はじまりの章:わたくしと卒業課題
湖の上に浮かぶ妖精の世界。
そこは、おだやかな風が吹き、花々が舞う。
妖精たちは、自由気ままに魔法を使い、過ごしています。
まるで楽園のような世界。
・・・この幻想的な世界に、いま怒号が飛んでいます。
わたくしは、魔法学校の学長さまの前で
がたがたと震えておりました。
学長「レシラ様、成績が悪いにもほどがありますぞ。」
学長「それっ!」
学長さまが魔法を唱えると
わたくしの成績のすべてが、集まってきます。
わざわざ集めなくても
どうせわかっているでしょうに。
そう、わたくしの成績は・・・。
学長「魔法の成績は、妖精界で過去最低。
これでは、妖精としてやっていけませんぞ!」
わたくしだって、この成績は心外。
いえ、屈辱ですわ。
レシラ「でも、わたくしだって、頑張って・・・。」
わたくしの声をさえぎるように
次の魔法が使われました。
学長「よいですかな。
妖精界の歴史は、魔法の歴史。」
妖精界の歴史が
学長さまの手の上で映し出されていきます。
壮大な魔法ですこと。
学長「魔法の力によって
妖精族は繁栄しております。」
わたくし、この話が大嫌い。
まるで、すべてが否定されているみたい。
学長「あなたの父、偉大なる妖精王は
その魔法で、この妖精界を創造されました。」
学長「なのに、あなたの魔法の成績が
こんなにも酷いとは、嘆かわしい。」
なげかわしい? わたくしだって
好きでこんな成績を、取ってるわけじゃないのに。
・・・と、表面に出すのは、よろしくないですわ。
冷静に、心のなかにとどめておかなければ。
学長「対して、ご令姉のティテーナ様は
"完璧な妖精"として君臨されています。」
また、お姉さまと比べる。
お姉さまの話はいいじゃない。
わたくしはわたくし、お姉さまはお姉さまですわ。
学長「ティテーナ様は、妖精の王族として
新たな魔法の開発に、いくつも取り組み
立派にご活躍して・・・。」
ああ、やっぱり。
そんな話だと思っていましたわ。
学長「あなたの魔法の才は
私も存じておりますが。」
学長「この成績では、妖精界の歴史を
発展させることなど、叶いませんな。」
妖精界の歴史の発展。
いつわたくしが、そんなこと望んだんですの。
思想の押しつけですわ。
内心、こんなことを思いながら。
そろそろ話になれてきたわたくしは
平静を装い、"はいはい"とうなづきます。
学長「このままでは、卒業させることはできません。
落第ですな。」
ああもう、だから卒業しても
なんとかやっていきますわ。
だから落第の話なんて・・・。
・・・落第?
落第はマズいですわ。
レシラ「そ、そこをなんとか。学長さま。」
学長「・・・落第は、レシラ様にとっても
私にとっても、よろしくないことです。」
学長「そこでひとつ、取り計らいを。
レシラ姫には、特別な課題を受けてもらいます。」
レシラ「特別な課題?」
学長「それは、"人間"の少女の
とある方を幸せにすることです。」
なんですか。それは。
レシラ「・・・『人間』?」
学長「そうです。人間界に行き・・・。
ええと、誰だったか。
そう、舞さんという方を幸せにするのです。」
学長「期限は1年間。延長は一切認められません。」
学長さま、そういうことを
聞いているのではありません。
『人間』とは?
それに、『幸せ』なんて、みんなそれぞれ違うでしょう。
どうやって判定するんですの。
レシラ「・・・学長さま。なぜそんな課題を。」
レシラ「そもそも、『人間界』・・・。
『人間』とは、なんでしょう。」
学長「"人間界"は、この妖精界とは異なる世界。
"人間"をはじめとする
魔力の無い生き物の住む世界、のようです。」
「のようです」って。
学長さまも、よくご存知ないのですか。
魔力の無い生き物って、なんでしょう。
学長「妖精の世界と、人間の世界との間には
ずっと、隔たりがありました。」
学長「この少女を幸せにすることで
妖精と人間の新たな歴史を切り開くことを
私は期待しています。」
期待とか、そういうことを聞きたいんじゃないのです。
妖精と人間の新たな歴史なんて
そのうち勝手に切り開かれますわ。
レシラ「わたくし、人間の世界に
なんて行けません。」
学長「・・・では、落第ですな。」
学長さまは、冷静に答えます。
わたくしは、"落第"という言葉を聞くと
すぐにアプローチを切り替えました。
レシラ「いえ、あの、人間の世界へ行くための
魔法が使えませんので。困っていたのです。」
レシラ「人間の世界に行けなければ
舞さまを幸せにすることも叶いませんわ。」
学長「人間界へ行く魔法は、使いましょう。」
それはそうです。
でも、『人間』という種族。
『舞さま』という方のこと。
『幸せ』とはどういうことか。
学長「課題は、もう始まっていますよ。
さあ、舞さんの元へはやく行きなさい。」
学長さまは、魔法を唱えようとします。
待ってくださいませ。
わたくしには、まだまだ知りたいことが・・・。
レシラ「あの、わたくし、何も知らなくて。
準備がっ・・・。」
言葉の途中で、わたくしの姿は
光の粒のようになり、天に向かって飛んでいきます。
それは一瞬のことでした。
わたくしは、妖精界から姿を消しました。