、会話や勉強に集中してくださいませ。
そして、これをどう伝えようか。
さっきまでの対応が、すこしあだになっているかも。
わたくしが、下手にそのまま声に出せば
舞さまは、そのまま口に出してしまうか
わたくしに返答してしまうかもしれません。
そんなことになったら、端からみたら
ちょっと危ないひとになってしまいますわ。
・・・わたくしは、ゆっくりと、声を出してみました。
レシラ「舞さま、これから
わたくしの言葉は、復唱しないでください。
わかったら、手のひらを右に傾けて。」
舞さまは、ごくりと唾を飲み込むと
そろりと手のひらを右に傾けました。
なんでしょうか。この緊張感は・・・。
レシラ「これから、話題をいくつか提供いたしますので
頭の中で、まず、整理してみてくださいませ。」
レシラ「話したい話題なら、手のひらを右に傾けて。
話したくないなら、手のひらを左に傾けて。」
レシラ「まず、舞さま、自己紹介がまだですわ。
自分の名前すら、名乗っていないでしょう。」
舞さまは、ちょっと悩んだ末
やや左に手のひらを傾けました。
レシラ「・・・いいですわ。切り出しにくいのですわね。
では、この話は後回し。」
レシラ「翔さまの、今開いてるページ。
数学のページですわね。」
レシラ「このページについて話すのはいかがでしょう?
せっかく、一緒に勉強しているのですから。」
舞さまは、ちょっと悩んだ末
またも、左に手のひらを傾けました。
問題から目をそらすような
そんな仕草をとる舞さまを見て
わたくしは、なんとなく言いたいことを察しました。
レシラ「・・・このページの中身
もしかして、わからないのですか?」
舞さまは、右に手のひらを傾けました。
ここでは、あっている。という意味と解釈しますわ。
・・・前に、テストでやったところではありませんか。
前は出来ていたのに、もう忘れてしまわれたのですか。
若干、あきれたものだと思いながら。
でも、それは置いておいて。
わたくしは、次の話題を考えます。
レシラ「では、舞さま。
わからない問題のあるページを探してください。」
レシラ「それも、全くわからない問題ではなく
少しはわかるような問題。」
レシラ「あ、念のため言っておきますが
答えが暗記できていたら
それで終わり、のような問題はダメですわ。」
レシラ「そこで、話が終わってしまいますもの。」
・・・そういうと、舞さまはじれったく
1ページ1ページめくって、問題を探します。
しばらく待っても
問題を読むばかりで、何も反応がない。
舞さまの状況をみて
ちょうど良さそうな問題を、ひとつ提案します。
レシラ「・・・数学のところですが
確率を求めよ、とか
そんな問題があったと思いますわ。」
レシラ「落ち着いて、わかる部分だけ
総当たりで良いですから
書き出してみましょう。」
たぶん、そしたら間違えますわ。
レシラ「そのあと、翔さまに聞いてみましょう。
もう少し、良い答え方を
教えてもらえると思いますわ。」
舞さまは、ようやく右に手のひらを傾けました。
舞「え、えっと。
この問題、ここまで書いたんですけど。
答えが合わなくて。」
翔「ちょっと見せて。」